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速度とコース

ネットで何か発信しているということは
誰かに読んで欲しいからだろう

目立ちたいわけだ

たとえば走ることを例に挙げると
目立つためには
速く走ることと
極端なコースを走ることがあげられる

速く走ることはすばらしいことでこれは目立つのだが
誰でもできることではない
それに本当に早く走れる人は
ネットなんかでうろうろしていない

極端なコースを走ることは
ネット社会でよく起こることだ

それ自体特に難しいことではないが
退屈だしそんなに暇ではないから、たいていの人はしない
仕事で忙しければそんなことはしないし
仕事でお金が入ったら
旅行にでも行くものだ

*****
発言の論理や着眼や感情がすばらしいことは
速く走る要素と
最短距離を走る要素とがあると思う

速く走るといっても限度があるので
最短距離を見つける才能も大切になる

発言を極端なコースに乗せることは
ネット社会ではしばしばある

人よりも極端なコースを走ってみせることが生き甲斐の人もいて
そのことが大人を恐怖させる

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幸せの感覚

幸せの感覚はいてい時間微分だと思う

あとは他人との比較

でもあまり他人と関わらない人は
比較の材料もない

長く生きていないと
比較の材料がない
だから子どもには幸せは分からない

*****
幸せの感覚は集団内での順位の感覚と関係していることがある

美人は集団内の上位5%だし
幸せは集団内の上位5%なのだろう

だとすればつまらないものだ

お金持ちでもお金持ちの集まりに出れば惨めな思いをすることがある

*****
昔の自分との比較は確かに幸せの実感を与えてくれる
子どもが何かいいことをいってくれたときなどは
なんだかとっても報われた気持ちになる

他人との比較は意識をするとなんだか気持ちが貧しくなるようなものだけれど
しかしそれが一応の幸せの感覚の源泉になっていることは否定できない
たいていは自分が不幸なときに自分だけじゃないといって慰める
死ぬときだってみんな死ぬんだと思うからすこしは耐えられる

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心が凍る

一緒にいて心がしんと凍ってしまうような瞬間がある
あるんだ
たしかに

一緒にいても意味ないし
むしろマイナスだと思ってしまう

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大回顧展モネ 国立新美術館開館記念

国立新美術館開館記念
大回顧展モネ 印象派の巨匠、その遺産

混雑しているだろうなと思いつつ、
土日よりは金曜がいいだろうと思い、
仕事帰りに立ち寄ってみた。

6時頃は意外と空いていた。
7時くらいになって次第に混雑してきた。
仕事帰りのOLさんらしき人たちが多い。

やや年配の人もいて、
会社でいえば部長さんのような感じ。
若々しさがあって、あんな感じの人は大学教員に多いなと思ったりして眺めていた。

私が美術館で見るものは、
半分は絵で、半分は人間だ。

だって、絵の前で人間は意外とプライベートな姿をさらしているから。
洋服を着てバッグを持って美術館にいるのだから、
意識のモードとしてはパブリックに決まっているのだけれど、
絵の前で何かを感じるとなればそれはプライベートなことにならざるを得ない。
そこで人はパブリックでかつプライベートということになる。
ここがおもしろくて、見るともなく見て、聞くともなく聞いている。

美術館に来る人は、美男美女は少ないものだ。
美男美女には美は間に合っているらしい。
むしろ、もって生まれた美を活用するのに忙しいのだろう。
その人たちは鑑賞させる側なのだ。
美術館に来る人たちはおおむね、鑑賞する側の人たちである。

美術館から出て、六本木の町をすこし歩くと、
絵なんかよりも綺麗なものが町にはあふれていることに気がつく。

綺麗という言葉、今日も美術館にあふれていた。
美が溢れていたというより、綺麗という言葉が溢れていた。

今日は音声ガイドは小泉今日子だという。500円。
特に上手ではなかったけれど。
朗読で上手だったのは、徒然草、安良岡康作解説、NHKラジオ、のときの
朗読者だった。
たぶん白坂道子とか。

小泉今日子は長澤まさみとよく似ていて、
典型的な日本のおばさん顔だ。
骨格が同じ感じがする。

音声ガイドを聞いていて、
変な使い方を考えた。
でたらめな絵ででたらめな解説を聞くのである。
もちろんそぐわない点もあるのだけれど、
そこを想像力的に補う。
そのような脱構築的な聞き方をして考えながら絵を見ていたら、
そばを歩いている女性たちの服装がどれもシュールで、
2007年的現実は私を追い越していた。
そのちぐはぐな感じときたら、でたらめ解説以上だったのだ。
でたらめな解説にしても、モネについての話にはちがいないわけだから。

絵は本当によいものだ。
特にモネはいい。
日本人好みなのだろうが、私の好みだ。
パリに行ったときも、オランジェリーが楽しいわけだし、
オルセーでもどこでも、モネがあるととても落ち着いた気分になれる。
特に睡蓮はみんなが好きで私も好きだ。
今回集められた睡蓮は、描いた時期もいろいろあるらしく、
デッサンも色合いも様々だった。
このような試みの中で、
たとえばブリジストン美術館にある一枚とか、
オランジェリーにある連作とかになったわけだ。

あわせて展示されていた現代美術もそれぞれおもしろい。
たとえば松本陽子「光は荒野の中に輝いている」はアクリル絵の具を使っていると解説があったが、
とても好きだ。

「光は闇の中に輝いている」(ヨハネ1:5)。光が輝くのは闇の中でなのだ。光の中ではもはや光は必要ない。光を必要としているのはむしろ闇の方なのだ。この世界が闇の力に覆われているからこそ、そこに光が必要なのだ。主の栄光が現れるのは、実はこの闇の中でなのだ。そこに最後の希望がある。


場所の影響も大きいような気がする。
新装開店の大美術館、場所はミッドタウンとヒルズの近く。
本当は大美術館の近くに芸術家が住めたらいいのだろう。

でも、最近は、芸術家以上に、観客が、芸術している。


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携帯電話の攻防

携帯電話は貞操帯である

逆に必死で携帯でアリバイを作る

電源を切ったら怪しいのでゲームオーバー

しつこくかけてきたら
しつこく対応する
その誠意がなくなったらゲームオーバー

相手に頻繁に電話がかかってきたら
だいたいはどっちが大事なのかはっきりして
ということになる

プライドの高い人ほど耐え難い

そこでカタストロフィーに至る

大事な時間にしつこくかけられているということはばれているということだから
失敗している

関係ないときにしつこくかかってくるようだとうまくいっている

しかしそれは相手がわざとしている場合もあって油断してはいけない

このあたりを完全にクリアーできている人は少ないようで
ノウハウはまだ確立されていない

携帯を二つ持つしかないようだ
しかしたいてい無理

圧倒的にばれている

むしろ追跡が途切れたら
気持ちが途切れたと思っていいと思う



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携帯がない頃のcall me / Brondi

おじいさんたちがまだ若かった頃のうた

携帯もないのに
電話して、とわめいているよ

リチャード・ギア主演の「アメリカン・ジゴロ」の歌。
この頃、ジョン・トラボルタという俳優がいた。知ってる?
サタデー・ナイト・フィーバーっていう、健康なおはなし。

ジゴロが燃費の悪いBMWに乗って走ってるけど、
電話できないよね、ま、いいか。
複雑なスケジュールはないみたいだから。
そんなでかい車で、一体どこまで行くのかな?

http://tube365.net/lang-ja/init_char-2/artist_id-999/track_id-40785/video_id-a7LZRaHz0Q8/video_title-Blondie%20-%20Call%20Me
http://jp.youtube.com/watch?v=SHdUpFrbFxQ&feature=related
ちっょと変わったバージョン
http://jp.youtube.com/watch?v=TsmHsIY3QWA&feature=related

Color me your color, baby.
Color me your car.
Color me your color, darling.
I know who you are.
Come up off your color chart.
I know where you're coming from.

Call me (call me) on the line.
Call me, call me any anytime.
Call me(call me)I'll arrive.
You can call me any day or night.
Call me!

Cover me with kisses, baby.
Cover me with love.
Roll me in designer sheets.
I'll never get enough.
Emotions come, I don't know why.
Cover up love's alibi.

Call me (call me) on the line.
Call me, call me any anytime.
Call me (call me)I'll arrive.
When you're ready we can share the wine.
Call me.

Ooh, he speaks the languages of love.
Ooh, amore, chiamami (chiamami).
Ooh, appelle-moi, mon cheri (appelle-moi).
Anytime, anyplace, anywhere, anyway!
Anytime, anyplace, anywhere, any day!

Call me (call me) in my life.
Call me, call me any anytime.
Call me (call me) au revoir.
Call me, call me for some overtime.
Call me (call me) in my life.
Call me, call me any sweet desire.
Call me, call me for your lover's lover's alibi.
Call me (call me) inner line.
Call me, call me any anytime.
Call me.
Oh, call me, ooh ooh ah.
Call me in my life.
Call me, call me any anytime

*****
Color me your color, baby.
Color me your car.
というところからまず分からないけど、

私を貴方の色に塗りたくってよ、ベイビー
貴方の車と同じように

と訳してある。そういう意味なのか。韻を踏んでいるので、サザンみたいな歌になっている。

When you're ready we can share the wine
Call me

覚悟ができたら電話して

chiamami というのはイタリア語 call me 
chiama + mi

*****
Call Me
BLONDIE

Colour me your colour, baby
Colour me your car
Colour me your colour, darling
I know who you are
Come up off your colour chart
I know where you're comin' from

私を貴方の色に塗りたくってよ、ベイビー
貴方の車と同じように
私を貴方の色に塗りたくってよ、ダーリン
貴方が誰かを、わかってるから
貴方の思い描く色で構わない
貴方がどこから近づいてるのかもわかってるから

Call me (call me) on the line
Call me, call me any, anytime
Call me (call me) my love
You can call me any day or night
Call me

連絡してよ、この電話へ
電話して、電話してよ、いつでもいい、いつだっていい
電話してよ、愛してるから
昼だろうと夜だろうと構わないから
電話して

Cover me with kisses, baby
Cover me with love
Roll me in designer sheets
I'll never get enough
Emotions come, I don't know why
Cover up love's alibi

私の身体をキスで覆い尽くしてよ、ベイビー
貴方の愛で覆ってよ
シャレたシーツで私の身体をくるんでよ
決して満足なんてできないけど
湧き上がる衝動の理由なんて、私にはわからない
彼女への言い訳なんて、今は覆い隠してよ

Call me (call me) on the line
Call me, call me any, anytime
Call me (call me) oh my love
When you're ready we can share the wine
Call me

連絡してよ、この電話へ
電話して、電話してよ、いつでもいい、いつだっていい
電話してよ、愛してるから
貴方が準備できたら、2人で甘い時を分かち合えるわ
だから電話して

Ooo-oo-oo-oo-oo, he speaks the languages of love
Ooo-oo-oo-oo-oo, amore, chiamami, chiamami
Ooo-oo-oo-oo-oo, appelle-moi mon cherie, appelle-moi
Anytime, anyplace, anywhere, any way
Anytime, anyplace, anywhere, any day-ay

あー、彼は愛の言葉を口にするわ
amore、chiamami、chiamamiって
appelle-moi mon cherie, appelle-moiって
いつでも、どこでも、どんな場所でも、そんなこと構わずに
いつでも、どこでも、どんな場所でも、どんな時でも構わずに

Call me (call me) my love
Call me, call me any, anytime
Call me (call me) for a ride
Call me, call me for some overtime
Call me (call me) my love
Call me, call me in a sweet design
Call me (call me), call me for your lover's lover's alibi
Call me (call me) on the line
Call me, call me any, anytime
Call me (call me)
Oh, call me, oo-hoo-hah
Call me (call me) my love
Call me, call me any, anytime

連絡してよ、愛してるから
電話して、電話してよ、いつでもいい、いつだっていい
電話してよ、ドライブ行こうでもいい
電話してよ、時間が過ぎててもいいから
電話してよ、愛してるから
電話してよ、素敵な企みを聞かせてよ
電話してよ、貴方の彼女への言い訳を考える為に
連絡してよ、この電話へ
電話して、電話してよ、いつでもいい、いつだっていい
電話してよ
電話してよ、愛してるから
電話して、電話してよ、いつでもいい、いつだっていい

*****
携帯が一般的になってから、携帯依存が急増した。
朝のコールがないといって心配し、朝が始まるのだと言う。
Call me on the line.
lineが結んでいた。この重さ。
When you're ready we can share the wine,Call me.
というわけで。

家持は女の下着の「紐解く」というわけで、
しかもそのあと、男が紐を結ぶこともあったようで、
なかなか大変なものである。

女が自分で紐を解くのは約束違反だけれど、
あなたを思って我慢できなかったと言い訳している歌もある。

untie a knot
結び目を解いてよ

「ジャパニーズ・ジゴロ 紐解けわが背」、英題『Japanese gigolo Untie a knot』。
外科の医者が結ぶような、複雑で微妙な糸結びを得意とするジゴロは、
逢った後の女の下着の紐を丁寧に結びつける。
糸の長さ、模様のつながり具合、だれも再現できないので、
だれも女に手出しできない。
解いてしまえば、女は貞節を守らなかったことになる。
そんなとき、もう一人、糸結びの天才が現れる。
女を間に挟んで駆け引きが展開される、
万葉世界のジゴロ対決。

興味ない?
ないよね。



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人生は、それを生きるより夢見るほうがいい。

「人生は、それを生きるより夢見るほうがいい。」―マルセル・プルースト―

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古典作品 「夜半の寝覚め」

ドナルド・キーンがこんなことを言っている。
*****
 私は、『夜半の寝覚め』という同じ平安朝の物語も、きわめておもしろいと思います。愛し合っている2人がなかなかいっしょになれない。そして、結婚できる機会があるときに女性が断るというすごい場面があります。そうした場面は、現代の小説で書かれていても違和感がないし、とても現代的な考え方です。

紫式部が『源氏物語』の第1巻を書いたときに、物語の結末をわかっていたのかどうか、私にはわかりませんが、『夜半の寝覚め』を書いた女性は結末をよくわかっていたと思います。つまり、始めから小説を書こうと考えていたと思うんです。その意味で、『夜半の寝覚め』は『源氏物語』よりも現代的という面もあります。
*****
『夜半の寝覚め』は部分しか残っていないので研究もしにくいらしい。
しかし肝心の部分は、美しい女がいて、姉の夫、つまり義理の兄を初めての男性としてしまい、子供を産み、しかし自分は別の男性と結婚し、それでもその後の人生でも思い続け、夫が死んだので、義兄はなおも言い寄るのだが、断り、今度は天皇が自分を力づくで希望するのだが、その時に思うのは、義兄のことで、「あら私、夫のことをいいわけにして義兄を遠ざけているのに、こんなことになってまずはじめに強く思うのは義兄のことなんだわ」なんていうように自分の心に気付いてしまい、添うでもなく離れるでもなく、関係を続けて行くのである。
前半の物語では、「寝覚め」は、男性が女性を思ってのことであり、後半での「寝覚め」は、女性が男性を思ってのことであるというのだ。

国文の先生方を拝見するに、このような色っぽい話にふさわしい人もいないようで、不思議な感じがする。
好きな女を思って「寝覚め」してしまうような男は現代では国文の先生なんてしていないのだろう。

彼らの研究の一部を紹介すると、
一応「夜半の寝覚め」といわれている作品の、「本当のタイトル」は何か、「夜半の寝覚め」「夜の寝覚め」「寝覚め」などがあるが、決定的ではない。
なんて言うらしい。ありがたいお話である。

****
追記
そう思っていたら、それは私の事実認識の甘さで、高校教師、大学教師は、女生徒にたいして、いろいろとあるのだという。ぱっとしなくても、生徒にはかけがえのない男性となるものらしい。色事の神髄はやはり、高校大学の教師が実践しているらしい。何しろ相手が相手だから、真剣に燃えるらしい。そして吸収もいい。教えるのが本職だし、教わるのが本職だから、どんどん上達するのだという。
皆さん、教員を放置しておいてはいけません。

ここでも、集団内ですてきな人一定の法則が働いている。
女子高校生の場合、そんなに多くの男性に接していないから、
とりあえず男性教師はもてる。



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新オリッピック競技

話が唐突で恐縮だが、
人間の基本的な能力でオリンピックをするとすれば、
変なものを食べても下痢も少なくけろりんぱとしている消化器能力とか、
新型インフルエンザに感染しても平気な免疫系能力とか、
セックスでHIVをうつされても平気で出産できる能力とか、
そんなものは本当に役立つし、いくらあってもいい能力なので、
競えばいいと思う。

NG?
はい、そうです。



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長崎ちゃーめん

パリパリした揚げ麺に、中華あんかけ
なかなかおいしいので最近食べる

節約のため
肉もエビも入れない
主に白菜

ヒガシマルの長崎ちゃーめんでいい

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破局の方程式

世の中は働く人と遊ぶ人で成り立っている
ほどほどを兼ねようと思っても中途半端になる

資本主義が成熟すると
専門で遊ぶ人が必要になる

専門で遊び始めると
働く暇などないからだ

夫に働かせて
妻は遊ぶというのが
20年くらい前だったと思う

その後日本は貧しくなって
共働きが普通になった

でもそれだと消費者がいなくなってしまうので
仕事がなくなってしまう

消費ばかりしていると
借金ができて破産する
破産は連鎖して社会が困る

生産と消費と借金と返済がきちんとバランスしていればいいのだが
ここはポジディブフィードバックがかかっているので
必ず破局を迎える

破局を隠蔽するために
将来の国民の支払い分をどんどん積み上げている

アメリカの人たちが大盤振る舞いしてくれたので
日本製品も売れたけれど
今後は売れないらしい

日本人に遊んでもらわないと困るのだが
遊ぶお金がない
だから貸し付ける
すると焦げ付く
また倒産

これって、だめな方程式じゃないですか

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子どもがスイカで夜間コンビニ

子どもがスイカを使って夜間コンビニで買い物
非行と関係があるのではないかという意見

子どもが携帯を使うと人との関わり方を学べなくて
非行や犯罪と関係があるのではないかという意見
携帯でいじめが蔓延し、性非行、犯罪がはびこるという
確かに敷居を下げている

ほんとうに困った世の中で
どうにかしたいと大人が考えているのもよく分かる

人の心が変われば世の中は変わると宗教家は唱えていて
それはそうなのだけれど
結局その考えも下部構造に由来する

パンを食べるようになったから非行に走るというジョークみたいになってしまう

心配しているはずの大人は
子どもに年金などの負担を押しつけて平気でいる



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インフルエンザ:週内にも「流行開始」

ウイルスの型はA香港型が約42%と最も多く、B型は約37%とのこと

*****
昨夜は寒くて
夜中に目を覚まして
布団を一枚余計に掛けてまた眠った
朝起きたとき原因はよく分からないが寝汗をかいていた
長い夢を見て
夢の途中ではいろいろと考えごとをして
メモを取りたかったが覚えているだろうと思って省略し
今は何も覚えていない

眠りが浅いと夜は長い

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心配するな。イタリア人を入れておいた

神はまず天と地を作った。海と山を作った。そしてイタリアという国を作った。
イタリアには世界一うつくしい風景と、世界一おいしい食べ物と、世界一過ごしやすい気候を作った。天使がいった。
「神様、これではあまりにイタリアが恵まれすぎています!」
神はこたえた。

「心配するな。イタリア人を入れておいた」



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銀行とは

銀行とは:金を借りる必要など全くないという事を十分に証明してはじめて、金を貸してくれる施設の事。



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睡眠薬を飲む時間です

「旦那様、旦那様、起きて下さいませ。睡眠薬を飲む時間です」



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過去がどうであっても

考えてみれば、
昔の財産などどっちでもよろしい。
未来が大切。

過去がどうであっても、
未来を汚染させない。

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神が、あなたを愛している、わたしを通して。

神が人を愛するとき、
わたしを用いる。
それは隣人愛となる。

だから、わたしが愛しているのではない。
神が、あなたを愛している、わたしを通して。

直接愛するには適さない者が、人間なのだ。

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緩衝地帯の消失

たった一人の人間の狂気が人類を破滅させる具体的な危険について誰か話していた。

昔からそのような種類の狂気はあったが、具体的な方法がなかった。
いまはないわけでもない。

昔は人間が一人で衣食住をまかなうことはできなかったと思う。
お互いに依存し合い、その中で相互に「監視」もしていたものだろう。

今後、そうした監視を嫌う人が、
独自の生活と思想を実現させていったら、
幸福であるかもしれないし、とても危険かもしれない。

たとえばクジラ問題であんなにも熱くなる人の気持ちは、
概念として理解できるとしても、
了解したとか納得したとかは言い難いと思う人も多いだろう。

いままでは、独自な考えの人がいても、それを薄める共同体というもの、
緩衝地帯があった。
今後それがむき出しに世間に露出するとすれば、
難しい事態である。



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生きててよかったと思うんだ。

こんなあたしにもね、
報われる時間はある。
 
昔のお客さんが来て、
懐かしいねって、
言ってくれる。
 
あたしに会いに来る人は、
一番羽振りのいいときか、
破滅したときか、
そんな人が多い。
一生に一度の思い出に、
ぱーっと無意味に使いたいって、
思うらしいの。
 
今日来た人は、
もう自分はあのあと死ぬつもりだったって言うわけ、
で、あたしと会って、
死ぬのはまた今度でもいいやって思ったらしいの。
 
そのときはもう破産してたんだけど、
それから離婚して、親が死んで、また仕事でだまされて、
いいことはなかったらしい話なんだけど、
今日はあたしに合いに来て、
しばらくぶりだったね、
元気そうじゃないかなんていうのよ。
 
元気そうかどうかなんて、
実際、あたしは元気どこじゃなくって、
大変なんだし、
そんなゆるいこと言ってられないの、
でもね、真顔で、命の恩人だ、ありがとうみたいなこと言われて、
もう相手は泣きだしてるわけ。
 
いいような、
悪いような、
くすぐったいような、
大変なことしてるような、
こんなことする仕事じゃないんだけどなとか思うけど、
それなりに、
じんと来るんだ。
やっててよかったなとか。
 
今日の人も言ってたけど、
生きててよかったと思うんだ。

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ほどほどになる

どんなに素晴らしい人だとしても、
全ての人に賞賛されるはずはないし
愛されるはずもない。

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人の間と書いて人間だ

人の間と書いて人間だ、だから、とか何とかいう話は社長の訓辞に多くて、眠い

そもそも人の間と書いて人間とするというのは昔の人間がそう決めただけであって、
そこに何か本質的な知恵を見ようとするのも
見当違いである

ラテン語などを引っ張ってきても同じ

昔の人はこう考えたのかという歴史的真実は分かるとしても
そんなものは真実ではない

*****
とはいうものの
間なんてつけるからいろいろなファンタジーを引き起こしているのは確かである

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集団内でのポジションを決める機能としての性格

性格についてもう少し

性格傾向について二つ考える
1.もともとその人の脳回路の特殊性 穏やかな性格など

2.集団内でのポジションを決める機能としての性格 男性ホルモンなど

この二つが重なり合っている

1.については代々ばくち打ちが多いとか、けんかで死んだおじさんがいるとか、漁に出かけてかえってこないおじいさんがいて伝説になっているとかいろいろある

2.については、たとえば自民党内の派閥の争いや派閥内部での争いを見てみると考えやすいと思う。
皆さん地方に帰れば殿様の身分で何不自由ないのであるが、永田町ではおとなしく順番を待っている。
それは派閥のボスがにらみをきかしているからであり、さらにその上に権力構造があるからであり、わがままを言ったところでどうしようもないくらい固い仕組みがあるからである。
一時は時代の寵児のように振る舞ったとしても、いったん失脚が画策されると、ほとんどはそれでおしまいである。
加藤氏は最近復活に向けて動きがあると伝えられる。小沢氏は敗戦から立ち上がった数少ない人間だと思う。
若かったから引退するには早かったし何しろ豪腕だし援軍もいた。

1.については遺伝的に規定されていて、生存戦略の一部となっているのだろう。

2.については、集団内でのポジション決定なので、地方ではボス、中央では順番待ちということが起こる。
つまり、所属集団が異なれば、役割も異なることになる。
鶏口牛後がいわれる。

昔から集団内での役は限られていて
リーダーは一人でいいし軍師がいて宴会係がいて道化師がいてという具合だ。
将棋の駒の配列に似ているかもしれない。
あるいは野球のチームに似ているかもしれない。ピッチャーの束ね役と野手の束ね役など。

いろいろな集団で似たような構造があり、
収まりきれないキャラクターがいる場合には、集団が割れたり、移籍したりするものだ。

この構造が変化するときに、
精神のきしみも起こる。

クラス替えが起これば
性格変化が起こる。

進学すればまた集団の性格が変わるので
個人の役割も変わる。

そのような意味で言えば、個人の運命には偶然がかなり作用している。

地域の集団や学校のクラスなどはお互いに見える集団なので分かりやすいが、
ネット社会での集団はわかりにくい。

一人一人のポジションが決めにくくて、混乱がしばらく続く。
ネットで露出する人格は一部のみであるから、順位制社会を構成とするとしても難しい。

そもそもネット社会は水平結合の社会構造が似合うので、
縦構造のヒエラルキーは構成しにくいはずである。

実際、合理的な知性の集団でネット社会を構成すれば水平ネットを作る。
やや遠い関係でシゾイドタイプになる。

しかし人間は知性ばかりではなくて、権力性や崇拝性、サディズムやマゾヒズム、
いろいろあるので、敵対する人間や崇拝する人間などが現れて、
知性の社会ではなくなってゆく。

実際、ネット社会では水平ネット結合が適合性があるのに、
そこに縦社会ヒエラルキーの感覚を持ち込むので、歪みが生じる。

縦社会はいじめや崇拝を含むものだが、
ネット社会ではそれが増幅されて際限なくなってしまう傾向がある。
実際の社会にあるネガティブフィードバックがかかりにくくポジティブフィードバックになってしまうようだ。

ネット社会は道具としては水平的結合なのに
参加する個人の心性が縦社会的結合だから
自然社会にあるはずのネガティブフィードバックが働かず
構造が不安定になり、性格傾向は不安定に増幅される。

役割が決まるまでは争うことになり、
性格は先鋭化する。



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