クリスマスに聴くひだまりのうた
Hidamari no Uta (Le Couple)
「天下りの許認可」・官僚幹部の人生を左右できるツール
官僚を動かすことが出来ないと、ことが政策に及ぶ権力を行使することはできない。この点で驚かされたのは、選挙前に民主党が強く唱えていた「天下り禁止」を、日本郵政の人事を機にあっさりと撤回したことだ。「省庁の斡旋がなければ天下りでない」という言い分にはさすがにあきれるしかないが、日本郵政には斎藤次郎氏の社長就任に加えて、大蔵省OBで前内閣官房副長官補の坂篤郎氏が選ばれた。民主党、現在なら小沢幹事長が許容する元官僚なら、第二、第三の有力ポストがありうるということだから、官僚に対するアメとしては強力だ。もちろん、他方で、横槍を入れて天下りをストップするムチも確保されているのだから、この「天下りの許認可」は強力なツールだ。この導入に一役買った点で、亀井静香郵政担当大臣の功績は大きい。
日本郵政の人事は国民から見ると明らかな公約違反だが、考えてみると、自民党政権でもこのようなことはあるのだろうから、投票行動で天下りを無くすのは難しいことが分かる。もっとも、民主党としても参議院選挙を来年に控えたこの時期に、支持者の不興を買いかねない荒技を繰り出したのだから、これは重要な権力装置の一つなのだろう。現実に、この人事の前後で鳩山内閣は明白に支持率を下げたが、個々の官僚幹部の人生を左右できるツールを得たのだから、小沢氏の権力掌握にとっては差し引きプラスの投資効果が予想されていておかしくない。
シリコンバレーをはるかに超える、世界一のイノベーション都市を、日本に作る方法
シリコンバレーをはるかに超える、世界一のイノベーション都市を、日本に作る方法
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20080319/1205929244 より概要
東京から直通電車で20~30分くらいのところに、経済特区を作る。
仮にJシリコンバレー特区と呼ぶことにする。
この特区では、英語が公用語。
役所、医療施設、学校、レストラン、スーパー、電車、交通標識など、あらゆるものが英語で運用される。
この特区内の企業に年収500万円以上で採用された外国人には、この特区内だけで働けるワーキングビザが発行される。
当面は、インド、中国、西欧、北米、旧共産圏などの高度知識労働者をこの都市に集めることを目指す。
この特区内では、所得税が一律10%のフラットタックス。
目標として、50年かけて世界中から1000万人の高度知識労働者をこの都市に集めることを狙う。
彼らに、世界的ベンチャー企業をどんどん生みだしてもらう。
アメリカのシリコンバレーは「アメリカ」ではない
そもそも、アメリカの中でも、シリコンバレーというのはかなり特殊な土地だ。
アメリカ人全てがシリコンバレー精神を持ち合わせているわけではない。
シリコンバレー以外のアメリカは、もっと保守的で、日本ほどでないにしろ既得権益層が牛耳っている、風通しの悪い階級社会だ。
シリコンバレーの風通しのよさと、どんな人にも分け隔て無く平等にチャンスが与えられる公平さと、新しい物をどんどん生み出そうという自由と活力に満ちた空気は、アメリカ人気質というより、シリコンバレー気質なのだ。
それに、アメリカのシリコンバレーを形作っているのは、アメリカ人だけではない。
中国人、インド人、ヨーロッパ人など、さまざまな国の人材がシリコンバレーを形作っている。
シリコンバレーはアメリカというより、もっと異質の、イノベーションを生み出すことに特化した特殊な国際都市という側面があるのだ。
だから、既得権益で固められた旧態依然とした社会構造を持つ日本であっても、シリコンバレーと同じようなイノベーション文化を持つ都市を造れてもおかしくはないのではないか。
それどころか、シリコンバレーというのは初期の原始的なプロトタイプ製品のようなもので、アイデアのタネにすぎない。税制も含めてしっかり整備しそこに+α、+β、していけば、まだまだそれよりもはるかに強力でポテンシャルの大きな都市を建設できるのではないか。
目的
目的は、税収確保である。
最終的には、質の高い少人数制教育、安心できる医療、そして、全ての国民の生活を保障するベーシックインカムをまかなえるだけの税収を生み出すことを目標とする。
以下、その可能性を探るため、具体的な施策について考察する。
ベンチャーのボトルネックを解消する一律10%のフラットタックス
たとえば、創業期のベンチャーは、ハイレベルのエンジニアを雇いたいが、それを雇うだけの資本がないことが多い。
これは、ベンチャーが抱える大きな問題の一つだが、この経済特区ではその問題を解決するため、所得税を一律10%にする。
累進性の一切無い、フラットタックスだ。
ベンチャーは、サービス実績がまったくない状態では、外部から資本を調達するにも、倍率がつかない。
倍率がろくにつかない状態で外部から資本を調達してしまうと、会社が自分たちのものではなくなってしまう。
そもそも、実績どころか、プロトタイプすらない状態では、倍率がつかないどころか、多額の金を出資してくれる人間はなかなかいない。
これは、投資家の立場からしてみれば当然だろう。たいていの投資家は、まだどうなるかさっぱり分からない状態のプロジェクトに、大金を出資する気にはまずならない。ある程度、成功のめどがつき、投資が回収できそうな状態にまで至ってから、はじめて投資する気になるというものだ。
だから、最初に出来る限り自己資本と最小限の外部資金だけでサービスを立ち上げ、ある程度の実績を作って会社の価値を高めてから、その潜在価値に応じた倍率をかけて、外部から資金を必要額調達するようにするのがよくあるパターンだ。
このため、立ち上げ期のベンチャーは、資本が少ない。
したがって、エンジニアに高い報酬を払うだけの資金的な余裕がない。
だから最初のうちは、できるかぎり給料を抑えたいのだ。
もちろんストックオプションは発行するが、ストックオプションを発行する代わりに少ない給与で我慢してくれ、と言っても限度がある。
そもそも、それまでアメリカのシリコンバレーで年収2000万円で働いており、その収入を前提とした生活水準で暮らしていたハイレベルのエンジニアに、「ストックオプションをあげるから、年収1500万円で働いてくれ」と言っても、とくに家族持ちの場合など、生活のグレードダウンを受け入れなければならず、家族の了承を得られないことも多い。
そこでフラットタックスにより、ベンチャーは年収の高いハイレベルなエンジニアを割安に雇うことができる。
ハイレベルエンジニアにしてみれば、年収がかなり減っても、フラットタックスで税金が安いので、手取りは同じだから、生活水準を落とさずに、ベンチャーに参加できるのだ。
これで、創業期のベンチャーは、人材獲得がやりやすくなる。
世界中から高度知識労働者を惹きつける税制
そもそもこの経済特区のコンセプトは、世界中から高度知識労働者を集めて産業集積を作り出すことだから、フラットタックスとはとても相性がいい。
高度知識労働者には高額所得者が多いから、フラットタックスとは、実質的に高度知識労働者の税金に狙いを絞って減額する制度となるのだ。
ちなみに、フラットタックスは、1994年に東欧のリトアニアなどで導入されて以来、東欧を中心に急速に広がり始め、現在、世界の15以上の国・地域で採用されている税方式。ロシアも香港も採用している。
もちろん、フラットタックスには非難の声もある。
たとえば、ドイツやフランスの政府は、「フラットタックスは税のダンピングだ」と非難している。
なぜ、ドイツやフランスが非難するかというと、外国がフラットタックスを導入すると、彼らが被害を被るからだ。
どんな被害かというと、人材流出や企業流出という被害だ。
要するに、フラットタックスとは、税をダンピングすることにより、他の国の高度人材や企業(=雇用)を奪う税制だと言いたいのだろう。
したがって、日本がこの税制を採用した経済特区を作ると、諸外国の高度人材を奪い、反発を買うリスクがある。
しかし、もしこの税方式で国の財政の採算が取れるなら、それはダンピングではなく、市場原理に基づく適正価格というものではないだろうか。
そもそも、税金もグローバル競争の時代に入っている。
ある国に居住して税金を払うということは、その国の社会システムを利用し、その利用料をその国へ払っているようなものだとも考えられる。
つまり、世界規模で社会システム利用サービスの価格競争が起き、市場原理が働き始めているのだ。
支払う税金と、その国の社会システムの利用価値を秤にかけ、いちばん割の良い国家を選択するグローバルな企業やグローバル労働者がどんどん増えているということだろう。
要するに、時代の流れだということだ。もしかしたら、むしろ日本よりも先に、中国やインドやベトナムやタイなどの国で、経済特区を作るなどしてフラットタックスの導入が始まるかも知れない。
先行者メリットや集積効果を考えると、先にやったもん勝ちのゲームである可能性も高いのだ。
フラットタックスにすると、あまり税収が得られないのではないか?
ここで、「フラットタックスなどを導入したら、高額所得者からの税収が少なくなるじゃないか」という疑問もあるかもしれない。
しかし、たとえフラットタックスだったとしても、年収3000万円の労働者は、年収300万円の労働者の10倍の税金を払ってくれる。累進課税でなくても、高額所得者が高額納税者であることには変わりはない。
そして、年収3000万円の労働者が年収300万円の労働者の10倍公衆トイレを使うわけでも、10倍警察の手間がかかるわけでも、10倍道路を利用するわけでも、10倍公園のベンチを占拠するわけでもない。
たとえフラットタックスだったとしても、高額所得者に居住してもらえれば、国家としては、はるかに儲かるのだ。
だから、フラットタックスにしても、それによって、多数の高額所得者を世界中から集められるなら、十分以上にペイするのだ。
また、もう一つの点は、低所得者であるか高所得者であるかに関係なく、常に一定の割合でモラルのない人間がいるものだが、フラットタックスにすると、モラルのない高額所得者が手間暇かけて、節税努力や脱税努力するのが割に合わなくなるため、納税率が上がるという効果があるという点。複雑な仕掛けを使った節税や、ばれないように巧妙に脱税するにも大きなコストがかかるため、累進税率がなくなると、節税努力によって得られるものが少なくなり、そんな不毛な努力をしているくらいなら、本業のビジネスにせいを出した方が得になるということだろう。
見方を変えれば、本業に精を出すより、複雑で巧妙な仕組みをつくってまで節税や脱税をした方が儲かる、というのは、累進税制下で高額所得を得るという特殊な状況でのみ発生する状態だ。それ以外の場合は、そんな不毛な努力をするより普通に働いた方がよっぽど収入が増える。
フラットタックスを採用する国が急速に増えているのは、この効果によるところも大きいと見る向きもあるようだ。
そもそも、フラットタックスにすると言っても、この経済特区の中だけである。日本の他の地域の税体系は今のままだ。
もちろん、日本の他の地域に住む人間に、この経済特区を利用して租税回避などをやられたら、税収増どころか、税収減になりかねないので、租税回避をやらせないためのさまざまな仕掛けを施しておく。
たとえば、このフラットタックスを適用できるのは、この経済特区に居住し、かつ、この経済特区の職場で働いている人間のみに限定したり、適用対象も、限定された産業分野で、新しい産業を創出するようなビジネスに限定するなどする。
はてな界隈では金持ちというと子飼弾氏のイメージに引きずられているところがあるが、現実には、彼は金持ちの典型でも何でもない。日本の高額所得者の大部分は、IT産業従事者などではないし、ブログを書くような人種でもない。日本の金持ちの多くは開業医と旧産業の経営者だ。たとえば、繁盛している旅館やレストランや優良中小企業の経営者をイメージした方が近いだろう。
そして、そういう旧産業の経営者たちは、自分の会社を営む土地に縛られており、彼らに、この経済特区を利用して租税回避をさせないような規制の仕掛けを作り出すのはさほど困難ではないだろう。たとえば、ビジネスの実態がこの特区にあるわけではないのに、社長の本社宅だけここに移転して、偽装IT子会社を作るなどして租税回避しようとした場合など、徹底的に厳しく取り締まり、通常よりも厳しい重加算税を課すなどする。
Jシリコンバレー特区の高所得者は、日本経済の超優良顧客となる
そもそも、日本の低付加価値産業は、地場産業にしろ、農業にしろ、中国からの大量の低付加価値商品や低付加価値農産物に押されて、壊滅状態になっている。
日本に残っているのは、高付加価値製品を作っている地場産業、高付加価値の農産物を育てている農家、高付加価値の家電製品を作っているメーカーなどだ。
最近では日本の農家は、日本の高級な農産物を、アジア各国の富裕層に向けて輸出し始めているようだ。
また、日本の高級かわらメーカーなどの高品質製品を作っている地場産業は、ロシアへの輸出をはじめたりしている。
結局のところ、日本の産業のうち、グローバル競争にさらされて生き残れたのは、高付加価値産業のみだったということだ。
だから、日本の産業を育てるには、外需にしろ内需にしろ、日本の高付加価値産業の生み出す商品を消費してくれる顧客をいかにして開拓するか、というゲームになる。
低付加価値商品ばかりを消費する低賃金労働者が増えても、彼らが利用するのは、メイドインチャイナの、100円ショップで売られているような安物雑貨や中国製の格安家電でしかなく、中国やベトナムなどの発展途上国からの輸入が増えるだけで、結局のところ、日本経済の活性化にはあまりつながらない。
これが、ベーシックインカムを実現するのに、わざわざJシリコンバレー特区のような仕組みを作らなければならない理由だ。
もし、単純に日本の高額所得者に重税をかけて財源を作り出し、それをベーシックインカムとして低所得者層に分配するというような、ネズミ小僧方式を採ると、低所得者層の収入が増え、高所得者層の収入が減る。「そうすれば、低所得者の消費が増え、日本経済が活性化する」という話があるが、話はそう簡単にはいかないと思われる。
なぜなら、低所得者層が主に購入するのは、中国製の安い家電や、100円ショップで売っている中国製の安い雑貨であって、日本製の1本1万円の高級タオルや、一パック700円の高級イチゴなど、たいして消費してくれないからだ。したがって、この方式でベーシックインカムを実現した場合、単に中国やベトナムからの低付加価値商品の輸入が増えるだけだろう。
しかも、高所得者に重税をかけたため、日本製の高付加価値商品を買ってくれる顧客の収入を激減させるので、100g数千円もする松阪牛や、一個300円する高級デコポンや50インチの大型プラズマテレビは日本ではどんどん売れなくなる。このため、日本の高付加価値産業はかなり深刻な打撃を被むり、むしろ日本経済はかなり冷え込むのではないか。
そうすると、そもそも税収が減ってしまい、ベーシックインカムを維持し続けるための財源確保が危うくなる。
つまり、ネズミ小僧方式のベーシックインカム構想は、持続可能性が怪しいのである。
だから、日本の高額所得者に重税をかけて、高額所得者を減らすのは、日本経済にとって得策ではなく、むしろ逆に、日本の高額所得者の数を可能な限り増やすような政策を行うことによって、日本の農家や地場産業や製造業を潤わせる戦略の方が、はるかに、日本人全体の懐を豊かにし、税収を増やし、持続可能なベーシックインカムを実現できるのではないだろうか。
そして、そのための施策が、このJシリコンバレー構想なのだ。
このJシリコンバレー特区ではたらく高度知識労働者は、ほとんどが高額所得者だから、まさに、メイドインジャパンの高付加価値商品の最高の顧客である。
極論を言えば、Jシリコンバレーの高度知識労働者が、まったく税金を払わなかったとしても、彼らが稼いだお金は、日本の高付加価値農産物や高付加価値の高級タオルや、高級家電を購入するという形で、日本経済に流れ込み、結果として日本人の懐を潤し、日本政府の税収アップになるのである。
フラットタックスのせいで、吸い上げる税金が少々少なかったとしても、ぜんぜんペイするのだ。
世界トップレベルの大学、教授、学生を集積する
この経済特区にふさわしい人材育成をするためのJシリコンバレー大学を設立する。
この大学には、世界中の優秀な教授や大学講師を、ヘッドハントしてきて集める。
ヘッドハントに当たっても、フラットタックスが威力を発揮する。
優秀な大学教授や大学講師には、高額所得者が多いからだ。
同じ年収なら、欧米の大学で働くより、日本のJシリコンバレー特区の大学で働く方が、はるかに手取りが多くなる。
そして、英語圏の一流大学の分校を、この特区に誘致する。
ハーバード、MIT、スタンフォード、ケンブリッジなど。
日本の有力大学にも、分校を作ってもらう。
東大、京大、早稲田、慶応など。
もちろん、授業は英語のみ。
また、多額の奨学金を使って、世界中の国々の才能ある学生をこの大学に集める。
専門の学生獲得組織を設置して、世界中の高校や大学を訪問し、優秀な学生にJシリコンバレーに来てもらうように交渉する。
とくにアジアの貧しい国々では、勉学の意思と才能がありながら、お金がないために進学できない学生がたくさんいる。
そういう人間に、どんどん奨学金を貸し付ける。
当然、大学では通常の講義や研究室の他に、ベンチャー論をはじめとして、起業家になるために必要な知識やノウハウも教える。
そして、在学中、もしくは、卒業後に起業することを奨励する。
創業期のベンチャーに参加することも奨励する。
また、大学外の起業家やエンジニアなども自由に参加できるセミナーなども、頻繁に開催し、産学の交流が進むようにする。
当然、通常の日本人のエンジニアや起業家も自由に参加できる。もちろん、言語は英語のみだが。
起業家やエンジニアの交流スペース
この特区には、たくさんのカフェを誘致し、世界中のトップエンジニア、起業家、科学者、学生のオープンな交流スペースをたくさん作る。
それらのカフェで気軽に意見交換し、ブレストし、アイデアが生まれ、意気投合したら、その勢いで起業してしまうというのもありだ。
カフェは、国際色豊かな、多様なものを用意する。フランス風カフェ。中国風カフェ。昔の日本のお茶屋のようなカフェ。インド風カフェ。ベトナム風カフェ。アメリカ風カフェ。バリ風カフェ。などなど。
徹底的な無国籍感を、この特区のアイデンティティにする。世界のどの場所なのかよく分からない、世界の縮図のような不思議な空間を演出する。
また、世界的なカンファレンスやイベントを行うための設備も十分に用意する。
英語
このプロジェクトのキモは、日本人が、日本語と日本文化を完全に捨ててかかることである。
日本人が日本語や日本文化に固執する限り、シリコンバレーのような世界的なサービスを開発できる都市を建設するのは無理だ。
たしかに、まず、英語を母国語とする人口は日本語よりも遙かに多く、英語を母国語とする国も多い。
さらに、セカンドランゲージとして話す言語人口も含めれば、英語人口ははるかに巨大になる。
しかも、中国語、アラビア語、スペイン語などの言語に比べると、英語を読み書きできる人口の平均的知的水準は極めて高い。
とくに、セカンドランゲージとして英語を話す人々は高等教育を受けている人間が多く、知的水準がたかい。
したがって、英語圏マーケットこそが、世界でもっとも良質のマーケットなのだ。
だから、この経済特区が生み出すサービスは、はじめから英語圏をターゲットに開発される。
英語圏のユーザのために開発し、英語圏のユーザに使われながら、育てていく。
そうすることで初めて、世界的なサービスを最短距離で開発できるのだ。
ベンチャー運営に最適な労働法規
創業期のベンチャーは、資本が少なく、ビジネスモデルが不安定だ。
予想外に競合製品が先にマーケットに出て、戦略を変更せざるを得ず、人材の入れ替えをしなければならなくなることもよくある。
そういうとき気軽に労働者を解雇できないと、ベンチャーの経営はすぐに行き詰まってしまう。
また、ほんの数年の間一生分働き、一生分の報酬を手にして、早期引退する、という働き方もベンチャー特有の物だ。
休日も平日も関係なく、残業とかそんな細かいことは考えず、創業メンバー全員で、がんがん前に突進するのがベンチャーだ。
一生分の労働を数年に圧縮するのだから、かなりむちゃくちゃで非常識な働き方になる。
このため、通常の会社のような細かな勤怠管理や残業代の申請というのは、ベンチャーと相性が悪い。
そもそも、創業期のベンチャーで働く人材は、会社に雇われた労働者というより、一緒にビジネスを作り上げていく共同経営者の側面が強い。
通常の産業における労働法規を四角四面に適用したのでは、まずうまくいかないのだ。
このため、会社が気軽に人を雇い、気軽に人を解雇できるような法制度にする。
当然、法律上は、残業代を出さなくてよいし、休日手当を出す必要もないようにしておく。
もちろん、これでは労働者保護に問題が出る。
しかし、そもそも通常の労働者の権利が欲しい人間は、この経済特区で働くべきではないのである。
ここは、イノベーションシティであり、通常の労働者の街ではないのだ。
ワーキングビザや居住権の取得しやすさ
この経済特区に限っては、アメリカよりも、はるかに入国しやすく、ワーキングビザを得られやすくしておく。
アメリカの場合、テロに狙われやすいので、入国管理にはかなり慎重にならざるを得ない。
9.11以降、世界中の人材がアメリカに入りにくくなってしまっているのだ。
しかし、日本はアメリカほどにはテロには狙われてないので、入国審査をそこまで厳重にする必要がない。
これは、アメリカのシリコンバレーに対する差別化要因の一つになる。
もちろん、日本の入国管理は厳しい。
だが、この経済特区に限って言えば、必ずしも入国審査を厳しくする必要はない。
だから、どんどん人材を獲得するため、この経済特区に限っては、年収や学歴などから、高度頭脳労働者であることさえ確認できれば、どんどん入国を認めるようにする。
世界最高水準の食生活を享受できる国際都市
アメリカのシリコンバレーの弱点の一つが、その食生活の貧しさではないかと思う。
たしかに、シリコンバレーは多様な人種はいるし、多様な食文化が混在しているものの、基本はあくまでアメリカ式の食生活だ。
そして、世界の他の国々に比べ、シリコンバレーも、そのお隣のサンフランシスコも、普段の食生活のレベルがそれほど高いとは言えない。
そして、味の面でも、健康面でも、バリエーションでも、日本、とくに東京の食生活のレベルは、世界的に見て極めて高い。
とくに、普段の普通の食生活のレベルが高いのだ。
最近は、健康指向の高まりもあって、日本の食文化は世界中にどんどん広まっている。
だから、東京の食生活をベースに、世界中の多様な人種のニーズに答えられるような食環境をこの特区に作れば、シリコンバレーよりもはるかに質が高く、満足度の高い食生活を提供できるのではないかと思う。
もちろん、とくにインドなどは宗教的な理由により、牛や豚が食べられない人もよくいるので、それに合わせてベジタリアンフードを提供する外食産業等も計画的に誘致するようにする。
また、ミシュランも認めた、世界最高レベルの美食都市東京の外食産業の支店を、どんどん経済特区に誘致する。
もともと東京の外食産業は、世界中の多様な食べ物を提供できるが、それをさらにこの経済特区の人種構成に合わせてカスタマイズする。
なにより、電車で20~30分もすれば、いまやパリと肩を並べるほどの世界に誇る美食都市東京へ出られる。
当然、スーパーで並ぶ食料も、レストランで供給される食事も、すべて安心して食べられる、日本水準の物が提供される。
中国やインドなどに同じような特区を作っても、なかなか同じようにはいかない。
そして、中国やインドなどの新興国だけでなく、欧米の豊かな先進国の高度人材が快適に暮らせるには、インドや中国の食生活のレベルではまだまだ厳しいのだ。
このため、日本品質の高品質な食生活インフラは、他の新興国が作るシリコンバレー的な経済特区に対する差別化要因となる。
高度知識労働者の子供たちに適した教育サービスの提供
現在、西葛西にインド人のITエンジニアコミュニティがあり、1000人ぐらいのインド人が住んでいるそうだが、彼らは日本の教育に非常に不満を持っているようだ。
彼らのようなITエンジニアは知的水準が高く、その子供たちにもハイレベルの教育をしたいと考えているので、日本の学校教育では、レベルが低すぎるのだ。
ましてや、世界中の高度人材のあつまるJシリコンバレー特区では、さらに拍車をかけて、ハイレベルの英才教育が求められる。
このニーズに応えるため、幼稚園から大学まで、基本的に、高度知識労働者のニーズに応えた、質の高い教育サービスを提供する。
もちろん、全ての教育は英語で行われる。
英語圏のレベルの高い教師をたくさんヘッドハントしてくる。
1人の教師につき10名程度の少人数制にする。
これにより、家族持ちの高度知識労働者も、安心して移住できる。
言論の自由
中国にシリコンバレー型経済特区を作っても、まずうまくいかないと思われる。
なぜなら、言論の自由がないからだ。
本当に独創的なアイデアは、言論の自由が保証されてこそ、生まれてくる。
このため、潜在的なライバルのリストからは、中国は外されると思われる。
また、ロシアなども言論の自由が十分に保証されているとは言い難い。
このため、言論の自由が十分に保証されているという点も、やはり差別化要因になると思われる。
豊かな先進国の知識労働者が満足できる都市インフラ
インドや中国に作られるシリコンバレー的経済特区の問題は、先進国の労働者を満足させるだけの質の高い生活インフラを提供しにくいということだ。
職人や労働者の質も低く、階段でも道路でも電車でも、作りも運用もまだまだ雑なのだ。
このため、欧米の豊かな先進国の高度知識労働者でも十分以上に満足できる日本の道路、水道、電車などを提供できるのは、この経済特区の差別化要因となる。
当然、この特区の道路、電車、水道などのインフラの品質は、日本人の生活水準に合わせて、日本の建築会社が建設する。
世界一、時間に正確で、安全で、清潔で、明るく、快適で、利用しやすい日本の高度な電車網が高密度に張り巡らされた都市にする。
この都市は、基本的にどこでも電車と歩きで移動できる。
現在、景気対策のための無駄な公共事業が大幅に削減されたため、日本の建築業はかなり疲弊している。
このため、この特区のために、大量の建築需要が発生すると、たくさんの建築業者に職を提供し、失業者&ワーキング対策にもなるだろう。
安全
この特区は、アメリカに比べると、はるかに治安がよい。
アメリカと違って銃は厳重に規制されているし、犯罪の巣窟のような危険なエリアも絶対に発生させないようにする。
また、充実した警察力と、監視カメラネットワークにより、犯罪を犯しにくくなっている。
隣接した東京も、世界一治安のよい国際都市である。
なにより、アメリカのようにテロの不安におびえながら生活しなければならないということもない。
この高い安全性も、アメリカのシリコンバレーに対する差別化要因となる。
娯楽&文化施設
英語のコンテンツのみを扱う映画館や、英語を話す人向けのスポーツバーやクラブハウスなど、この特区特有の娯楽施設や文化施設を充実させる。
大量の洋書が充実した本屋やCD、DVDショップも備える。
また、いつでも20分で、世界でもっとも安全で快適で充実した世界都市の一つである東京へ出られる。
週末などは、東京で過ごすことも出来る。
質の高い生活支援サービス
この特区に居住する労働者は、世界一質の高い日本の生活支援サービスを提供される。
どこにでもある清潔で便利なコンビニ。快適に使える宅急便。
家電が壊れたら、メーカーに連絡すれば、すぐに修理してくれたり、充実したサポートが受けられる。
風呂、トイレ、上下水道のトラブルも、世界一すばらしい対応をしてくれる。
この、日本人ならだれもが当たり前に、快適に享受している世界一質の高い生活支援サービスは、日本以外ではなかなか得難いモノだ。
特に、中国やインドなどの新興国が経済特区を作っても、日本と同じレベルの生活支援サービスを提供しようとしても、まず無理だろう。平均的な労働者の質が段違いだからだ。
平均的な労働者の質の高さという点において、日本は圧倒的な世界一なのだ。
これも、強力な差別化要因になるだろう。
気候
気候に関しては、アメリカのシリコンバレーにはかなわない。あちらの方が、はるかに気候がよい。
ただし、インドや中国の経済特区よりは、日本の方が気候がよいだろう。
地震
当然、この地震リスクが最大の問題だ。
しかし、これを言い出したら、結局なにもできはしない。
建築物の耐震性を十分に確保しておく、避難経路や避難場所を計画的に都市計画に入れておくなどの対策を盛り込んでおくようにはしておく。
まとめ
このJシリコンバレー構想のキモは、以下のようなものだ。
●日本に英語を公用語とした国際都市を作る
●高度知識労働者にとって世界で一番割の良い税制
●日本の高付加価値製品の優良顧客
●世界一質の高い日本の生活インフラ
●魅力的な世界都市東京が電車で20分
この中でも、「英語」と「税制」と「東京」が極めて強烈な鍵となっている。
とくに、日本人が日本の言語と文化を完全に捨ててかかる、という潔さが、このプロジェクトの命だ。
このJシリコンバレーこそ、われわれの子供たちに残してあげられる、最高の贈り物にならないだろうか。
もう日本という物語は終わった
さっさと次へ行こう。もう日本という物語は終わったのです。
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20061227/1167212479 より賃金の安い中国人やインド人との競争のせいで、日本人の賃金が下がってるなんて、ウソなんだ。
そもそも、国際競争によって賃金が下がるなんて、あり得ないんだ。
どんなに中国人やインド人が安い賃金で激しく働こうが、そんなことには関係なく、日本人の労働の価値自体は、変わらない。
サンマを一箱分、築地から目黒まで運ぶ労働の価値は、30年前と今でなんの変わりもない。100年前も変わらないし、100年後にも変わらない。貿易をしても、競争をしても、イノベーションが起きても、変わらない。
イノベーションによって日本人の労働の価値は常に上昇しているし、国際貿易をして、お互いが豊かになることはあっても、競争のせいで生活が貧しくなるなんてことはあり得ないんだ。
だから、同じ労働に対して支払われる賃金も変わることはない。
グローバリズムそれ自体のせいで、賃金が下がったり労働条件が悪化していくなんて、あり得ないんだ。
支払われる金額や待遇が変わったとすれば、それは単に、物価の変動に過ぎないんだ。
そう、変わったのは、実は、労働者の賃金でも労働条件でもなく、モノの価値の方なんだ。
値札に書かれた数字が変わらないまま、みんなの気がつかないところで、物価だけが凄い速度で上昇していったんだ。
価格は変わらないまま、価値だけが急激に上昇していったんだ。
その結果、見かけ上、労働者の賃金が下がり、サービス残業が増え、労働条件が悪化しているように見えるだけなんだ。
貨幣制度が目くらましになって、それが見えなくなっているだけなんだ。
金額や価格などという、見かけに惑わされちゃいけない。
なんで、モノの価値が上昇したかというと、モノの量が減ったからだ。
なんでモノの量が減ったかというと、人間の数が増えたからだ。
もっと正確に言うと、人間らしい暮らしをする人間の数が、爆発的に増えたからだ。
中国や、インドや、ベトナムや、ロシアや、ブラジルで、人間らしい暮らしをする人間の数が、今、この瞬間も、とてつもない勢いで増え続けているからだ。
いままでにない巨大な人口が、ガソリンを消費し、鉄を消費し、魚を食べているからだ。
人間らしい暮らしをするのに必要なモノの供給量はそれほど変わらないのに、人間らしい暮らしをする人間の数だけ爆発的に増えたものだから、人間らしい暮らしをする人間一人あたりに割り当てられるモノの量が劇的に減少したのだ。
だから、同じ価値の労働を提供しても、それと交換できるモノの量は、当然減る。
おやつの量は変わらないのに、兄弟の数が二倍に増えれば、一人が食べられるおやつの量は半分になる。
単純な算数だ。
そういう状況で、いままでと同じだけのモノを手に入れ続けようとすれば、当然のことながら、今までよりも、多くの価値を生み出す労働をしなければならない。
そして、より多くの価値を提供するためにとれる手段は、職種によって大きく異なる。
デザイナーなら、いままでよりも洗練されたデザインを生み出せるスキルとセンスを身につける。
プログラマーならより生産性の高い言語やライブラリや開発手法の使い方を覚える。
営業なら、より深く顧客のニーズをくみ上げ、よりきめの細かい営業提案をする。
しかし、単純労働者(unskilled worker)の場合、今までよりも多くの価値を生み出す労働をするには、ひたすら長時間、激しく働くしかない。そうしないと、どんどん生活水準は落ちていく。
子供の教育にもお金をかけられないから、単純労働者が拡大再生産される。
ある程度年を取ってから、単純労働者に転落したら、現在の生活水準を維持しようとする限り、自力ではそこから脱出できなくなる。
企業内のいじめも、パワハラも、サービス残業も、モノの価値の上昇に端を発する。
企業は、今までと同じだけのモノを手に入れるために、いままでよりもはるかに多くの価値を支払わなければならない。
今までと同じだけのモノを手に入れられる賃金を労働者に支払う見返りには、今までと同じ額面の賃金で、いままよりもずっと価値のある労働をしてもらわないと、割に合わない。
20年前と同じ給料を受け取り、20年前と同じ生活水準を保てている労働者は、実質的には、20年前よりもはるかに価値のある労働を提供しているか、もしくは、同じ価値の労働しか提供していないのに、はるかに多くの賃金を不正に受け取っているかの、どちらかだ。
だから、今、大企業の正社員であるという理由だけで、年収500万円受け取って、年収500万円の暮らしをしている労働者の暮らしは、もしかしたら、砂上の楼閣かもしれないのだ。20年前に、年収500万円を受け取っていた労働者と同じだけの価値のある労働をしているとすれば、本当は300万円の報酬しか受け取る資格はないかもしれないのだ。
それは、労働の価値が下がったためではない。モノの価値が上がったためなのだ。
同じ労働と交換できるモノが、かつては500万円分あったのに対し、いまでは300万円分になったと言うことなのだ。
だから、今、年収500万円の人が、年収500万円の暮らしをするのは危険だ。
そんな暮らしが長続きする保証は、どこにもないからだ。
年収300万円の暮らしをし、余った200万円は、貯金すべきかもしれないのだ。
その200万円は、本来の意味で、労働の対価ではないかもしれず、一時的なあぶく銭かもしれないのだ。
そんなあぶく銭が今後も手に入り続けることを前提に生活設計するのは、たまたま宝くじに当たったからと言って、来年も宝くじに当たることを前提に、生活設計するようなものかもしれないのだ。
もう、日本という物語は、終わったのだ。
いま、トヨタは、恐るべきスピードで、次々と、世界中に工場を建設している。
そして、日本の熟練工を世界中に派遣して、現地の人々に、技術を伝承している。
さらに、最近では、もはや、外国人の熟練工が、外国人の熟練工を育て始めている。
ゆくゆくは、だんだん日本人でなくてはならない必要性が薄れていくだろう。
いまや、トヨタは、急速に日本への依存度を弱めてきているのだ。
そして、これは、トヨタに限ったことではない。
もはや、日本の経済力を支えている企業は、植物ではない。
日本という土地から動くことのできない木や草ではない。
もはや、どこの国へでも行ける、動物になりつつあるのだ。
こういう中で、企業に増税を課せば、次に建てる工場を、どこの国にするか、という経営会議で、どんな意志決定が下されるかは、だいたい想像がつくだろう。
企業に増税したくても、増税できない状況に政府が追い込まれている、というのは、そういうことなのだ。
もちろん、今すぐに、という話ではない。
日本が今まで営々と築き上げてきた産業集積があるからだ。
しかし、その残照が続くのは、もはや、そう長いことではない。
世界中に張り巡らされていくインターネット回線は、発展途上国に、英語圏の産業集積へのアクセスを、ますます容易にしている。
それによって、英語圏の産業集積は、ますます価値を増大させ、日本という言語の壁のなかに閉じこめられた日本の産業集積の力は、相対的に衰退していく。
そして、ますますパワーアップしていく英語圏の産業集積に、より自由にアクセスできるようになった発展途上国の人々と、相対的にますますショボくなっていく日本の産業集積に依存する日本人との落差は縮まっていき、日本人だけ特別のゲタをはかせては、もらえなくなっていく。
確かに、いまの労働環境は、酷い。福祉政策もひどい。改善しなければならないところは山ほどある。
一刻も早く、窮地にいる人々を救うべく、具体的な効果のある政策を打ち出さねばならない。
しかし、一方で、こういう風に、世界が音を立てて変化していくとき、いくら声高に、企業を非難し、
最低賃金を引き上げる法律を作り、同じ賃金のまま労働時間を短くするよう規制を作り、
コストのかかる正社員の数を増やすように要求し、
生活保護手当の支給基準をゆるめ、また、支給金額を増やせと、政府に訴えたところで、
歴史の歯車が逆回転し出すのだろうか?
そんなふうに企業に規制をかければ、日本の経済力を支えている企業は、
新規採用も、新規工場も、新規出店も、極力、日本ではなく、
外国で行うようにするだけだ。
要するに、日本から、どんどん雇用が失われていくだけだ。
企業からの税収も減り、ますます福祉予算が枯渇して、生活保護手当基準が厳しく
なっていくだけだ。
もう、映画は終わったのだ。いつまでも、未練たらしくエンドロールを眺め続けてもしょうがない。
いまはまだ十分すぎるほど暖かいけれども、映画館の暖房は切られ、館内の隅の方ではすでに冷気が忍び寄ってきている。
外には、木枯らしが吹き荒れているが、まだ日は明るい。
完全に日が沈み、凍てつく夜が訪れる前に、今夜の暖をとれるねぐらを見つけにいかなきゃならない。
ぶっちゃけ、いまの生活水準は、幻影なのだ。
一人あたりのモノの割り当てが半分になったら、生活の全てを、半分にしなきゃならないのだ。
もちろん、全てのモノが半分になったわけじゃない。
人間らしい暮らしをする人間の数の増加以上に、急激に供給量が増大しているものもある。
また、人間自身の労働によって生み出されるモノやサービスは、人間の増大に比例して増えていくから、問題はない。
しかし、石油にしろ、レアメタルにしろ、魚にしろ、供給量がさほど増えてないモノは、あまりにも多いのだ。
もっと正確に言うと、
(1)供給が制約されてしまうもの
(2)供給を制約することができるもの
の一人当たりの割り当てが減っているのだ。
このうち、(1)は、石油とかレアメタルみたいなヤツだ。
そして、(2)の「供給を制約することができるもの」とは、ネットワーク外部性や特許やブランドによって、「独占」することのできるものだ。
つまり、ウィンドウズとかワードとかエクセルとかインテルCPUとかイーベイとか、タミフルとか、プロザックとか、ゲノム創薬とかルイヴィトンとかナイキとかだ。
この2つのものの、相対的な価値がどんどん上昇しているので、労働の相対的な価値が、どんどん低下しているのだ。
労働の絶対的な価値は、少しも変わってないのに。
結局、国際貿易は、ババ抜きゲームなのだ。
確かに、貿易することによって、豊かになることはあっても、貧しくなることなんて、原理的にあり得ない。
しかし、いままでずっと貿易によって安価に手に入れることができていたものが、供給が制約されることによって、
安価に手に入れられなくなると、貿易によって豊かになっていた生活は、急速に貧しくなっていく。
そのとき、貧しくならずに、逆に豊かになっていくのは、供給が制約されているモノを手にしている人々だ。
すなわち、石油や、レアメタルや、ウィンドウズや、インテルCPUや、タミフルを牛耳っている人々だ。
何も牛耳れなかった人たちは、ババを引いたのだ。
しかし、だからといって、マイクロソフトやナイキだのの独占企業に就職すれば、
経済的に豊かな人生が保証されるなんてことは無い。
供給が制約される/できるものを牛耳っているのは、その会社の所有者であって、
その会社の社員ではないからだ。
むしろ、ナイキの海外工場では、幼い子供たちが、不衛生な工場の中に閉じこめられ、奴隷のようにでたらめな低賃金で、体をこわすほどの長時間働かされている。
供給が制約されているモノをなにも牛耳っていない普通の人々は、ババを引いてしまったのだ。
僕たちは、そろそろ、自分がババを引いてしまったという現実に、気がつかなきゃならないのだ。
だから、今は、多くのモノを、諦めるべき時なのだ。
もっと生活規模を縮小すべきなのだ。
もっと安い家賃の部屋に引っ越そう。できれば、ショップ99の近所に。
新刊なんか買わずに、ブックオフで十分だ。図書館で十分だ。ネットの無料コンテンツで十分だ。
高価な服やバッグやアクセサリーをほしがる女の子とはさっさと手を切ろう。
海外の安宿を泊まり歩くバックパッキングでも、一食30円の屋台のタコスでも、現地の人たちに混じって、陽気に楽しめる気だてのよい女の子とつきあおう。おしゃれな服なんていらない。穴の開いたジーンズをはいて、薄汚れたリュックサックを背負って、化粧もせずに、ブラブラすればいいじゃないか。
伴侶とも、子供たちとも、貧乏暮らしを楽しもう。
高いレストランで食事をするのもやめだ。
おいしいものを食べたければ、自分たちで、おいしい料理を工夫しよう。
ちょっとした工夫で、驚くほど簡単に、安くておいしいものなんて作れちゃうものなのだ。
子供にも、無理にお金をかける必要はない。
高い塾に行かせたり、家庭教師をつけるより、自分で教えよう。子供と一緒に勉強しよう。
サービス残業までして、無理して会社に貢献しても、いつまでも正社員でいられる保証なんてない。
正社員という既得権益の賞味期限は、もう切れかけていることに、気がつかなきゃならない。
ましてや、このまま順調に昇進し続けると思いこむなんて、いつか白馬にまたがった王子様と結ばれることを夢見る少女のようなメンタリティだ。
もう映画は終わって、エンドロールが流れているんだよ。
それよりも、まだぬくもりの残っているうちに、お金とスキルをためよう。
会社の都合で、たくさんのプロジェクトを押しつけられて、疲弊するのはばからしい。
うまく立ち回って、つまらないプロジェクトからは、逃げ回り、スジのいい一つのプロジェクトだけに専念しよう。
そこでじっくりと納得のいくまでいい仕事をし、自分のスキルを磨き上げ、顧客やエンドユーザの喜ぶ顔を見よう。
それが、明日へつながる。
その会社じゃなくっても、どこでも生きていけるすべを育て上げるのだ。
もはや会社なんて、自分のスキルを獲得し、自分のブランドを構築するためのツールでしかない。
会社に貢献して出世する、という人生モデルは、とっくに終焉しているのだ。
そうしてスキルと人脈をためると同時に、500万円もらって200万円貯金する暮らしを3年続ければ、
貯金も600万円になる。
そうすると、会社との交渉で、優位に立てるのだ。
自分のやりたいプロジェクトを堂々と要求し、スキルのたまらない、くらだないプロジェクトは、
きっぱりと断ることができる。
どうしても、会社がそれを押しつけてくるのなら、さっさと会社を辞めてしまおう。
どうせ、その会社内での地位なんて、そんなに長続きするものじゃない。
そして、いまの自分に最適のポジションを提供してくれる会社をじっくり時間をかけてリサーチし、
自分を上手に売り込むプレゼンテーション資料を、じっくりと時間をかけて作り上げ、
効果的に自分を売り込み、おいしい仕事をゲットしよう。
自分をマーケティングしよう。
何しろ、二年は遊んで暮らせるだけの貯金があるのだ。
交渉の際、足下をみられる心配はない。
十分な余裕を持って、上手に立ち回ることができるはずだ。
要するに、こういう社会状況において、桁違いに有能だというわけでもない一般人がとるべきもっとも効果的な戦略とは、まだ日本の過去の遺産が残っているうちに、その遺産を使ってスキルとお金を貯金し、そのスキルとお金でもって余裕と自由と未来を買う戦略なのだ。
余裕と自由こそが、お金で買える、もっとも価値あるものなのだから。
日本の過去の遺産の残照がいつまでも続くという幻想にとらわれたまま、
年収500万円を受け取って、年収500万円の暮らしをしたり、
いつまでも正社員の地位にしがみつくために、無理な仕事を引き受けて、
会社に媚び売って、疲弊するのは、あまり賢い生き方ではない。
それは、いつ突然、ワーキングプアに転落するかも知れない、極めてリスキーな生き方なのだ。
将棋のこと
医師の診療報酬の話題
たくさん出せば儲かるというのは間違いだ。