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肩こりの漢方

肩こりに漢方

 肩こりを主訴に来院される患者さんは、そう多くはありませんが、何気ない日常の診察の中で患者さんに、「肩こりで困っていませんか?」と質問すると、多くの方が「はい、とても困っています」と答えます。癌のように命にかかわる病気ではないので、マスコミが大きく取り上げることもありませんが、本人にとっては悩ましい限りです。今回は、“陰の国民病”肩こりについてお話したいと思います。

 肩こりは、加齢に伴う首や肩周囲の筋力低下と、これらの筋肉を使用しないことで起こると考えられています。ですから、子供には起こらず、パソコンなどで仕事をする中年以降の事務職の方に多くみられます。やせていて(すなわち筋肉が少なく)、あまり運動をしない女性では若年でも悩む方が少なくありません。

 肩こりには、首筋がこるタイプと、首から肩と肩甲骨周囲がこるタイプがあります。前者には葛根湯(かっこんとう)、後者には柴胡(さいこ)剤が処方されます。このほか、やや、むくみがあり(水毒)、冷えを伴う肩こりには当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)が処方されます。

 それでは、実際の症例でイメージをつかんでみましょう。

首筋がこるタイプ
 患者さんは頭痛を主訴に来院された54歳の女性です。以前から頭痛があり、市販の鎮痛薬で様子をみていましたが、最近、薬を飲む回数が増えたため、脳腫瘍を心配して当院を受診しました。頭痛は主に後頭部に締め付けられるような痛みがある症状で、吐き気などは伴わず、寝込むほどでもないそうです。

 身長 162cm、体重 60kgと中肉中背で、バイタルサイン、心肺腹部の身体診察、神経学的な診察には異常を認めませんでした。患者さんの希望通り、尿、血液スクリーニング、頭部MRI検査を行いましたが、総コレステロール236 mg/dL と若干高い以外は、頭部MRIも含めて異常を認めませんでした。 漢方的診察では冷えはなく、時に便秘をする(実証)、中肉中背(実証)、舌に異常なく、脈もよく触れ(実証)、腹部も圧痛なし、手足を触っても冷えていないといった具合に、これといった特徴ある所見は得られませんでした。

 さて、首の診察をしながら、ふと気になり、「編み物などをしていませんか?」と尋ねたところ、「毎晩、趣味で縫い物をしています」とのこと。この患者さんの頭痛の原因は、長時間同じ姿勢で縫い物を続け、首筋がこったために生じたと考えました。

 そこで、葛根湯(ツムラTJ-1)1日3パック(分3)を処方し、縫い物を控えるように指示しました。2週間後の再診時には、頭痛はなくなったと喜ばれましたが、患者さんの希望で葛根湯をさらに2週間分、処方しました。今度は服用回数を減らすため、頭痛時に頓服するように指示しました。

 以後、患者さんの来院がありませんので、その後の詳細は不明ですが、きっと元気なのでしょう。漢方で実証とされる方では、肩こりがあっても自覚していない場合があり、今回のように診断に苦慮することがあります。

 葛根湯はもともと風邪の初期(太陽病期)に用いる方剤ですが、主成分の葛根に首筋のこりを取る作用があるので、これを肩こりに応用して用います。日本では江戸時代に、高価で希少な生薬を有効活用しようと当時の医師たちが知恵を絞り、このような使用法を編み出したとされています。昔の医師の工夫を垣間見ることができ、とても興味深いところです。

首から肩・肩甲骨周囲がこるタイプ
 患者さんは52歳の男性で百貨店従業員の方です。メタボ健診で引っ掛かり、精査目的に来院しました。身長 172cm、体重 86kgと、立派なメタボ体型です。血圧 144/92 mmHgと血圧はやや高め、血液検査値では、空腹時血糖112 mg/dL、 LDLコレステロール138 mg/dL、血清総脂質456 mg/dL、HDLコレステロール32 mg/dLと、耐糖能異常の可能性と脂質代謝異常を認めました。

 栄養指導と運動療法の指示を行い、2カ月後の予約を取って診察を終了しかけたところ、「先生、肩こりがあるので何とかして」と患者さんが困った顔をして言いました。男性は女性に比べて病院に来ることが少なく、診察室でもあまり症状を言わない方が多いのですが、よほど困っておられたのでしょう、診察の最後に思い切って話したのだろうと推察しました。

 診察もせずに、「じゃあ、鎮痛薬や湿布を出しておきますから」と言うのは、せっかく勇気を出して症状を伝えてくれた患者さんに失礼だと考え、改めて漢方的な診察を行いました。舌は赤紫色で舌下静脈の怒張を認めました(お血)。脈は強く(実証)、手嘗紅斑を認めました(お血)、腹部はいわゆる太鼓腹で、皮下脂肪は少なく、左の季肋部に圧痛(胸脇苦満)を認めました。

 仕事でストレスもあるのだろうと想像し、漢方の抗ストレス薬で、体の丈夫な人(実証)に用いる大柴胡湯(だいさいことう、ツムラTJ-8)を1日3パック(分3)を14日分処方しました。2週間後に薬がなくなったからと来院し、「調子が良いのでもう少しください」とのことだったので、今度は同じように1カ月分処方しました。

 予定の再診時には、肩こりはなくなり、運動と食事療法の努力の成果があったのか、体重は82kgに減り、血液検査値でも、空腹時血糖104mg/dL、 LDLコレステロール120mg/dL、血清総脂質224mg/dL、HDLコレステロール40mg/dLと改善していました。

 首から肩・肩甲骨にかけてこる肩こりはストレスによる場合が多く、漢方の抗ストレス薬である柴胡剤の良い適応と思われます。今回の患者さんのように体格のガッチリした方には大柴胡湯を、中肉中背の方には小柴胡湯(しょうさいことう、ツムラTJ-9)を、きゃしゃな方(多くは女性ですが)には、柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう、ツムラTJ-11)がよいと思われます。

 最後に、肩こりは、縦のこりには葛根湯。横のこりには柴胡剤で、体格に合わせて大きい順に大柴胡湯、小柴胡湯、柴胡桂枝乾姜湯と覚えましょう。














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