SSブログ

自意識と無意識

リベットの実験に関する私のモデルでいうと
自意識は錯覚であって
無意識が決定した事項についていちいち能動性を生成して感覚しているに過ぎない
そしてその能動性が壊れるととても苦しいと感覚するようにできている

従ってフロイトのいうように
無意識の欲求を意識が蓋をして抑圧しているというモデルではないことになる。

無意識内部での二つの欲求の葛藤が生じ、その結果を自意識は受け取るだけである。

道徳とか合理性とかを無意識に対立したものとしてみたり、
原始的欲求を無意識の働きと見たりするのは
多分違うのではないかと予想する。

自意識がなくても倫理観や合理的判断に相当するものは存在するのではないだろうか。

共通テーマ:日記・雑感

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。