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ウィトゲンシュタイン 「反哲学的断章-文化と価値」

「思想もまた、熟してもいないのに木から落ちることがある。」
ウィトゲンシュタイン 「反哲学的断章-文化と価値」(丘沢静也訳)

「読者にもできることは、読者にまかせることだ。」
ウィトゲンシュタイン 「反哲学的断章-文化と価値」(丘沢静也訳)

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性愛と利他主義

人間というものは
私にはどうも二階建ての家のように見える

一階部分が個人としての建物で、自己愛が住んでいる。
12歳で完成する。

二階部分は種の保存のための建物で、性愛が住んでいる。
男と女になってから二階建てになる。

利己主義や利他主義はどの辺に住んでいるだろうかと考える。

利己主義はどちらかと言えば自己愛部分に住んでいて、
自己の保存に便利だと思う。一階に住んでいる。

利他主義は多分、性愛部分と関係していて、
種を保存したい欲求、もっと物質的に言えばDNAを保存したい欲求と
つながっていると思う。二階に住んでいる。

性愛の領域でも
自分だけが満足すればそれでいいという人は基本的に
自己愛を生きている人で自己保存のために生きている。
一階部分でセックスをしている。

相手を満足させないと気が済まない人は
利他主義を生きているわけで、
隣人を幸せにしようとしている。
二階部分でセックスをしている。

他人に尽くしたいという利他主義は
利己主義から見れば変な欲求であるが
他人に尽くすことで遺伝子が保存されることになるので
それはとても合理的な行動である。

というように考えれば
相手に尽くしたいと思う性愛と利他主義は同じ路線の上にあると考えられる。

利他主義は宗教的にもとても高い境地なのであるが
私が思うにそれは性的な脳回路とつながっている。
インドの神々がエロティックなのはこの回路のせいだと思う。

性のシステムは
しばしば資源分割の理論とつながり、
縄張りやえさや水の確保、簡単に言えば財産保全の仕組みと一体に
説明されるのだが、
それは表向きのこと、たとえば名字と相続のことであって、
実質のDNAのことで言えば、
性愛-利他主義の回路の話のような気がする。

ヨーロッパの女性の中には、
何人も子供を産むのだから、
たとえばの話、なかに一人くらいは
神父様の子どもを混ぜてあげてもいいという人もいるようだ。
カトリックは強い。

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岸恵子 自らを語る

NHKで放送していた。
岸恵子がロシアまで取材旅行に出かけたという、
女優・岡田 嘉子(おかだ よしこ)の話がおもしろかった。
「終わりなき冬の旅」とか「愛と逃亡の果て」と言われている。
短く言えば、自分にも夫がありながら、
妻のある舞台演出家とソ連に亡命、
しかし男性は射殺され、
自らは独房生活、スパイであると自白を強要され、その後懸命に取り消したり、
まあそんな感じで、大変な人生だったようだ。
これ以前にも「奔放な異性関係」が騒がれた女優だったようだ。
性格障害の面もあり、一種のPTSDの面もあり、
このような人生を目の当たりにすると、見る者もつらくなる。

それにしても、昔の女優さんはきれいでした。
雪国で演じた時の岸恵子の美貌などは一種の完璧さに達していると思う。



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花にまみれて2

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出口なし

借金、リストラ、失業、離婚、近所づきあいなし、孤独。
出口なし。

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ほおずき/グレープ

ほおずき/グレープ(さだまさし)・仲根かすみ編http://jp.youtube.com/watch?v=rArSNhTL2Js&feature=related

シャイニン・オン君が哀しい/LOOK・フォトムービー(戸田恵梨香編)http://jp.youtube.com/watch?v=8zlPVGIPmgc&feature=related

ふれあい/中村雅俊・フォトムービーhttp://jp.youtube.com/watch?v=Cms5Skuux4c

*****
夏祭り、綿菓子などのアイテムを描いても
http://jp.youtube.com/watch?v=44sRr9Ihf0c&feature=related
などとはずいぶん違うものだと思う



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フォトムービー

20歳のめぐり逢い/シグナルhttp://jp.youtube.com/watch?v=D0-QnmM6_Ok&feature=PlayList&p=A68693C919295E96&index=0&playnext=1

わかれうた/中島みゆき(真木よう子編)・フォトムービーhttp://jp.youtube.com/watch?v=re8BrMHOoHw&feature=related

22才の別れ/風(フォトムービー)http://jp.youtube.com/watch?v=f0wAvGDAqEg&feature=related

どうぞこのまま/丸山圭子(大石恵編)フォトムービー・Movie Photo Megumi Ohishi http://jp.youtube.com/watch?v=cJQ0NHCCm_s&feature=related

スローモーション/中森明菜・フォトムービー(綾波セナ編)http://jp.youtube.com/watch?v=p6x0AJdaeOs&feature=related

吉沢明歩・フォトムービー「ダンスはうまく踊れない/石川セリ」 Akiho Yoshizawa Movie Photo http://jp.youtube.com/watch?v=clmT9KVAtkA&feature=related

白い一日/希志あいの編・Movie Photo
http://jp.youtube.com/watch?v=Ymtf-fkb8X4&feature=related

Fun/井上陽水(小橋めぐみ編)・フォトムービー
http://jp.youtube.com/watch?v=aw8hf1WcS-s&feature=related

チエちゃん/井上陽水(佐々木希Ver.)フォトムービー
http://jp.youtube.com/watch?v=-1ioq_vus84&feature=related

わかってください/因幡晃(Kiyomi Jun編)・フォトムービー
http://jp.youtube.com/watch?v=aiujrFwuPy8&feature=related

夏をあきらめて/スザンヌ編
http://jp.youtube.com/watch?v=wvqeZsjYE3g&feature=related

恋文/中島みゆき【高画質】・Koibumi-Miyuki Nakajima(美竹涼子 Ver)
http://jp.youtube.com/watch?v=EE1ZQ8p6XGo&feature=channel_page

アザミ嬢のララバイ/中島みゆきフォトムービー(瀬戸早妃 ver)
http://jp.youtube.com/watch?v=-4dolHQQWVY&feature=channel

きみなき世界/松任谷由実(増田未亜 Ver)
http://jp.youtube.com/watch?v=1k-FZ0hk4Jk&feature=channel

フォトムービーの作り方
http://blogs.yahoo.co.jp/gensoh2008/4743446.html



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冬のひまわり

喝采  徳永英明 (Tokunaka Hideaki)
http://jp.youtube.com/watch?v=3KhULkM9nXg

心もよう (Kokoro Moyou)
http://jp.youtube.com/watch?v=LupgYji6ayM&feature=related

抱擁 (Houyou) - テレサ・テン (Teresa Teng)
http://jp.youtube.com/watch?v=libEjX8UIZI&feature=related

鄧麗君 雪が降る
http://jp.youtube.com/watch?v=NUbGN6QXNGo&feature=related

そして ・・・ めぐり逢い (Soshite Meguriai)
http://jp.youtube.com/watch?v=wQeNLPt9d18&feature=related

冬のひまわり
http://jp.youtube.com/watch?v=JGgVlXim92c&feature=related



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森昌子 22才の別れ

森昌子 22才の別れ 1985  Masako Mori
http://jp.youtube.com/watch?v=oKCqOoaBYks&feature=related

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君恋ふる心は千々にくだくれどひとつも失せぬものにぞありける

君恋ふる心は千々にくだくれどひとつも失せぬものにぞありける(後拾遺801)
和泉式部

あなたを恋しく思う心は千々に砕けてしまう程だけれども、
その思いは一つも失せないものであったよ。

あなたへの思いは
千々に砕けるけれど、
砕けたとしても、
そのたった一つもなくなったりしない

あなたのブログにはわたしの知らない女性との恋の始まりが
描かれている
華麗だ
分かりにくいようにしてあるつもりだろうけれど、
とってもわかりやすいよ。
そしてとてもきれい。
その分わたしの心は砕け散る
携帯だってもう全然鳴らない
わたしだってむかしはあなたのナンバーワンだった
いま砕け散る心の一つ一つ
それをわたしは大事にします
ひとつもなくさない

どれも重くて大事で
それだけで自分のすべてのように感じてしまうほど



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青空

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農地

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平原

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平原

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うみ

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はな

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はな

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はな

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はな

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はな

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夕焼け

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うみ

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はな

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出稼ぎ

雇用問題に関しては今まであまり考えたこともなかったけれど
いろいろな意見があって難しいものだと思う
それが抽象的な話ではなく、それぞれの人の自分の現在の立場に関わってくることだからでもあるかもしれない

*****
企業の成長戦略を語れ
根本的にはこれだと思う
縮小していくパイをどのように分けるといってもそれは権力関係の反映になるわけで
権力のない側が正論を言ってもなかなか通らない
一番いいのは中国にもインドにも負けない産業を興すことだ
基本的にはそれしかないと思う
それができないなら誰のせいでもない、自分のせいなのだから、清く貧しく生きるしかない

*****
そうは言っても自分の親戚や隣人が悩んでいればそう言うわけにも行かない
何か考えないといけない
単純で非人間的な労働は需要は存在するが就労したがらないというのもいいことなのかもしれない
より生きがいのある仕事や余暇の多い人生を求める権利はある。
仕事中毒みたいな人たちは趣味で仕事をしているのだから合わせる必要はないというわけだ。
それを前提に有意義な雇用をつくりださなければいけない。
私は仕事中毒人間なので余暇も趣味もない。だから人間らしい暮らしのイメージもわかないといった次第だ。

*****
今後は正規・非正規を問わず雇用自体が縮小していく。ITの進化や事務効率化等により平均的日本人の大量雇用先であった事務要員が減少した。事務に関わらず他の分野でも同様で、たとえば近い将来ICタグによりスーパーのレジ係は不要になるだろう。無数の店舗の大量のレジ係女性たちが解雇される。またコールセンターを中国に置くなど海外へのアウトソーシングによっても海外の安い労働力に国内の雇用はシフトする。
その場合、賃金を見て、それは途上国の人の仕事だから私はしないと言って、生活していけるならいい。たぶんその仕事を無理にやっても、低賃金で高生活費だから生活していけない。

その人は生活費の安い地域で生活すべきだという話になるのかもしれない。
中国に行って日本語指導員になればいいのだけれど、何年もできるわけではないだろう。

*****
同じ仕事をしても正規社員と非正規社員の給与が違い過ぎることでこの点については日本も諸外国を見習い是正すべきと思う。派遣などについては派遣会社が雇用先とどのくらいの単価で契約しどのくらいマージンをとっているかを透明化することにより悪質な派遣企業が淘汰できると思う。

つまり、非正規社員の過剰保護を進めるのではなく、正社員の過剰保護をなくせということになる。

正社員が過剰に保護されていて、非正規労働者にしわよせがいっているというのも、高齢世代が働きの割にお給料を貰いすぎというのも、その通りだと思います。

親世代に金が偏在してるから、子どもにとってそれにたかることがいい商売になっちゃってる。引きこもりやニートを生み出す一因になってる。

ニート・引きこもりといった問題も、「正社員」や「社会人」といった規格が高すぎるために、僅かにマスな人間関係の資質が欠けているだけで社会に参入できなくなるという理由があると思います。

彼らの既得権を手放さないための闘争

社会面・文化面をみてもいわゆる「正社員」でない人は2級市民の扱いを受けます。正社員でない人が、職場ではもちろん、結婚をする・家を借りる・ローンを組む・ハローワークに行く・同窓会に出る・国勢調査の調査票を見る―あらゆる生活の局面で、(特に男性は)「自分が社会で前提とされている存在でない」ということを実感するはずです。根底には正社員で構成される会社員組織が正統なコミュニティであり、それからはずれるのは問題のある人、適応できない人であるという日本人の深層心理の問題に行き着きます。

東京近郊の某公営施設の食堂はいつも閑古鳥状態で従業員は暇を持て余しています。しかしかれらの年収は多い人で800万と聞きました。公務員(準公務員)だからです。大手マスコミ各社は軒並み大赤字です。しかし社員の平均年収は1千万超です。日本は世界一の借金超大国です。少子高齢化も加速しています。

雇用規制を強めたら労働需要が減って失業者が増えます。

*****
昔、紡績などの労働集約型の業種では、単純繰り返し型の業務について、中卒女子、勤続5年という枠があって、この中で正社員として、総原資が増えない給与体系を構築していました。現業男子についても、年功序列で、若年者の賃金を低く、中高年に、生活給として厚くする配分をして、結果として、総原資一定を実現していました。つまり、正社員の中に、二極化した構造を織り込んでいました。女子の賃金体系、男子の万年平社員の体系が、暗黙の了解の下に、階層化を内包していたのです。
 大手商社などでも、お茶くみと言われた一般職と、総合職と呼ばれる差別体系を公然と持っていました。
 それが、機会均等法などによって規制されて、安定的に運用された体制が壊され、その対策として派遣や、期間従業員などの制度が定着して今日にいたって居り、その結果、二極化が顕在化したと言えるのではないでしょうか。

*****
慢性的な人で不足にある外食サービス業や介護のようなビジネスは利幅が薄いせいか十分な人件費が確保できない。
少数の正社員の労働時間を信じられないレベルで長くする。結果辞めていく人が多い。
消費者として安さばかりを追求するというのも問題がある。
失業を減らすには外食サービス業や介護の料金を値上げしてもいいだろうとの意見。

結局誰かが負担しなければいけないのだ。利用者が負担するか、またいつもの手で赤字国債を発行して返済は将来の国民に任せるか。

*****
国が金を出せとか企業が金を出せという発想になるのはどうしてなのだろう。
ある政治家が「本当に働く気があるのかどうか疑問だ」と言って集中砲火を浴びたのであるが、良質の労働力であるならば、すばらしいチャンスではないか。その良質な労働力を安価に独占できるなら、どんな商売を始めてもうまくいきそうである。将来型の産業を立ち上げて、運営まで任せて、利益を彼らに分割して取ってもらえばよいではないか。
ところがいまのところ現実に行っているのは政府に対する宣伝活動であり、売名活動に熱心な人たちの活動の場になっているだけである。売名に成功した人たちは将来も仕事があるだろうが利用された人たちは多分、将来の仕事は保障されないだろう。テレビに映って自分たちのプロパガンダ戦略の有効性を証明しているだけで労働者の将来はどうなるのだろう。

まあ、ここに引用したような意地悪な意見を言わなくてもいいけれど、本当に、何か彼らを吸収できる産業があればいいのにと思う。

*****
昔から田舎には仕事がなかったわけで、最近は東京にも仕事がなくなり、上海まで行けばあるのかもしれない。日本の田舎が田舎なのではなくて東京を含めて田舎になっているらしい。

だから儲けたい人たちやお金をたくさん使いたい人たちは上海でも香港でも行ってもらえばいいわけで
東京でもどこでも観光業でもしながらのんびり暮らしていく人が残ればそれでいいのかもしれないではないか。
日本全部が京都のようになって、しかし京都ほどではなくて、小京都が実際観光業で食べるようになる。
職のない人は仕方がないから出稼ぎである。



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超党派による年金制度改革に関する提言

採録
1、基礎年金部分は、すべて税方式
2、厚生年金などの二階建て部分は積立方式へと移行
3、さらには、国の年金債務(今まで保険料として国民が支払ってきた厚生年金部分などの二階建て部分)は向こう50年以上かけてでも、国民へ返還する
といった内容

2008年12月25日

「いまこそ、年金制度の抜本改革を。」
― 超党派による年金制度改革に関する提言 ―

衆議院議員 野田 毅
衆議院議員 岡田克也
衆議院議員 枝野幸男
衆議院議員 河野太郎
衆議院議員 古川元久
衆議院議員 大串博志
衆議院議員 亀井善太郎

 

はじめに

年金制度は、国民の老後生活を支える重要な制度である。
にもかかわらず、現在の年金制度は大きな問題を抱えており、高齢者世代、現役世代、若年世代のすべての世代において、年金制度に対する信頼が地に落ちている。
少子長寿化社会や低成長経済、働き方の多様化といった環境変化への対応、番号問題や改ざん問題などの甚大な怠慢やミス・不正の根絶、世代間・内の垂直的・水平的公平性の確保、生活保護との整合性、単身高齢者の困窮の解消など、多くの不満や不安を国民は感じている。結果として、老後の生活の安心を牢固に守るという、年金本来の機能は十分発揮されておらず、さらには、将来の生活設計に対する不安拡大が消費低迷をも招いており、事態は極めて深刻である。
あらゆる世論調査においても年金制度改革は「取り組むべき政策課題」の上位に位置している。また、すでに新聞各社が独自の提言案を打ち出すなど、多くの抜本改革に向けた動きが出てきている。こうした動きに呼応して社会保障国民会議が開かれ、議論が展開されてきた。しかしながら、同会議は税方式か社会保険方式かといった財源論ばかりに偏重した既存の枠組みの中での議論に終始し、課題克服には程遠いものとなってしまっている。政府・厚労省、各党それぞれの改革案も存在するが、それぞれの主張が対立するばかりで、あるべき制度像への収れんが図られてはいない。
いまこそ、あらゆる課題解決のため、これまでの制度の枠組みを超えた抜本改革が必要であり、政治がそのリーダーシップを取らねばならない。
我々は、このような問題意識に沿って、半年以上にわたって、あるべき年金制度改革について超党派で議論を重ねてきた。
年金制度は国民にとって最も身近で不可欠な制度のひとつである。このため、国民に対して、「なぜ改革が必要なのか」、そして「制度改革を行った場合に負担と便益がどのように変わるのか」を真摯かつ丁寧に説いていかねばならない。これは政治の責任そのものであり、この際、党派の利害は超越せねばならない。また、年金制度は国民それぞれにとって平均60年以上と長期に関わるものであり、政権交代によって、制度そのものが揺らいでしまうようでは制度に対して信頼を寄せることはできない。したがって、年金制度改革は超党派で取り組まれるべきものであり、これを政争の具とすることは国民の信頼を裏切ることで決して許されることではない。
本日、我々のこれまでの議論の集約として、年金制度の抜本改革に関する我々の考えを「3つの原則」と「改革の具体像」として示す。

3つの原則 1.現行制度を抜本的に改める 
2.わかりやすく、公平な制度とする
 3.真の国民皆年金を確立する

改革の具体像
 ● 基礎年金-最低生活保障の明確化
 ● 積立保険料比例年金(現役時の所得比例年金)への移行
 ● 低コストかつ確実な執行体制の確立

本提言の内容はまだまだ充分ではない、詰めるべき論点も数多い。
しかしながら、従来の政府・厚労省案では乗り越えられない数々の課題を克服できる本提言は年金制度の抜本改革に向けた嚆矢になるものと確信している。本提言のような内容があってこそ、将来、与野党において年金制度改革の協議を行っていく際、それが実りあるものとなるであろう。また、超党派による本提言を世に問うことで、政治がリーダーシップを発揮しつつ国民的議論の集約を推し進めることができる。我々は、国民の信頼と期待に応える年金制度の確立に向け、引き続き、その先頭に立って活動を進めていく。
3つの原則
原則1、現行制度を抜本的に改める
年金制度は抜本的に改めなければならない。
「抜本的」とは、現行制度の構造そのものを改めることである。したがって、給付と負担の調整に偏重し、制度そのものに正面から切り込んでいない2004年の年金法改正は、我々の意図する抜本改革ではない。08年に開かれた社会保障国民会議では、現在の年金制度の課題を制度そのものによるものではないとの考えを明らかにしている。
現行の年金制度は、後述で詳論するとおり、老後の生活保障の確実性や負担および給付の公平性などについて根本的な課題を有している。このため、制度そのものを「抜本的」に改めるしか、数々の課題を克服することはできない。
抜本改革の提言に対しては、既存の制度が現にあるので「白地に絵は描けない」との批判がなされることがある。確かに、現行制度が既に完成された、国民の支持を得た制度であればその通りかもしれない。しかし、現行制度は、国民の信認も得ていなければ、そもそも完成された制度でもない。それは、基礎年金の財源調達方法に端的に表れていよう。


原則2、わかりやすく、公平な制度とする
国民にとって最も身近な制度であるからこそ、最も重視すべきは、わかりやすい制度とすることである。
現行の年金制度は、法律、資金の流れからコンピュータシステムに至るまで複雑怪奇であり、制度のユーザーである国民も、制度をガバナンスすべき立場にある我々、政治家すらもその全貌を把握することが出来ない。一部の官僚だけがかろうじて把握しているのが実情である。
その弊害として先ず、国民の不信や不安の要因となる。わからないものには当然ながら信頼は寄せられない。次に、ミスや不祥事が起きやすくなる。例えば、宙に浮いた5,000万件の年金記録問題も、国民および政治家の制度に対する理解とガバナンスが行き届いていれば未然に防げた、あるいは、少なくとも軽微な被害にとどまっていたはずである。さらに、複雑な制度には、行政の裁量が入り込んでしまう。行政の裁量は、国民に不公平感をもたらすとともに、行政組織を肥大化させる。加えて、国民側の無駄な事務負担も増大する。
したがって、改革は、制度全体を徹底的にわかりやすいものとする方向で進められなければならない。また、行政の権限や裁量を最小化し、不正や怠慢を排除するためには法律によってすべての枠組みが決められねばならない。こうした観点に立てば、厚生労働省が試案として提示している「保険料軽減支援制度」のように現行制度の枠組みのまま、より複雑化させるものを選択肢とすることはあり得ない。

加えて、制度に対し、国民に不公平感を抱かせてはならない。
現行制度は、公平性に関して数多くの課題がある。代表的なものを挙げれば、先ず、高所得者でも低所得者でも一律月額14,410円の国民年金保険料という垂直的不公平がある。次に、同じ専業主婦でも、夫がサラリーマンであれば直接的保険料負担がなく、他方、夫が自営業者であれば負担があるという水平的不公平がある。さらに、若い世代は保険料が上がるにもかかわらず給付水準は低下する著しい世代間格差がある。また、厚生年金加入者においては、厚生年金保険料を40年を超えて払い続けても、基礎年金の受給額が増えることはない。厚生年金保険料には基礎年金の費用が含まれているにもかかわらず、こうした状況はまったく理解することができない。
今後、少子長寿化が進むもと、税にせよ社会保険料にせよ国は国民に対し追加的な負担を求めていかざるを得ない。そうしたなか、制度がかかる不公平を抱えたままでは、国民の理解を得ることは決してできない。制度における公平性を追究していくことは、国民が前向きに費用負担していくために不可欠な前提条件でもある。

原則3、真の国民皆年金を確立する
真の国民皆年金を確立しなければならない。
現行制度は、真に国民皆年金を達成しているとはいいがたい。まず、加入面をみると、第1に、国民年金制度未加入者は90.5万人(平成16年度)に及び、国民年金保険料の納付率は63.9%(平成19年度)にとどまっている。背景には、所得に関わらず定額という逆進的な国民年金保険料負担や、国民年金保険料という大量小口債権を2,200万人から直接徴収することの限界があろう。第2に、もともと自営業者や農林漁業者のための制度である国民年金制度の就業別加入者数をみると、今日では雇用者が約4割と最大のウェイトを占めている。どのような制度にでも加入していれば皆年金と呼ぶものでもない。第3に、サラリーマンの専業主婦の妻である第3号被保険者は、直接的な保険料負担を負っておらず、加入者としての意識を実感出来ているのかも疑問である。
次に、給付面をみると、基礎年金は満額でも月66,000円と生活保護の生活扶助にも見劣りする上、実際の給付額は月平均53,202円である(平成18年度)。どのような金額でも、給付さえあればいいというものでもなく、意味のある金額が給付されてはじめて皆年金として機能しているといえよう。
さらに、手続き面でも皆年金と呼ぶには疑義が残る。現在、加入期間や年齢など給付要件を満たしていても、申請主義の名のもと、社会保険庁に申請をしなければ年金は受給出来ないためである。そのため、貰い忘れ年金などが生じてしまっている。
国民全員が負担能力に応じて何らかの形で費用を負担し、とりわけ基礎年金に関しては「生活保障」の面で意味のある金額の給付を、受給要件を満たせば当然に受けとるという意味での国民皆年金が目指されなければならない。
改革の具体像
社会保障国民会議に顕著であった「税方式か社会保険方式か」といった財政方式に偏重した議論は、税と社会保険料それぞれを所管する官僚の縄張り争いの域を出ていない。真に国民の立場に立った議論であるならば、基礎年金、所得比例年金それぞれの役割の明確化こそがまず論じられるべきである。財政方式はその後の議論である。
基礎年金が果たすべき役割は最低生活保障と明確に位置付けるべきである。そこでは、意味のある金額が事前に設定されねばならない。年金の用語に従えば、給付水準を先に決め、それに合わせて財源を調達する「給付建て」である。
他方、所得比例部分は従前生活保障と明確に位置付けるべきである。現役時の負担が低ければ、それに応じて少ない年金、高ければ多い年金となる。年金の用語でいえば、拠出した財源に応じて事後的に給付水準が決まる「拠出建て」である。
このように役割を明確にすれば、それぞれに相応しい財政方式は自ずと決まってくる。すなわち、基礎年金の財源は、所得再分配を主要機能の1つとする「税」となり、所得比例部分は所得再分配を極力排した「社会保険料」となる。
こうした整理のもと、我々の考える改革の具体像は、次の通りである。

基礎年金-最低生活保障の明確化
(1)  1人あたり、現在の国民生活水準における月額7万円程度の給付水準を将来にわたり確保する。実際の給付水準は、健康保険料、介護保険料、および国・地方の租税負担との整合性を図る。現在、これらの制度設計および行政機関がバラバラであることで、年金生活者に将来の生活設計に不安を抱かせる大きな要因となっている。一方で、高所得者に対しては、年金課税見直し、あるいは、カナダのクローバック制度導入による給付抑制を今後のオプションとする。
(2) 財源には、税を充てる。これは制度導入時においては、これまでの保険料拠出実績を給付額に反映した場合、消費税換算では3%強程度の引き上げで賄える額に相当するが、保険料が軽減されることを勘案した追加的な国民負担は1兆円程度にとどまる。さらに上記の高所得者への年金課税、クローバック制度のあり方などによって抑制が可能である。この場合、全ての国民に消費を通じて負担を求めつつ間接徴収であることから納税義務者も少なく徴収上のメリットが大きい消費税を基幹税とすることが相当である。また、その全額を消費税で賄うのか、それとも他の財源も含めて賄うかなどについては、年金のみならず、医療・介護制度などを含めた社会保障制度の全体的な改革との整合性をとりながら、税制の抜本改革のなかでさらに議論を深める。ちなみに、改革案への移行に際しては、当然のことながら、これまでの保険料拠出実績は給付額に反映し、公平性を失することなきよう充分配慮する。
なお、年金制度自体はできる限りわかりやすくシンプルな制度とすることに配意し、年金以外の制度も含めた、税制と社会保障制度の一体的な制度設計のなかで、国民が現に生活している実態である「世帯単位」の生活保障機能を確保する。
具体的には、現在の基礎年金は基本的に個人単位であり、夫婦2人は満額で月13万2,000円であるものの、高齢遺族は夫が亡くなる途端に1人分の66,000円になってしまう。単身高齢者はもとより66,000円。老後の生活資金が年金のみの場合、単身になることで生活が困窮化する場合がある。これを回避させるため、所得や生活の実態に応じて追加受給ができる制度(現行の生活保護制度との中間の位置付け)を創設する。対象者特定には、確定申告など既存所得税制を活用し、簡素なものとする。

積立保険料比例年金(現役時の所得比例年金)への移行
(1)  保険料の名のもと国民から費用を徴収する以上、所得再分配は極力排除し、現役時に納めた保険料に応じて給付がなされる制度とする。この観点から、名称も「積立保険料比例年金」とする。
(2)  拠出建てであることから、給付水準がはじめから設定されることはない。まさに自助努力を政府が支援する制度である。現在は、政府があらかじめ現役所得の6割、5割と給付水準の下限を設定しているように政府丸抱えの発想から抜けきれておらず、かつ、保険料水準を固定するのに給付水準の下限も約束するという矛盾をも生じている。
(3)  現行の各種制度を統合し、積立保険料比例年金の対象者は全就業者を基本とする。その場合には、今後の所得捕捉の精度向上や、自営業者・農林漁業者の老後所得保障ニーズに的確に対応できる仕組みとすることなどが前提となる。
(4)  その際、厚生年金報酬比例部分だけでも270兆円とされる純債務の解消が避けて通れない。これには、積立保険料比例年金実現いかんに関わらず、後世代に財政的ツケを先送りしないためにも、きちんと向き合わねばならない。
翻って、現在の政府・厚労省は、数字操作によるバラ色の将来像提示と華美な形容で、年金財政の状況を取り繕い逃げる姿勢が目に余る。例えば、2.3倍貰える年金、一層の少子高齢化が見込まれるなかでの所得代替率予測値51.6%への上方修正(2007年2月の厚生労働省暫定試算)、および、100年安心のうたい文句などがその典型である。これらは、国民とりわけ若い世代に対して不誠実な、かえって不信を招く、誤った対応である。
本来、政府は、正直に、等身大に年金財政を捉え、それを出発点に財政的改善努力を重ねなければならない。そのために先ず、政治的思惑を一切排し、国民向けに、客観的・中立的に情報開示を行う「公的年金会計」を会計基準および実施機関両面から整備する。そこでは、純債務を明確に切り出して可視化する。次いで、純債務解消スキームを定め、政治責任のもとそれを着実に実行していく。
(5)  我々の議論のなかでも時間を費やしたのは純債務解消スキームの具体像である。現時点でのひとつの選択肢は次の通りである。
現行厚生年金報酬比例部分の純債務は、積立保険料比例年金とは明確に切り分け、別会計とし、区分経理する。積立保険料比例年金については、完全積立型の年金とする。
いわゆる二重の負担が特定世代に集中しないこと、一方で、あまりに長期間となりフィージビリティーを失することがないことの両面を勘案、財源確保の程度にもよるものの、純債務解消期間は少なくとも50年を超える長期間が適当と考える。
制度移行時点において一定年齢以下(例えば、40歳以下)の現行厚生年金報酬比例部分の債務について、過去納付額に応じて新制度の積立金に換算・移行するなどの選択肢も考えうる。本措置によって、純債務解消とは別に、国民にとっての新制度への完全移行は20年程度前倒しすることができる。
財源は、基礎年金の財源を税にすることに伴う厚生年金保険料事業主負担(保険料率換算約2.7%程度)の軽減分の活用などを考える。このとき重要なのは、幅広い世代の幅広い課税ベースに財源を求めることである。

 

低コストかつ確実な執行体制の確立
いかに素晴らしい制度が描かれても、確実に執行されなければ意味がない。これは、国民年金保険料の納付率の低迷や一連の年金記録問題などの教訓である。しかも、執行は低コストでなければならない。
法定主義に基づく制度とし、執行体制もこれに基づくものでなければならない。法定主義によって、行政の権限や裁量を最小化し、不正や怠慢を排除することができる。
基礎年金の財源を税とすることにより、既存の社会保険庁の機能と組織の大幅な縮減が可能となり、行政コストの大幅な抑制が期待されるとともに、国民サイドの事務負担も軽減される。さらに徴収機能の一体化も視野に検討することができる。
加えて、税制と年金・医療・介護など社会保障制度に共通する個人番号を導入する。これは、所得捕捉の精度を高めることで税と社会保険料の徴収を、公平、確実なものとするとともに、国が経済的支援を必要とする人を正確かつ迅速に把握し、支援の手を差し延べるためのインフラとしても不可欠である。
以上
(別紙補論:社会保障国民会議が招いた消費税に関する著しい誤解)

社会保障国民会議では、消費税の取り扱いについて、その本来の特性をまったく無視した議論が展開された。「税方式か社会保険方式か」といった財政方式に偏重した議論に伴って、あたかも消費税は全て家計負担であり、社会保険料の事業主負担は全て企業負担であるかのような誤った印象を国民に与えてしまった。これは今後の税制改正に大きな禍根を残すことになってしまったといえよう。
下記の例のように、負担の転嫁の容易性など、消費税には本来すぐれた特質があることを我々は忘れてはならない。


 



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町村氏北海道新幹線

北海道選挙区の自民党・町村氏が
北海道に新幹線といって
いま現在雪の中で選挙運動を続けている。
そう言うのが一番効果的との結論なのだろう。

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