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過食・嘔吐に関する血糖値多重人格妄説

過食・嘔吐について
全部ではないが
一部を
血糖値をトリガーとした
多重人格状態と解釈できると思うので報告する

ーー
まず過食と嘔吐をする人たちの場合
圧倒的に共通な部分がある

過食する自分と嘔吐する自分は時間的に重ならない
たつの意識の存在が重なるならば反省意識が働き行動を停止できる

過食する自分は嘔吐する自分を認知していない(FC)

嘔吐する自分は過食する自分を認知している
だから激しく後悔し自責し
二度としないと固く誓う(CP+AC)

過食する自分と嘔吐する自分の両方を客観的に見ている自分がいる
あるいは自分を療育的に見ている(A+NP)

しばしば泣いて
多くは悲観的で抑うつ的である

おおくは几帳面で
道徳心が強く
熱中性の性格で
人に気を遣う
精力性で
気が強い

わたしは負けない!人だったのに
過食と嘔吐に関してはどちらにも負けている
どうしようもない

「最初から食べなければいい」
「もっと立ち返って買わなければいい」
「買うときには我慢できるのではないか」
などの意見に対しては
買うときにすでに過食のモードに入っているので
どうしようもないようだ

ーー
多くの観察では
日中に強いストレスがあった場合
夜に過食をして吐いてしまう

だからストレスがトリガー(ひきがね)になっているらしい
しかしそのあとのメカニズムは分からない

ーー
ここで
血糖値を軸にして考えてみる

昼に強いストレスを体験したあと
夜になると低血糖となり、脳の上位部分からの抑制信号が弱くなり、
昼のストレスに対する反応として
血糖値を高く保ちたいとする
個体と種の保存の本能が発動する(FC)

それは合目的的な行動であり
強力である
ほとんど止められない
これが低血糖の意識である

そして急速に血糖値は上昇し
限界領域を突破する
するとスイッチは切り替わり
社会性の能力が発動し
人に嫌われたくないとか
賞賛を浴びたいとかの欲求が強くなる(AC)
その結果嘔吐してしまう

一回りして
血糖値が落ちつくと
嵐は過ぎて
平静な自分が戻る(A)
血糖値は中間状態である

こうしてみると
高血糖、低血糖、中血糖の三つの状態に対応して
人格を三つ考えればよい

一番上位にあるのは中間血糖の場合で、
自分が食べてしまうことも、吐いてしまうことも知っているし、それを客観的に考察することもできる。

一つ下層にあるのは高血糖の場合で
嘔吐する自分である
過食する自分のことは認知しているが
その両方の自分を認知することはできないでいる。

もう一つ下の層には低血糖の場合の自分で
過食する自分である
これが一番原始的反射に近い
これがあるから生命の危険が遠くなっている

これは膝蓋腱反射のようなもので
低血糖になればそれに対する反応として
たくさん食べるのはよく分かる。

こうした三重人格状態が
三種の血糖値によって引き起こされていると考える
人格変容のトリガーは血糖値であると考える

ーー
食べてもすぐには血糖値は上昇しない
だから過食する場合には
血糖値が上がる前に大量のカロリー摂取をしてしまう

血糖値が上がり始めると
中間血糖値を通り越して
高血糖になってしまうので
そこからは
吐いてしまおうとする衝動が始まる

吐いたあとでやっと中間血糖になり
精神的にも落ち着いた自分が出現する

過食の自分、嘔吐の自分、理性的な自分は、血糖値に対応していて、
だんだんあとに行くほど上位であって下位を統合支配する立場にある

ーー
ストレス+低血糖+夜間の意識レベルの変容
で過食が始まる

シューティングして高血糖になると
嘔吐モードに切り替わる

そのようにして波を繰り返す
血糖の波でもあり
人格の切り替わりの波でもある

過食の自分、嘔吐の自分、理性的な自分は
それぞれ自分のあとに書いてある自分を思い出せない
自分の前に書いてある自分については思い出せる

ーー
治療は
三つに大きく分かれている人格状態を統合することである
統合の中心は理性的な自分である

CP+ACとA+NPとFCが統合される
統合の軸はA+ACとなる

そのために血糖値の面から考えれば、
血糖値が低すぎて過食が発生し、
血糖値が高すぎて嘔吐が発生する
そのあと中間血糖になって理性的自分が訪れるのであるから
血糖値を上がりすぎず
下がりすぎずの範囲に
収めればいいはずである

ーー
糖尿病の一部は
食事制限をして
運動をして
体重を軽くしたりする

運動、食事制限、カロリーを捨てる、そうすれば体重が軽くなる
という過食・嘔吐のメカニズムとかなり重なる

ならば
血糖値コントロールの技法が使えそうである
また薬剤も使えそうである

血糖値が原因か結果かは
よく分からないところもあるけれど
いずれにしても血糖値をコントロールして悪いことはない

ーー
ゆっくり食べると言うことは
ゆっくり血糖値が上がると言うことで
急激な山にならず、
できるならば山のピークを避けて、連なる低い山にしたい。
ゆっくりと食事をとる

血糖値の急激な変化をなだらかにする薬剤を使ってもいいのかもしれない
症例を限定するならば

薬剤使用の目的は、上がり過ぎも抑え、下がり過ぎも抑えるようにすること。上下で挟みこむサンドイッチである。
理屈の上からは大いに可能であるはず。

ーー
グルコースミニスパイクや
糖質制限食の可能性について以下のページ


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衝動性を多重人格で説明

衝動性は
自分では抑えきれなくて
あとで反省的に考えると
自分でもどうしてあんなにも破壊的になったのか分からない
などと語る

このような状態も軽く多重人格的な解釈を許すようでもある


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この世界を誘惑に満ちたものに保つ方法

この世界を誘惑に満ちたものに保つ方法

満たしきらないこと

一歩手前で我慢することの快楽

満足の後には虚しさがある

虚しさに至らないようにいつまでも満足の一歩手前でとどまること


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自殺

自殺は、ある意味では
社会の通知表という面がある


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「Adobe Creative Suite 4」付属モデル

VPCL11ZHJ

「Adobe Creative Suite 4」付属モデル

Sony Styleでフルスペックを選ぶと
だいたい47万5千円

Adobe Creative Suite 4
めったに使わないけれど

この10年で2回くらいしか使わない

ーー
マックならこれ
36万円

ーー
HP、ドスパラ、エプソン、Dell、と
プラモデルのように部品を組み立てて売っている
どれも同じ

わたしの興味はソフトだ


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岡山 ノートルダム清心女子学院まで

10月19日の空。.jpg

こんな青空で

キンモクセイ.jpg

キンモクセイがたくさん

いい匂い届いてますかあ~.jpg

素晴らしい香り

294円だった。安いよねえ。.jpg

うどんを食べて

帰り道に大きな猫に遭遇した!!どーもこんにちはあ。.jpg

こんなのを見つけつつ

これはトマト銀行。.jpg

有名なトマト銀行で

白い像がマリア様の像だよ。見えるかなあ。見にくいかな??ごめんね。.jpg

マリア様もいて

やっと.jpg

ノートルダム清心女子学院です


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ダブルバインド-2

ダブルバインド(二重拘束)については
またいろいろな考え方があるだろうと思う

ーー
原型としては
言語メッセージと
身体メッセージが逆のことを伝えている場合で

たとえば
母親が表情としぐさで思いっきり「あっちに行け」と伝えつつ
言葉では「こっちにいらっしゃい」と言ったとする

すると子どもは
表情を重く読めば遠ざかるべきだし
言葉を重く読めば近づくべきだ

そしてどちらもできなくなる
途方に暮れる

ーー
あなたは立派ねー
といやみったらしく言えば
言葉だけ受け取る人は少しはいいことを言われたと思うし
態度だけ受け取る人はとてもいやなことを言われたと思うし
普通は両方を考えるから、そんな言葉をそんな態度で言うなんて、
なんだかいやーな感じだなということになる

ーー
派生したタイプのものとしては
たとえばエディプスの予言はどうだろう

お前は将来父親を殺すだろうと予言されたとする
それを実現したくないから父親から遠ざかる
遠ざかった結果、父親とは知らずにその人を殺してしまい
結果として予言は実現してしまう

これも予言から遠ざかろうとしてかえって拘束されていて
かといって予言を無視していればなおさら実現しそうで
なかなか難しい

ーー
また派生として
言語的パラドックスとして
たとえば
わたしは嘘つきだという
自己言及型のパラドックスを考える

それを他人に向けて
パラドックスを仕掛けたらいいのだ

全く魔法のように
相手は身動きできなくなる

ーー
食べる、しかし、吐く
というのも
パラドックスの一種とも解釈できる

食べて負けて
吐いて負ける

食べないで勝つという
唯一の勝利に見える道は実は不可能の道である

それを目指す限りは
食べてしまい
結果として吐いてしまい

必ず負ける
パラドックスというより
唯一可能な道と言うべきだろうか

食べてはいけない
食べないではいられない
吐いてはいけない
吐かないではいられない

禁止があるが
それは必ず破られる

禁止の標識がある方にばかり向かってしまう

禁止の標識がなかったら
気にせずどちらにでも歩いていただろう

しかし禁止があるから
かえってそちらに向かってしまい
禁止をやぶってしまう

これはエディプスの予言に似ている

普通は食べないでいられるし
吐くなんていう苦しいことはしたくない

でも食べてしまうし吐いてしまう

ーー
筋肉を鍛えれば
必ず肉離れを起こすというのも
パラドックスだろう

肉離れを起こさないなら
もっと筋肉を増やせるはずだ

ーー
意志が強いから
危機を感じたときに食べてしまう
そして意志が強いから太ってはいけないと吐いてしまう

ーー
お宅のお母さん小太り?
それならバラドックストは無縁のひと

食べるから太る
という平明な人

ーー
ちょっと連想がゆるくなった





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こういう妹がいたら朝食べるけどな

02DSC05252.jpg

こういう妹がいたら朝食べるけどな
とある人が電車で話していた

まあ、そうだね

こういう妹がいなくても
食べた方がいいね

いや、朝ご飯を食べていたら
こういう恋人が見つかるかも
そう思って食べましょうよ

原因と結果というか
動機と結果を逆転させましょう

ーー
朝食べるというのは
朝食をとるという意味です


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ダブルバインド

女と男がいるとする

男 AかBか、どうして間違うんだ、よく考えろ

女 Aだと思う。だってCだから。

男 違う!どうしてそんなに頭が悪いんだ。Bだろう。

女 よく考えたらBだった。

男 違う!どうしてそんなに自分がないんだ。自分で考えろ。

女 ごめんなさい。いつでもあなたが正しい。

というわけで
自分で考えればAだし
相手に合わせてBだと言えば自分がないと言われるし
どちらを言っても非難されるので
最初から
謝ってしまう
あなたが正しいと認めてしまう

この段階で
女は一つ階梯を上昇している
男の言うAかBかを離れて
「なんでもいつでもあなたが正しい」と言っている

実際、男はダブルバインド(二重拘束)を仕掛けているわけで、
女がABどっちを言っても、自分が勝つ罠を仕掛けている。
それくらい勝ちたい人だということだ。

女としては勝ち負けはどうでもいいので
最初から負けを認めて
あなたが一番と言ってしまうが
今度はそれも気に入らない

女が先に一段はしごを登ったが気に入らないわけだ
今度はお前は一段はしごを登っている、遅れているで騒ぐ

対話になっていないし
対話する気がないなら命令すればいいのだが
そうする気もないらしい

このタイプの男に対しては
女はもっと先に雰囲気を読み取り
男の頭の中を読み取り
男が考えていそうな方を
自分の考えであるかのように言う

女 よくよく自分で考えたけれどAだと思う。理由はDだから。

そうすれば女は正しいし
女は自分で考えたのだし
結果として「偶然」、女は男に従っているのだし
そのようにして批判を回避して生きることができる
男は批判しようがない

結局これが日本的母子関係で日本的男女関係の原型なんですね
女がいやになるのも分かる

先回りして読んでくれる女としか暮らせない男

男は自分の考えを押しつけるなら責任を取るべきだ
そして圧倒的に自信を持ってリードするのがいい
責任は自分が取るから黙って言うとおりにしろという男が好きだという女は実は多い
もちろん結果を求められるが

能力のある男にとってはその方がいい
自分の能力を二倍にできるからだ

能力のある女にとっては
自分より能力のある男になら服従するのがいい
果実が大きいからだ
だから服従も苦にはならない
むしろ学習である

ただ愚かな男に従うのは苦痛である
損をして果実が小さい
子どもも愚かである

男は判断の責任を取らないなら女と対話するのがいい

頭が悪いのに威張ってばかりいる男というのが真実で
女はやっていられない

脳の構造から言うと
女の方が現実適応力は高いから
同年代の男はバカに見えるはずだ

だから女は年上の男を選ぶ
精神年齢が釣り合う

男が自信を持って判断し行動できるのは
日本のように成熟した社会では人生の後半になる

プロ野球でもプレイヤーより監督がクローズアップされたりする
それが成熟社会の毒である

そんなこんなで不倫は文化となる

これを回避するには
男の競争に女は入れないことを原則とする
そして勝った男はすべての女を手に入れる

多分進化を加速するために人類にそのような段階があっただろうと思う
しかし食が足りている現状では
進化を停止してでも
女は自分のパートナーで
幸せのふりをすることが必要になる

女のフラストレーションは限界に達している
優秀な男は希少資源だから

それは進化の原則で、必ず相対評価だからだ
優秀とされるのは何かの物差しで測った数%である
そして優秀な側はいつでも自分たちに有利な物差しを考え続けている
劣位な側が対応策を考えたときにはすでに基準を変えている

そんな物差しはばかばかしいが
それが現実だ

野球で三振を取る能力は
すごいけれど、ばかばかしい
それと同じ
三振を取れなくなったら
ルールを変えて
ストライクゾーンを変えているのである

バナナを腹一杯食べていれば
充分だと
タヒチの女は笑っている


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先読みする苦しみ

人と話をしていると
たとえば半歩先を読んでくれる人と
百歩くらい先を読んでしまう人と
一歩遅れてついてくる人と
いろいろとあって
不思議な感じだと思う

それぞれの人生で与えられたものから学んで
その人なりの距離の感覚とか時間の感覚をセットしているに違いないけれど
そしてそれはその人の家族とか親密な対人関係の中では適応的なのだけれど
新しい出会いに関しては
有効かどうか分からない場合がある

人と人との相性は不思議で
半歩先を読む人が
半歩先を読む人と
ぴったりだから相性がいいとも思えない

かなりずれていて
なかなか相性がいい場合もあり
補い合うという関係もある

百歩先の人と八十歩先の人は
分かるところは分かるけれど
競い合うところもあるもので
難しいことがある

ーー
そんなに先を読んでいると
苦しいだろうにと思うことがある

もうすこし
年を取って
頭が鈍くなれば楽だろうとは見当がつく

しかし
そう言っても今の解決にはならず
苦しいわけだ


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サンバとタンゴ

日本語は音素が少ないから
耳で聞くと
サンバとタンゴも産婆と丹後と区別がつかないが
そんなことを思わないのは
背景を読んでいるからだ

*****
日本語とは言っても
地方によってかなり異なり
方言はそれを正確に表記する手段を持とうとしていないだけだと思う
実際には音はかなり精密にそれぞれの意味を表現しているのであって
充分な精密さを持っている

それを
現在の文字にするから
誤解を招く言葉になってしまう

これが中央集権国家である。
スコットランドとかウェールズ、北アイルランドのように
反逆して独自の文学を作るのもいいと思うが

それにしても英語などは「漢字変換キー」を押さなくてもいいなんて
なんてすてきな言語なんだろう

*****
このブログは背景がよく分からないブログなので
困ることもあると思う

ーー
生徒さんで
お勉強をして
先生が間違っていると主張する人もいるが
正直言って
お勉強とはそんなものではなくて
日本のお勉強は
半分は真実の探求
半分は、先生は答案用紙に何を書いて欲しいのかを読み取る能力なのである

そのように文脈とか背景とか雰囲気・空気を、読み取る能力が
小さい頃から徹底的にたたき込まれる
だから日本語が読めるようになる
そうでなければたぶん日本語は読めない
意味不明でしかない

途切れ途切れの映像から
感動を見いだせという話でそれはなかなか日本人的である

丁寧に説明すれば
頭が悪いのがばれるので
なるべく省略して
無知無趣味をごまかそうとする
ごまかそうとするだけましだという了解がある

しかし
背景が分かれば
サンバという音が何を意味しているか
間違うことはない

一太郎のATOKだって
文脈を読んで推薦するタンゴを決めているのだ

ーー
いまリオデジャネイロは
ワールドサッカーとオリンピックで大騒ぎで
サンバを踊って暮らしている

一方で
ブエノスアイレスではアルゼンチン・タンゴである

サンバとタンゴはラテンの範疇・カテゴリーに入るのだと思うし
踊るという要素でも似ていなくもないのだが
ずいぶんと違う

サンバ、サルサ、マンボ、そしてボサノバなどとつながるらしい。
ボサノバを聴いているとサンバとはあまりつながらないけれど
音楽としてはそうなるらしい。

タンゴはミロンガとつながり、解説によればハバネラとつながるようだ。
カルメンだ。

踊りを見るけれど
わたしは運動神経が悪いので
全然分からず
また
部分だけを見る癖があるので
余計分からない

タンゴは二人で踊るもので、サンバは大人数で踊るものという先入観がある

タンゴよりサンバが露出度が高いことは分かる

でも、隠した方がいいことも分かっていて
日舞なんかはとってもいいのである
中身がおじいちゃんでも分からない

ーー
サンバ術と音できくと
古い人はソクラテスの産婆術
新しい人は松平健のサンバ術なのだそうだ

そんなわけで
世代が違い、文化が違うと
話が通じない
通じないから話をしなくなり
話をしなくても、銀行振り込みとコンビニがあれば生きていけるから
ますます理解できない

むかしそれをたこつぼ型文化と呼んだ

いまはたこつぼのオーナーを募集しているくらいで
タンゴのイメージもずいぶん違う

皆さんそれぞれの領域に閉じこもりがちになっているので
文化が全体的に閉じこもり傾向なのである

それなのに学校に行く行かないだけで
閉じこもりと名付けるのも承認できない

新しい文化を拒絶しているのが
閉じこもりなのである

学校に行かなければならないと考える
頭の中身が
よほど閉じこもりである

サンバに介助してもらって出産でもすれば生まれ変わるだろう


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