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ビックカメラ かならずだめになる商売 走り続ける以外に道はない

ビックカメラ
かならずだめになる商売
走り続ける以外に道はない



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警察官はかわしたものの

弁護士刺殺

 日弁連の消費者問題対策委員長を務める弁護士が刺殺された事件で、警察官が弁護士を犯人と誤って取り押さえたことについて、秋田県警は5日、遺族のもとに訪れ、事実関係を説明しました。

 弁護士・津谷裕貴さん(55)を剪定バサミで刺し、死亡させたとして逮捕された無職・菅原勝男容疑者(66)が5日午後、送検されました。

 「主人を殺すと言って、男が来ている」

 警察によりますと、妻からの通報で2人の警察官が駆けつけました。その際、菅原容疑者から取り上げた拳銃のようなものを手にしていた津谷さんを犯人と誤り、取り押さえました。

 津谷さんは「違う」と訴えましたが、このすきに菅原容疑者は剪定バサミを取り出し、警察官と津谷さんに突進。警察官はかわしたものの、津谷さんともみ合いになり、その間に津谷さんは刺されたといいます。

 「(津谷弁護士は)ジャージーを着ていたらしい。それが外から来た侵入者のわけがないじゃないですか。 しかもピストルを取り上げて、“これはオレじゃない” と言っている。(津谷弁護士の)妻も両方」(津谷裕貴弁護士の弟 津谷聡さん)

 津谷さんの死因は心臓を刺されたことによる失血死で、肋骨も折れていました。警察は、「落ち度があったという認識はない」と説明しています。

 先月、大臣室で津谷さんと面会したという岡崎国家公安委員長は、今回の警察の対応について、「警察庁で事実関係を確認中」と述べるにとどめました。

 「秋田県警の担当者が津谷弁護士の法律事務所に今、やって来ました。捜査の経緯についてこれから説明するものとみられます」(記者)

 警察との面会後、津谷さんの弟・聡さんは改めて無念さをにじませました。

 「生前、どんな死に方をしても後悔しないと、そういうことを僕らはいつも話していたから。空元気に決まっているんだけど・・・。全然冷静じゃないけど、冷静に考えるようにしています」(津谷裕貴弁護士の弟 津谷聡さん)

 菅原容疑者はこれまでの調べで、津谷さんが離婚の話し合いで元妻側についたことを恨んでいたと供述。警察は、離婚後の財産分与をめぐり、津谷さんを逆恨みしていたとみて、さらに動機の解明を進めています。(05日18:03)

ーー
警察官はかわしたものの
という表現


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海上保安庁映像流出

海上保安庁映像流出

誰がどのような損得勘定でこれをやったのか
いろいろな推測

情報リレーのようなことがあって
この結果なのだろう

全部ぶちまけたわけでもないようで
微妙だ

ここまで出そうとか
ここまでならいいはずとか


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中国ニンニク買い占めで値上がり

中国ニンニク買い占めで値上がり

買占めによる値段の吊り上げにも対処できないなんて
共産党の名前はどうしたんだ


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ヤンキー

写真で10人くらいを見せて
ヤンキーな人は誰かと
質問すれば多分かなり一致すると思う

ほんの小さな違いなんだと思うが
くっきり分かるのは
ほんの小さな部分でくっきり分かることを目標にしてセレクトされてきた結果なんだろう
見事に分かるのだけれど

ヤンキーでなくても
もともとそのような顔だという人もいるはずで
誤解を受けて非常に嫌なことだろうと推定する


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コンビニまで戦闘機で買い物にいくときにありがちな事

たむろしてるDQNが邪魔で着陸できない

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随意神経失調症

自律神経失調症は不随意神経失調症である

過食嘔吐やリストカットを
随意神経失調症と名づけてみたらどうかと思うことがある
場合によっては
強迫性障害を含めてもいいのかもしれない

もちろん全部心身症としての話が前提である

ストレスに反応して胃痛、下痢、便秘、食欲不振、睡眠障害、頭痛、肩こり、動悸など
これらについては不随意神経と不随意筋の領域なので
気持ちでコントロールするのは難しい

精神力で下痢を止められるはずはないと普通の人は思うし
動悸を意識的にコントロールできるとも思わない
(ただし、神経系として、接続していないわけではないので、
一部の達人は、不随意神経領域を随意的にコントロールできるとしているし、
そのようになれば、症状は消失するというのだが、普通の人には無理)

一方、随意筋は例えば口を動かすことだ。これは自分の意識によって
コントロール可能である。

しかしながら、「口を動かす意識」をコントロール出来るかどうかは
難しいところがある

自分で好きで食べているには違いないが
あとで「しまった」という感じはする

このあたりについては強迫性障害も同じ事情にある

意識的に動かせる部分の話なのに
なぜかうまくいかない
やめたいのにやってしまう

ーーー
食行動の異常が非常に不思議に思えるのは、
随意筋と不随意筋の何かしら中間領域にあるからなのだと思う

口のすぐあと、食道になると、そこはもう不随意的な領域になる

あるいは、口がというよりは口を動かす脳の領域が随意と不随意の両方にまたがって存在している
と言ったほうがいいのかもしれない

肛門は随意筋だけれどもその奥の不随意な要素が大きく作用するので
これもまた随意と不随意の中間領域だ

尿排泄についても同様

要するに人体で穴が空いていて外界と交流する場所だ

外性器についてもそうで
意識的であるには違いないが
完全に意識的であるとも限らず
あとで後悔することはあるのだろうと推定する

一方、典型的な強迫性障害は、このような紛らわしい領域ではなくて、
完全に腕を使ったり足を使ったりしている。

ーー
このようにして見てくると
強迫性障害の病理構造を持つもので、かつ、随意神経と不随意神経の移行する部分で発生する病気
と定義して
そのひとつに
過食嘔吐を含めることができるとおもう
(おおかたは、食行動の異常ではなくて、自尊心の低下の問題であるとか、そのような捉え方である)

そうなると治療は強迫性障害の治療が原則となる

半ば随意的なのでなおさら自分の意志の弱さを感じる
しかし半ば不随意的なのでどうしようもないところも大きい

清潔な方がいいが、過度になると清潔強迫であり
この種の人たちはある面ではとても不潔だったりする

魅力的でありたいと思うが過度になると過食嘔吐ともなり
痩せたいと思うあまり痩せすぎて健康を損なったりする

ヘルペスも皮膚粘膜移行部に発生するわけだし

脳の一部、随意・不随意の境界あたりで
多少の混乱が起こっていても不思議はないと思う


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富士山に登るとする

富士山に登るとする
しかし台風で中止になったとする

その場合に人生が台無しになったかといえばそうではない
富士さんの登るという発想があり、準備期間のワクワク感があり、
実際に出発し、しかし、途中で台風の知らせがあり、引き返すこととなり、
失望もあり、しかしまた楽しい車中の話もあり、帰ってきてから、すごい台風だぞなどという話にもなり
富士山に登らなくてもなかなか楽しいものなのだ

ーー
男女で、付き合って損をした、などと言われて別れることがあると思うが
そんなことはない

付き合っていた時間はかけがえのないものだし
別れることになったからと言って
価値が損なわれるものでもない

ーー
実際に富士山に登らないとしても
登るつもりで準備してワクワクしたのなら
それで体験としては充分だったのではないかと思う

負け惜しみではなくて



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12700万人が1億人に減少

この先15-20年で
12700万人が1億人に減少
しかも猛烈に高齢化

どの会社も対応が必要


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反感をかうことのないように生きよう

反感をかうことのないように生きよう

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絆というかチーム感ですね

紅白司会決定のコメントで

絆というかチーム感ですね

ーー
チーム感 


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うつ病だったのに急変して統合失調症になる人

うつ病だったのに急変して統合失調症になる人がいるもので
驚かないで対処してもらいたい

そうなる可能性については
察知できるのだけれど
かといって予防的に投薬することもいいことなのかどうか
意見が分かれる

統合失調症が発症してしまえば
予防できなかったことを悔やむが
予防しなくても何も起こらない人も多いので
現在のところでは
推定は擬陽性を含み
擬陰性は少ないと思う
怪しいのも含めて拾うことはできるが
結局発症しないケースを予想識別することはできない

識別性はよくないが取りこぼしは少ない


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軽躁病と学力

軽躁病と学力は実は大いに関係があって
すごく勉強ができるとか
すごく仕事がはかどるとか
そんな人は軽躁病であることも多い

人類を前に進めるエンジン

日記を書いている人は
自分の日記の分量とか
内容を検討してみれば
躁うつの時期の変化を推定できると思う

全然ないというなら
それは心電図がフラットになっているのと同じだと私は思う



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強迫性障害の一つのタイプに付いて

強迫性障害の一つのタイプに付いて

強迫性障害に限らず
人間が未来を予想する限り先取りをして対策を取る
そこに病理は発生する

たとえば認知症の一つのタイプでも
常同行動は見られるがそれは強迫性障害とは言わない
意識の構造が違うからである

無意味だと承知していて
しかしそれでもやってしまう

やりたくないのだけれど
結果としては自分の意志でやってしまう

ーー
プロ野球では
チャンスで左バッター、投手は右
そこでピッチャーは左に交替
すると打者は右に交替
その場で投手は右に
すると打者は左に交替
そこで投手は右、打者は左で試合続行になった
一回りまわって同じ構図になったわけだが
お互いのチームで選手を浪費しているので作戦としては意味があると思う

ーー
ところが同じ作戦行動をひとりの人間の中でとったら
多分自分の内部で消耗が進行するはずで
いいことは一つもない
それが強迫性障害だと思う

ーー
予防線を多重に張る
だから治療はその予防線を一つ一つ解除して破る
g)4fh 1.PNG



そんなイメージなのだが
困ったことに
予防線がループを作ってしまう場合がある
その場合は
予防線を一つ一つ解除していくとして
ACBCBAとループしてしまうので無限の行為になる
治療は困難になる

これが強迫性障害の一つのタイプだと思うのだがどうだろうか



00121100.PNG
対策としては
いったんすべての対策をやめる
全中止する
が最善である

しかしそれが最も難しいので困る

ーーー
最近私は
このような原理的矛盾を感じて書いている

細血管の障害では
再生にあたり血液供給が必要なので
細血管の死滅は再生不能な打撃であるとか
そんな話

同じ構図でいろいろな夢をみる







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遺伝子と文化の伝播波及

方言の分布などを調査すると典型的に現れるのが
ABCBA型の分布である

最初はAだけがあった
そこに新型のBが発生し
ABAの分布となる

さらにそこにCが発生すると
ABCBAの分布となる

もちろんABAのパターンのところに
中央部ではなくてややずれた場所でCが発生すると
ABCAという分布になる

ーーーーー
DNA分布を調査しても多分に多様な分布になるだろうと良くいわれる
しかし概略を言うと

彫りの深い顔
二重まぶた
わきが
湿った耳垢
体毛

などで分類すると
北海道のアイヌと沖縄の人たちがAとなり縄文型
中央部のBは弥生型とか
単純化できる

 弥生型が縄文型を完全に飲み込まなかったのはなぜなのかよく分からない
 遺伝タイプで言うと縄文系が優性遺伝となっている
 
 ーーーーー
 日本列島に人が移動してきたこと、その内部で移動したことを考えると
 当然、南方からの移動と、大陸からの移動が考えられる
 北方からの移動はどの程度あったかよく分からないが
 北方からの移動があっただろうと考えた方が説明しやすい部分がある

 すると合計して3つの系統の移動・混合となるようだ
 最初期は南方からの移動、そして全体への波及
 次が大陸からの移動でこれは長い間断続的に続いたものだろうと思う
 あまりに寒いまたは暑い地域には波及しなかった
 それとは別に北方からの移動が細々とあったものではないだろうか

 この大きな構図で何となく概略を説明できるような気がする
 県民の身体的特徴や言葉の特徴などの基底がこのあたりで説明できそうな気がする



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夢 コラージュ シャガール 壁のシミ 過剰相貌化

夢は意味の連関が少しゆるくて、
コラージュに似ている。

少し前に
そう書いたが、
コラージュを見る時、脳の中の、夢の回路が働いていると
言い替えてもいいと思う。

シャガールの絵がまさに「夢」に似ているのは、
その色合いといい、形といい、テーマといい、まさに「夢」に親和性があるからだろう。

コラージュと夢の関連、さらにこの先の連関を辿れば、
「壁のシミが人の顔に見える」「天井の模様の中に性器の絵が見える」
などの、過剰相貌化につながると思うのだが、
発展しすぎで、過剰な先走りとも言えるので、
慎重に議論していきたい。





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ツグミの巣ごもり

六本木の東京ミッドタウンの広報誌があり、
その最後のページに佐伯誠氏の短い文章がある。

*****
ジェームス・サーバーの短篇集の中の、「ツグミの巣ごもり」
たとえば、野球でいえば、ノーストライク、スリーボール、というカウントのときのバッターの気分のこと。シメシメ、という感じだろうか。
バスタを茹でていて、一本をつまんで口にしてみると、かなりアルデンテで、火を止めたとき。
葉書を書こうと、ペンをとってみて、インクをたっぷり入れてあったとき。
洗濯して干してあったダンガリーのシャツから、日なたの匂いがするとき。
かなり長い小説なんだけど、100ページくらいまで読んできて、登場人物の関係が飲み込めたとき。
そういう時、口笛を吹きたくならないだろうか?

サーバーは晩年、目が悪くなって、字を書くことも、マンガを書くことも出来なくなった。
ところが彼ときたら、ニレとカエデの木に囲まれた邸宅で、来る日も来る日もハックルベリーフィンの冒険を読んで、プードル犬を飼って、地下室にワイン、ルーレットをしながら、雑談して暮らしたいと、のんきな事を言っている。

ツイてなくても弱気をいわないで、ユーモアの煙に巻く、これはタフでなくては出来ないことだ。
しぼみかけた夢を、風船みたいにふくらませるのは、子供には出来ないこと。いつも笑顔でいるのは、最高のマナーだ。

*****
概略こんな感じ。

いつも笑顔でいること。
笑顔には本当に価値がある。
笑わない美人と
笑う不美人では、
笑う人のほうに価値があるように思う。

笑って過ごしたいし、
人を笑わせて過ごしたい。

そのコツは小さなことのような気がしている。
古典落語全集で研究している。

*****
夢は叶わないままで終わろうとしている。
現実はもうすぐ命の限界を迎えようとしている。
すべての野望も、奉仕の心も、わずかながらの恋の心も、
すべては淡い夢のままで、終わろうとしている。
この人生のたそがれに、
君がいてくれてよかった。

でも、ツグミの巣ごもりはそんなにもすばらしいことなのだろうか。


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箸の使い方と性格

箸の使い方が美しくないと言っても、
要するに、食べられればそれでいいわけで、
自分なりに合理的な箸の使い方をしているだけなのだと思う。

これは性格に似ていて、
人に対するとき、どのような戦略でいくかということは、
その人なりの事情もあって、標準的でない対応をする場合があるのだろう。
それが固定していくと、性格の偏りになる。
箸の使い方がすこし標準でないのと同じだ。

しかし自分なりに一番やりやすいのだし、
それでいいと思っているのだから、
他人が何かいうことでもない。

でも、もし自分の姿を鏡で見る機会があり、
さらに、違う箸の持ち方があることを知れば、
違う持ち方をしてみようという気になるかもしれない。
性格も同じで、
自分を客観的に見る機会があり、
自分の行動パターンや感情パターンとは違うパターンも可能なのだと知れば、
どうだろうかと思う。

性格を映す鏡もないし、
別の性格と言っても、すぐには難しいけれども。

それに、箸の使い方と同じで、
とりあえず間に合っているのだから、
他人が何か言うことでもない。

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ドストエフスキー

隣人を積極的にたゆまず
愛するように努めなさい。
その愛の事業がすすむにつれて、
神の存在も自分の霊魂の不死も
確信されてくるでしょう  

『カラマーゾフの兄弟』

*****
隣人愛が
神への愛、神からの愛、
霊魂の不滅、神の存在
へとつながり花開いて行く様子はすばらしい。

論理的にいえば緩い部分もあるようなのだけれど
やはり伝統の力で、感動は揺るぎない。



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エピステーメー、ドクサ、カイロス

επιστήμη(エピステーメー)厳密な知識、たとえば幾何学
δοχα(ドクサ)社会の中にある常識、主観的に造られた知識、独断的な思い込み
καιρόςカイロス)好機


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もうひとつの存在様式が分かるとき

もうひとつの存在様式が分かるときがあって
なかなかつらい

優秀女性たちは学生時代を通じて男性よりもいい成績を上げて期待にも応えて
立派にやってきたのに
出産適齢期になると男性にはない課題を急に背負うことになり
先祖代々の女性はこうして生きて来たのかと共同体の感覚を持つが
男性は関係ないなと思うらしくて
そのあたりが興味深い

何というか
いいたとえば思いつかないが
書物で内容が豊かで大変よいものなのだが
実はその重さを利用して漬け物石の代わりにされるとか
いや、たとえがよくないな

人間だと思って生きていたら実は女性としても生きられるとか
それも言葉が微妙だな

たとえば巨人の星の星飛雄馬が本当は右利きだったのに
左ピッチャーになるために無理に左利きにされたけれど
大リーグボール養成ギブスは右腕をも鍛えていたので
右ピッチャーとしてもすごかったとか
これもたとえが架空の話すぎて伝わりにくいだろう

とにかく、そんなときに
もう一つの存在様式に気がつくのだ






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妄想と妄想がdebateするという壮観

妄想と妄想がdebateするという壮観
長生きはするもんだ

決して納得することなく
揚げ足取りを延々と続け
けっしてエネルギーで負けない

妄想は無尽蔵のエネルギーである
 
疲れてあきらめるようなら妄想と言わないですから

ーー
誰もあなたを批判しなくなったら
自分は妄想症なのかなと
思ってみてもいいでしょう


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防衛機制としてのうぬぼれ

うぬぼれ屋も一種の防衛機制と考えてもいいのかもしれない

現実の自分を現実のままにとらえていたのでは
人生はかなりつまらないしかなり耐え難いのではないか
いざとなれば自分だって少しはすごいのかもしれない、
中学校の時だってそんなことがあった、
そんな風に考えて、少しの間だけ、自分の心に麻酔をかけるのだ。

 



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雑魚寝 貧窮問答歌 山上憶良

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雑魚寝してるって歌は何かないかな
と人に聞くと探してくれた

*****
貧窮問答歌 山上憶良

風雑(まじ)り雨降る夜の雨雑り雪降る夜は、すべもなく、寒くしあれば
堅塩(かたしほ)をとりつづしろひ、
糟湯酒(かすゆざけ)うちすすろひて、
しはぶかひ、鼻びしびしに、しかとあらぬ、ひげ掻(か)き撫でて、
我れをおきて人はあらじと誇ろへど、
寒くしあれば麻衾(あさぶすま)引き被り、
布肩衣(ぬのかたぎぬ)ありのことごと着襲(きそ)へども、寒き夜すらを、
我れよりも貧しき人の父母は、飢ゑ凍ゆらむ、
妻子どもは乞ふ乞ふ泣くらむ、
この時はいかにしつつか、汝が世は渡る 

天地は広しといへど、我がためは狭くやなりぬる、
日月は明しといへど、我がためは照りやたまはぬ、
人皆か我のみやしかる、わくらばに人とはあるを、
人並に我れも作るを、
綿もなき、布肩衣(ぬのかたぎぬ)の海松(みる)のごと、
わわけさがれる、かかふのみ肩にうち掛け
伏廬(ふせいほ)の曲廬(まげいほ)の内に、
直土(ひたつち)に藁(わら)解き敷きて、
父母は枕の方に、妻子どもは足の方に、囲み居て憂へさまよひ
かまどには火気吹き立てず、甑(こしき)には蜘蛛の巣かきて、
飯炊くことも忘れて
ぬえ鳥の、のどよひ居るに、
いとのきて、短き物を端切ると、いへるがごとく、しもと取る、
里長(さとおさ)が声は寝屋処(ねやど)まで、来立ち呼ばひぬ 
かくばかり、すべなきものか、世間の道

意味:

風交じりの雨が降る夜の、雨交じりの雪が降る夜は、どうしようもなく寒いので、
塩をかじりながら糟湯酒(かすゆざけ)をすすって、
咳をしながら、鼻をぐずぐずさせて、少しばかりのヒゲをなでて、
私以上の能の有る人はいないだろうと、うぬぼれてはいても、
寒くて仕方ないので、麻衾(あさぶすま)をひっかぶり、
あるだけの衣を着重ねしても寒い夜を

私よりも貧しい人の父母は、お腹を空かせて凍えているだろうに、
妻や子供たちは泣いているだろうに。
こういう時は、あなたはどんな風に暮らしているのですか。

天地は広いというけれど、自分には狭いものだ、
陽や月は明るいというけれど、自分を照らしてはくれないものだ、
みんなそうなんだろうか、自分だけがこのようなのだろうか、
人並みには私も汗水流しているのに、綿も入っていないし、海藻のようにぼろぼろになった衣を肩に引っかけて
壊れかかって曲った家の中に、地べたにわらをひいて
父と母は枕の方に、妻や子どもは足の方に、取り囲むようにして嘆き悲しむ
かまどには火が入ることはなく、蒸し器にはクモの巣が張って、もうご飯を炊くことも忘れてしまった

ぬえ鳥の様にうめき声をあげていると、これ以上短くはならない物のはしっこを切るとでも言うように、鞭を持った里長(さとおさ)が、寝床にまでやってきてわめき散らす、
こんなにもどうしようもないものなのか、世の中というものは。

*****
直土(ひたつち)に藁(わら)解き敷きて、
父母は枕の方に、妻子どもは足の方に、囲み居て憂へさまよひ

というわけで確かに雑魚寝している
希望していた方面の雑魚寝ではないのだが、
それより何より、言葉の力に惹かれる。

我れよりも貧しき人の父母は、飢ゑ凍ゆらむ、
妻子どもは乞ふ乞ふ泣くらむ、

父母を養えないのはつらいというのである。
つらいねえ。つらい。

*****
問答歌というので問答になっていて
前半で
こういう時は、あなたはどんな風に暮らしているのですか。
と質問して、
後半で答える形になっている。

*****
このあとに

世の中を 憂しと恥しと 思へども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば

の歌が出ている


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治療としての面接 鈴木二郎

方法としての面接―臨床家のために (医学書院) 土居 健郎 (著)
という入門書があり、
タイトルはその発展形ということだろうと思う。

この方面は神田橋 條治、中井久夫、成田 善弘、笠原嘉と渋いところが並んでいて、
いずれも入門的な本であるが、最終的な本でもある。

鈴木二郎先生とは多少のご縁がある。
鈴木先生は関根義夫先生と職場をともにされて、
治療観も共有できるとのお話であった。
わたしは関根義夫先生のご指導をうけた立場なので
共有しているもなにも、信じ込んでいるような具合である。
そんな関係で、共有する部分があるのではないかと思っている。

学生の頃、宇宙論とか世界観の本を読んでいて、
J.C.Ecclesの本を翻訳しつつ読んだ。
意外にうまくできたので丸善に言ったら
相談に乗ってくれた。
「脳と宇宙への冒険―人間の神秘」か
「脳と実在」かであるが
多分前者で「Human Mystery」だと思う。
版権の問題を調べていたら
当時東邦大学で教授だった鈴木二郎先生の出版が分かり、
こちらは諦めた。
いま鈴木二郎先生の医院の隣の駅で開業しているので
やはりご縁があるのだろう。
先日お食事をさせていただいた。
まだまだ旺盛に先のことを考えていらして、
とても勉強になった。
食事しながら精神療法してもらったようなものだろう。
ありがたい体験であった。

あとがきの中で
土居健郎先生や中井久夫先生のことが出てくるが、
影響力のある人格というものは何回も会わなくても、
何かが残るものだと思う。

わたしも将来、もう少し考えがまとまったら、
鈴木二郎先生や関根義夫先生、
さらには松波先生、内海先生、秋山先生、津田先生の学恩を記したいものだ。

*****
鈴木二郎著
治療としての面接

四六判 200頁 定価2,730円(税込) 2001年3月刊

面接は,精神科臨床の独自の方法論である。精神療法の基本であるとともに,一般身体科の診察においても必ず行われる重要な治療的出会いである。
 本書は,その面接がいかに治療的意味を持つか,また時に用い方を誤ればいかに有害にはたらくかを,著者が自身の臨床経験をもとに書き下ろしたものである。
 クライエントに重要な意味を持つ「出会い」としての初期面接,クライエントへの問いかけ方,クライエントのストーリーを読むこと,物語を聞く(聴く)ためのプロとしての技術,見立ての効用,共感することとは,など,多くの臨床的知見がわかりやすく述べられる。
 面接の実際場面は,治療者と患者の微妙なやりとりに満ちたものである。後半部において著者は,多くの症例を提示しながら,精神科臨床における職業人としての治療者の心得と役割をも明らかにしている。

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おもな目次
第I部 面接とは――その意味――
第1章 序論――治療としての面接
第2章 面接の意味と現象
*人と人,人生との向かい合い――患者から学ぶ――
第II部 面接がなぜ治療であるのか
第3章 なぜ治療でありうるのか
第4章 治療者の役割とクライエント
*見立てと処方
第III部 症例編――病態に応じて――
1 精神分裂病
2 強迫神経症
3 うつ病
4 不安神経症
5 心気神経症
6 摂食障害
7 境界性人格障害
8 ヒステリー(解離性障害)
9 不登校
10 脳器質性障害,脳血管性障害
11 アスペルガー症候群
12 てんかん
13 心身症

*****

まえがき

 ここに書こうとすることは,私が長年精神科臨床に携わってきて,その重要さや意味をとくに強く感じている「面接」とその「治療的意味」についてである。私も多くの臨床家同様,臨床場面では常々精神療法と薬物療法を武器にしてきた。その間,この数年「面接」の大切さを痛感しており,今回,若い精神科医,心理士にそれを伝え,経験を積んで十分おわかりの方々にはあらためて「面接」の意味を整理していただければと願う次第である。
 「治療としての面接」というタイトルは,数年前から自然に私の脳裡に浮かんできたものである。浮かんだあとで思い当たったのは尊敬する土居健郎先生の『方法としての面接』である。臨床家の必読書ともいうべきこの著作にもちろん私自身は大きい影響を受けており,類似の名称を用いるのは不遜のそしりを免れないと思われる。しかし本書は,私なりに経験し,考え,感じたものを記述するものであり,本書のタイトルと同様に自分の中で醸成したものであることをお断りして土居先生はじめ読者の御寛恕を乞いたい。
 さらに読み進んでいただけばわかるように「面接」が精神科臨床の独自の方法論であることはもちろんであるが,それにとどまらずいかに治療的意味をもつか,あるいは逆にいかに有害に働くかを私自身の経験をも含め,多くの先輩,後輩の精神科医,心理士の方々の現場で実際に見聞して痛感して来たことが底流にある。数年来このタイトルで数回ほど方々の精神科医や,心理士の研究会等で話させていただいたが,幸い大方の共感と多くの反響を聴衆の年齢,専門を問わずいただいた。そうした機会の質問や感想を含めて書き下したのが本小論である。お読みいただくだけでも喜びであるが,さらに忌揮のない御批判をいただければ望外の幸せである。最近内科医を主として,一般身体医師からも「医療的面接」の重要さを指摘する声が高い。また国試にさえ出題される勢いである。本書はそうした面すべてを考慮に入れているわけではないが,医師-患者間の面接の基本にあるところは確固としたものであることを述べていきたいと思う。
 
 筆者自身について
 どのような著作でもそうであるが,ことに精神科臨床,精神療法を語る場合は,筆者の人間性が露呈される。そこでいっそのこと読者の理解のために,私自身の臨床歴を簡単に記すことにする。興味のない方は,本論にお進み下さって結構である。
 まず東大医学部精神科,通称赤レンガ病棟で4年間過ごした。もちろん精神科臨床の初歩を教わったのであるし,秋元波留夫教授以下多数の優れた先輩,同僚,後輩がおられたのであるから,もちろんさまざまな影響を受けた。しかし本当に臨床に目覚めたのは,内村祐之先生の晴和病院においてである。ここで躁うつ病,神経症,初期分裂病の症例を多く経験し,内村先生の診断を学んだ。次いで都立松沢病院でハードな精神医療に出会った。どちらの病院も勤務年限は短かったが,松沢病院では,その後約15年外来を経験させていただいた。同じ頃お茶の水女子大学の学生相談室で,いわゆるカウンセリングから重症の精神疾患のケースまでを経験した。
 その後十有余年前から現在まで,自分自身で,さらに若い人々に教える立場で,豊富な症例の診療に当たっている。ここであらためて記しておきたいのは,私が若い時に学んだ大教授の先生方と異なり,現在も私自身が診断し,治療を続けているということである。外来では殊に難しい症例を私が受け持ち,入院では若い受持医とディスカッションしながらともに診療しているのが実状である。またこの39年間さまざまな精神病院や企業の病院,相談室で実にいろいろの経験を積むことができた。しかし生来怠惰なせいで,こうした臨床について語ったり書いたりしたことがほとんどない。筆者の論文といえば主に生物学的研究領域が大半で,いわゆる生物学派と見なされている。しかし本人は臨床医でもあると思い,実践してきたつもりである。このことに関して臨床と生物学的研究の問題あるいは個と普遍性の問題なども含めていずれ書いてみたい。
 精神療法に関しては,土居先生のセミナーにわずか(おそらく3回ほど)出席させていただいた位である。しかし土居先生と河合隼雄先生の御著書をかなり拝読し,御講演を拝聴して多くの影響を受けているであろう。土居先生のセミナーでは,中井久夫氏が14歳の男の子のチックの症例を提示され,最後に絵の中トビウオを描き,「海の世界はいいもの陸の世界はいづらいや」との少年のみごとな報告をされたことが印象に残っている。この症例提示に土居先生はじめ出席者皆々が感嘆されたことも鮮明に記憶に残っている。しかもこれが中井氏の最初の症例発表であった。最近古い書類を整理中に,中井氏自筆のテキストプリントが出て来た。あらためて読み直して再度感嘆した。氏に電話して確認したところ,よく記憶しておられ,症例のお話をされた。ここにこのようなエピソードを書くこともご了解いただいた。
 また,私自身が強く影響されているのは,Peter LomasのTrue and False Experienceで,たまたま宇野昌人先生からいわれて翻訳し,『愛と真実』として出版した(訳が拙劣でこれも改訳したく思っている)。また本書執筆にあたって,土居先生の先の御著書や神田橋條治氏の『精神療法面接のコツ』他ももちろん参考にさせていただいた。
 このように,私の面接あるいは精神療法はいわば独学に等しい。しかし精神療法というものが個人に属するもので,精神療法家が100人いれば100通りあるといわれながらそれでいてそこに普遍的な妥当性がなければならないとも思い,私の考え方や実践もその将外ではないと思いつつ,本書を著わす次第である。大方の御批判を乞いたい。
  2000年3月


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自分と遺伝的に近い相手に似た人の写真に対して、より性的な魅力を感じる

被験者に対して、異性の親の写真や、本人の顔写真からモーフィングした合成写真などを見せた一連の実験によって、ヒトは、自分と遺伝的に近い相手に似た人の写真に対して、より性的な魅力を感じるということが明らかになった。
「ヒトは、自分の親族や自分自身に似た人に惹き付けられるようだ」と、イリノイ大学のR. Chris Fraley准教授(心理学)は語る。Fraley准教授が主執筆者となった今回の研究は、『Personality and Social Psychology Bulletin』誌の7月20日号に掲載されている。
第1の実験では、被験者に他人の顔写真のセットを見せ、性的に魅力を感じた度合いでランク付けさせた。
それぞれの写真を表示する前に、被験者の半数に対しては、その人の異性の親の写真をサブリミナル的に提示している。その画像はほんの一瞬見せるだけなので、被験者は無意識のうちにその情報を処理してしまう。残りの半数の被験者には、血縁関係のない後見人の写真を見せている。
結果は、自分の異性の親の画像をサブリミナル的に見せられた人々は、次に見せられた顔を、(ランダムに提示された顔よりも、)より魅力的に感じるというものだった。
第2の実験では、被験者にまた別の顔写真のセットを見せて、性的に魅力を感じた度合いでランク付けさせた。今回の顔写真は、すべて2人分の顔写真からモーフィング処理によって合成されたものだ。
被験者の半数には、モーフィングにその人自身の顔写真を用いた合成写真を、それと知らせずに提示した。これらの合成写真には、被験者本人の顔が最高で45%まで使われており、人工的に作られたきょうだい、と言って良い。残りの半数の被験者にもモーフィングによる合成写真を見せたが、本人の顔は含まれていない。
自分の顔を使ってモーフィングされた顔写真を見せられた被験者らは、これらの画像を、より性的に魅力があると回答した。
第3の実験では、被験者全員に、本人の顔を含まないモーフィングによる合成写真を見せたが、そのうち半数の被験者に対しては、これらの合成写真が本人の顔からモーフィングされたものだと思い込むようしむけた。
この場合、モーフィングによる合成写真が自分の顔を使ったものだと思い込まされた被験者は、それらの写真を、より魅力がないものとしてランク付けした。
これら3つの実験はすべて、フロイトの学説を補強するものだ。フロイトによると、われわれは自分自身の身体的特徴を思い起こさせる外見に魅力を感じるという無意識のメカニズムを備えており、近親相姦に対する文化的タブー(インセスト・タブー)が存在するのは、このような原始的衝動に打ち勝つためだという。
一方、インセスト・タブー問題については、[幼少期から一緒の生活環境で育った相手に対しては、長じてから性的興味を持つ事は少なくなるという]『ウェスターマーク効果』説もあり、[文化人類学的にも]根拠があるとされてきた。Bradley大学のDavid Schmitt氏は、「今回の研究は、フロイト説のほうにも根拠がある[両方が作用する可能性がある]ことを示している」と述べている。
なお、今回の研究結果に関しては、たとえば単純に、ヒトの脳は馴染み深い画像をより容易に処理できる傾向があるから、と説明することも可能だろう。Fraley准教授は、この説明が当てはまるかどうか検証するために、この次の実験では、顔写真を馴染み深さの程度と、その顔を人生のどの時期(幼児期、小学生時代など)に知っていたかによってランク付けしてもらう必要がある、と語った。
[野生動物がインセストを避ける例も多く知られている。]



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「涙ぐむ」「物忘れ」で発見されるうつ病も

「涙ぐむ」「物忘れ」で発見されるうつ病も

 精神科医がうつ病を診断する際は、次の3つの軸に注目するのが一般的である。

(1)抑うつ気分
 憂うつ、寂しい、悲しい、自分を責める、孤立感といった気分があり、その程度も強く、長く続いている場合である。ひどい場合には「もう死んでも構わない」といった希死念慮も見られる。診断のポイントは、客観的には「それほど深刻にならなくてもいいのに」と思える状況でひどく悲観的になり、しかも周囲の理解や励ましに耳を傾けられない、という点である。涙ぐむことが多くなるのも特徴の一つである。

(2)精神運動抑制
 精神運動抑制とは、「精神機能の抑制」と「運動性の抑制」を合わせた総称である。

 精神機能の抑制では、忘れっぽい、覚えることが苦手になる、頭が早く回転しない、自分では決定できない、集中力がなくなるといった軽い認知症に似た症状が出現する。実際、「主人が最近ぼけてしまったみたいで…」と、奥様がご主人を連れてきて、面接してみると精神機能の抑制が前面に出たうつ病だったという事例もある。こうしたケースは「仮性痴呆」と呼ばれる。

 これに対して、運動性の抑制とは、何もやる気にならない、おっくうである、面倒である、などの症状をいう。一般に、「うつ病では、病状が悪いときは自殺の心配はないが、少し良くなったときが危ない」といわれるのは、悪い状態では運動性の抑制があるため「死ぬ気にもならない」からである。

(3)身体症状
 うつ病では身体症状が見られるため、内科をはじめとした身体科を受診することが多い。うつ病の身体症状には、食欲不振、体重減少、頭痛、頭重感、腰痛、肩こり、不眠(特に早朝覚醒)などがある。そのため、検査をしても異常所見が認められない身体症状では、うつ病を疑った方がよい。こうしたうつ病は、身体症状という仮面を被ったうつ病という意味で、「仮面うつ病」と呼ばれることがある。精神科医以外への啓発として使われる言葉である。

表1 うつ病の症状

1 抑うつ気分
憂うつ、気分が沈む、楽しくない、悲しい、淋しい、涙もろい、自責感、孤立感 など

2 精神運動性抑制
精神性の抑制:物覚えが悪い、忘れっぽい、決断できない、考えがまとまらない、集中力がない、持続力がない など
運動性の抑制:何もしたくない、億劫だ、面倒だ など

3 身体症状
食欲不振、体重減少、頭痛、頭重感、腰痛、肩こり、不眠(特に早朝覚醒)

※ その他
自殺念慮、日内変動

 これら3つの軸の症状に「日内変動」が見られることが多いのも、うつ病の特徴である。最も多いパターンは、朝のうちは何もやる気が起こらないが、午後になるとだんだん良くなり、夜になると全く普通の状態になるが、翌朝になると再び何もやる気が起こらない、というものである。こうしたうつ病は、朝方に症状が強いという意味で「モーニング・デプレッション」(morning depression)と呼ばれる。

 うつ病の治療については次回解説するが、最近ではSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)が第1選択である。


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代理母問題・種々の問題あり・一夫多妻問題にも関連

ポンコツ研究日記~悩める産婦人科医のブログ~というブログで、以下を見つけた。
自分のために採録。

*****
代理母に関するトラブルシューティング
テーマ:医療問題:代理母問題
代理母について、もうちょっと考えてみます。
代理母に興味をお持ちの方、ぜひ一緒に考えてみてください。
考える材料として例をあげてみました。
まず、一番困るケースから。
1) 代理母が出産後、児を自分の子供であると言い張ったらどうしますか。 現状の民法のままでは、
産んだ母が実の母となってしまいます。 また、逆のケースとして卵子提供を受けて出産したら、卵子
を提供した女性から「私がその児の遺伝上の母だから、自分の子供である」と言われたらどうしますか。
2) 代理母が出産後、実の父母が児を受け入れなかったらどうしますか。特に、児に先天奇形があった
り、実の父母の生活環境に変化があった場合には、そういったケースも考えられます。その際、誰が責
任をとるべきでしょうか。

代理母を誰にすべきか。
3) 代理母を決定する際に、
 ① 代理母は血縁か、非血縁どちらが望ましいのでしょうか。
 ② 代理母を引き受けてもらうための説明の責任の所在は、誰にあるのでしょうか。
 ③ 血縁者に無理やり代理母になってもらいましたが、妊娠分娩に伴う合併症が起きてしまいました。
 誰が、どのように補償しますか。
 ④ 血縁では自分しか生殖年齢の女性はいません。家族からのプレッシャーが強く、受けざるをえな
 い状況ですが、本当は受けたくありません。どうしますか。

代理母の妊娠分娩
4) 代理母の妊婦検診、入院、分娩等の医療費、さらに妊娠分娩産褥にわたっての生活費等、どこまで
負担すべきでしょうか。また、途中で、実の父母の経済的な問題が発生して費用の負担ができなくなった
ときは、どうすべきでしょうか。
5) 代理母のリスクがどの程度なのかの正確なデータはわかりませんが、ふつうのお産では250件に1件は命に関わる重篤な合併症を伴うと言われています。高齢出産であれば、なおのこと。。。
 ① その現実を考慮したとして、具体的に誰を代理母にするのが望ましいと考えますか。
 ② 重篤な合併症が 発生してしまった場合、特に代理母が死亡したり後遺障害を負った場合、誰が
 どのように補償すればよいでしょうか。
 ③ 重篤な合併症を起こした代理母の家族が、実の父母や医師、病院を相手に訴訟を起こしたら、どう
 しますか。
6) 重篤な合併症を除いても、妊娠中はさまざまな合併症が考えられます。具体的には、
 ① 代理母が切迫早産になり、長期の入院が必要になりました。入院費や入院中の補償等(仕事がで
 きない家事ができないことに対して)はどう考えますか。
 ② 代理母が重い妊娠悪阻(つわり)になりました。非常につらいため、中絶したいと言っています。
 ③ 代理母が前置胎盤になり、輸血や血液製剤の使用が不可避でした。その結果、肝炎になってしまいました。
 ④ 代理母が前置胎盤になり、帝王切開をしましたが、出血がコントロールできず、子宮を摘出すること
 になりました。
 ⑤ 代理母が子宮外妊娠になり、卵管を切除しなくてはならなくなりました。
 ⑥ 代理母が産後うつ病になってしまい、自殺未遂をしました。  
 ②~⑥のようなケースになったら、どう対応し、どう補償すべきですか。

子供について
7) 児の先天異常について、可能性が考えられます。
 ① 超音波検査の結果、染色体異常の疑いがあります。しかし、代理母は羊水穿刺(子宮に針を刺し、
 羊水を少量採取して検査する)を嫌がっています。どうしますか。
 ② 羊水検査の結果、染色体異常が明らかになりました。実の父母は中絶を希望しました。しかし、
 代理母は拒否しました。どうしますか。
 ※中絶は、今の母体保護法で、強姦された場合か、母体が健康上、経済上妊娠を継続できない場合に
 のみ、認められています。児の異常での中絶は認められていません。
 ③ 超音波検査の結果、重大な先天異常があることがわかりましたが、中絶できる時期を過ぎていました。
 ④ 妊娠中は異常を指摘されていなかったのに、出生後重篤な先天異常を合併していることがわかりました。
 ⑤ 先天異常の治療に莫大な治療費が必要なことがわかりました。
 ③~⑤が判明した後、実の父母は児の受け入れを拒否しました。どうしますか。

 残念ながら、今の風潮だと、健康な子供しか欲しくない、とか、子供の異常は代理母のせいだ、とか主張する父母が出てくることが予想されます。

8) 児が成長後、代理母からの出生だったことを伝えるべきですか。(知る権利はあると思います)それは積極的に?それとも、そういった希望があったら?
会いたいといったら会わせるべきでしょうか。
また、真実を知った子どもに誰がどのようにカウンセリングすべきでしょうか。

未知のリスクについて
9) 今の医学では明らかにはなっていませんが・・・
 ① 将来、代理母で産まれた子には重篤な合併症があることがわかったら、どうしますか。
 ② 将来、代理母に重篤な合併症があることがわかったら、どうしますか。また、その治療に莫大な費用が発生するとしたら。。。

とりあえず、私が思いついたのはこんなところ。
以上のことについて、それぞれは決してそんなに頻度が高いものではないでしょう。
しかし、起こっても不思議ではないことを挙げてみました。
代理母を強く熱望している患者さんがいらっしゃるのはわかります。
しかし、代理母を推進するのであれば、これらをはじめ思いつく限りのトラブルについて暫定的でも
すべてルールを決めておかなくてはなりません。
10か月(採卵、受精等を含めればそれ以上)という期間は決して短くはありません。
人の気持ちが変わるのに、十分すぎるくらいの期間。そこに、妊娠分娩という命をかけた人生の大
イベントがあるわけですから。。。
そんなこと難しく考えなくたって、海外と同じようにやればいい。といわれるかもしれません。
確かに、代理母が海外でうまくいっているのですが、日本では難しいのです。
なぜなら、契約というものに対する意識が日本人は甘いから。。。
今のままでは、きっと何かあるたびに訴訟沙汰になってしまう。しかし、法に則った判断しかできない
司法は、これらのことについて適切な判断ができるとは思えません。そもそも、司法で白黒をつける格好にするのであっても、代理母のルールを法に組み込まなくてはならないわけで。。。
結局、誰も解決できない。

そして、一番困るのは当事者同士がもめている間、児は宙ぶらりんになること。下手すると、施設行きですもの。
正直、私もこれらについてどのようにすればうまくいくか見当がつきません。

*****
最初のスクリーニングでウィンドウズピリオドだったりして、児に感染症が移っちゃったりした場合に、代理母にひきとり責任とか違約金とか賠償金言われたら困らないかな~。。。。

確かに、国民の半数以上は代理母に賛成しています。
ただ、それはあくまで代理母に伴うこういった現実的な
問題点を知らせずに、選んだ結果であって、
本来はこういった点まで、きちんと説明したうえで、
決を採るべきだったと思います。

産婦人科医の中にはそれを確信犯的に無視する人たちがいます。
そして、その後ろにはこういった問題点を知らずに
無邪気に支持をする一般の人々がいます。

*****
▽死亡の危険性のある妊娠・出産を第三者に課す問題が大きい
▽胎児への影響が不明
▽「家」を重視する日本では強制や誘導が懸念される
▽本来の生殖活動から大きく逸脱している
▽胎児に障害があった場合の解決が当事者間の契約だけでは困難
これら5点はいずれも難しい問題。
さらに言うならば、
無事児が産まれた後、児と代理母と遺伝上の父母の間に禍根を残さないか
という点もあると思います。
上記の2点目およびこの点に関しては、特に結論が出るまで時間がかかる問題です。

ということで、少なくとも、某クリニックの院長先生がおっしゃるように、
「患者さんが希望してるんだから」という理由だけで、見切り発車するのはおかしい。
そんなことを言ってしまったら、クローン人間を作っての臓器移植とかだって
「患者さんが希望していれば」OKになってしまうわけで。。。
医療技術だけ進歩すれば、なんでもできちゃう。
やはり、線引きはどうしても必要になってくるわけで、
生殖技術も、このあたりで線を引くべきなんでしょう。

この話がけっこう厳しい結論に落ち着いた背景には、一連の薬害肝炎問題の影響があったかもしれません。薬害問題のように、不妊医療もいつどんな副作用が出るかわかりません。医学の進歩や症例の積み重ねによって、わからなかったことがわかることはよくあること。特に、不妊医療関連はその後の経過は長いわけですし、その影響は絶大ですから。。。

*****
代理母が親権を主張した時には、実の母=DNAで親子関係を認めることになります。
DNA鑑定で親子関係を認めることになります。
そうなると愛人の子=非嫡子も親子関係を要求できるようになります。

一夫一妻制の崩壊につながります。一妻多夫制、一夫多妻制につながります。
自由恋愛の横行、古き良き家庭生活の崩壊につながります。
近代の民法の精神を覆すことになると思います。

*****
新自由主義的に、経済的・政治的自由は最大認めろと言うなら、
経済的にゆとりのある人間が、何人妻・夫を持とうが、何人子供をもうけようが、
自由だということになるだろう。
他人の権利を侵さず、公共の福祉を妨げなければよいだけなのだ。

*****
潜在的な一夫多妻と顕在的な一夫多妻と、どちらが害が大きいのだろう。

*****
現在の日本の妊産婦死亡率は出生10万あたり1桁で推移していますが、母体が大量出血などで生命の危機に晒されるのは出生250に1件(10万あたり400件)と高率です 。アカの他人に押し付けて許される率ではありません。

*****
細かく契約を交わすことで解決できる部分も多い。
DNAだけを基本に考えることになるだろう。
金銭については、保険会社の契約と結びつくだろう。
しかし例の細かすぎる字の疾病保険契約のようなもので、
すぐには理解できないような、複雑なものにならざるを得ない。
「代理母保険」が売り出される。いくつものランクで。

感情の問題は、契約で抑えきることができない。
韓国ドラマが好んで題材にしそうである。

裕福なことと子供を産めることは、現在でも強い相関が強いけれど。

*****
子供たちの人生のことをどれだけ考えたのかという論点はあると思う。
その人生は子供たちが選んだ人生ではない。
どこかでこっそりと代理母に産んでもらって、こっそりと戸籍を届ければ、
問題なく、実子として受理されたかもしれないのに、
そうしなかったことは、子供には異議があるかもしれない。
その場合、まだ言葉を持たない者の異議申し立ての可能性を尊重しなければ
ならないのではないかと思う。



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インフルエンザと陰謀と妄想

小学3年男児(8)が、インフルエンザ脳症を起こして死亡した。男児は3日に発熱などの症状が出た後、急激に容体が悪化。4日、市内の病院に入院したがインフルエンザ脳症を発症して多臓器不全に陥り、6日夜に死亡した。男児が通う小学校では集団感染の報告はなかった。

*****
このようなニュース。
人の命を大切にしている社会で、このような死があること。

*****
インフルエンザは風邪じゃないと言われ始めてしばらくたつ。
はじめは英語の教科書で、Fluと書かれていて、
風邪じゃないから注意とあるのを見たように思う。

そもそも現代社会で、このようなタイプの感染症が防げないものなのだろうか。
少なくとも、命を失うことがないように出来ないものなのだろうか。

流行の予測までできるというのに。

流行していないときも、どこかでじっと潜伏、
つまり待ち伏せしているということなのだろう。

トリインフルエンザが話題になって、その後大きな被害にならないですんでいるが、
豚と鳥はもともとの宿主で、ここで突然変異して、
凶悪なものが人間をも困らせるらしい。

しかしそこまで分かっているなら、何とかできないものなのかなあと思うが。

*****
伝染病については、陰謀説がついてまわる。エイズやエボラ出血熱は人口調節のための陰謀だとする説である。
エイズウイルスはアフリカにおける黒人の人口を減少させるのが目的だとか、新型肺炎SARS、鳥インフルエンザは、中国の急成長やアジアの人口増加を危惧する勢力による細菌テロだという。
狂牛病のプリオンに関しても同様の陰謀説がある。

*****
陰謀説は微妙に話のつじつまが合うようで合わないようで、おもしろいところがある。
少しだけ考えても、フリーメイソン、イルミナティ、ロスチャイルド、ロックフェラー、三億円事件、大韓航空機爆破事件、ジョン・F・ケネディ暗殺、アメリカ同時多発テロ事件などについて、ときに深遠な、ときにトリビアルな陰謀説がある。日本人拉致問題や南満州鉄道爆破事件については、最初陰謀説がささやかれ、後に実際に起こったことだと確認されていて、こうした実例を見ると、いろいろな陰謀説も、無視できない感じはする。

インフルエンザを陰謀だとは言わないが、ここまでいろいろ分かっているのに、毎年のように流行して、死者まで発生するのはなぜだろう。

いずれにしても、インフルエンザ対策は、本腰を入れさえすれば、もう少し何とかなるような気がするのだ。
インフルエンザで死んでしまうよりは、学校や塾を休んだほうがいい。

*****
陰謀といえば、有名なのがある。
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(“War Guilt Information Program”、略称“WGIP”)というもので、これは受け売りだけれど、文芸評論家の江藤淳が『閉された言語空間』(文芸春秋・1989年)に書いているらしい。
第二次世界大戦終結後に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による日本占領政策として行われた宣伝。江藤は「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」とし、「日本の軍国主義者と国民とを対立させようという意図が潜められ、この対立を仮構することによって、実際には日本と連合国、特に日本と米国とのあいだの戦いであった大戦を、現実には存在しなかった「軍国主義者」と「国民」とのあいだの戦いにすり替えようとする底意が秘められている。」と主張している。また「もしこの架空の対立の図式を、現実と錯覚し、あるいは何らかの理由で錯覚したふりをする日本人が出現すれば、「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」は、一応所期の目的を達成したといってよい。そのとき、日本における伝統的秩序破壊のための、永久革命の図式が成立する。」とも主張している。

江藤によれば、“WGIP”によってすべては「軍国主義者」の責任であって、米国には何らの責任もないという論理が成立可能になる。大都市の無差別爆撃も、広島・長崎への原爆投下も、「軍国主義者」が悪かったから起った災厄であって、実際に爆弾を落した米国人には少しも悪いところはない、ということになる。

また一方で、やはり有名な説。

安岡正篤の記憶によれば、日本において、第二次世界大戦終結後、GHQが日本の占領政策を実行するにあたり、基本原則としての「3R」、重点的施策としての「5D」、補助政策としての「3S」を策定した。 この「3S政策」により、日本では性風俗が開放され、映画やエンターテイメントが興隆し、プロ野球をはじめとするスポーツが国民行事となった。スクリーン(映画)、スポーツ、セックス(性産業)またはスピード(クルマ)は大衆の欲望動員による娯楽であるが、それらに目を向けさせることにより、民衆が感じている社会生活上の様々な不安や、政治への関心を逸らさせて大衆を自由に思うがままに操作し得るとされる。

この政策と「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」により、日本のマスコミや教育現場が当時のGHQによる検閲を経て、現在に至るまで「自己検閲」を続けることによって日本の弱体化を図ったものとされている。

*****
さて、陰謀説を考え付く側の脳の問題であるが、
妄想とその体系化という興味深い問題がある。
被害妄想という成分が広く心に染み付いているからこそ、
陰謀説も流布するのだろう。

壁のしみはほとんど任意の図形に解釈できそうなものであるが、
多くは人の顔だったりする。

どのような解釈も可能なようでいて、被害妄想的に解釈する心の傾きが人間にはある。



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日本上流階級の危機

日本上流階級といっても
米欧と比較すれば見劣りするとかの論はひとまず置く
国内での比較的優位な階級の実情である

しばしば引用される統計では
東京大学の学生の親の年収が
早稲田や慶応はじめ市立有名大学の親の年収を上回っている
このことを理由に階級社会とか格差固定とか言われることがある

これは名目年収であったり税金の納入額からの収入推定であったりして
実際の経済力とは一致しないことがまず一つ留意点である

あからさまに税金で補足されているようでは
まず大物とは言えない

しかしそれは細かなことで、
税金を補足されるレベルのものであっても
比較的高収入であることには変わりはない

とすると
一斉試験で才能を見つけ出して訓練する方式を繰り返して見つかる秀才は
すでに掘り尽くされたということになる
才能の新しい人脈はないということだ

繰り返しても親の世代を反復するだけだとしたら
たいして新しいDNAは出現しないことになる

保守階層の構造は
下級階層の中から才能を補給して自分たちの階層に取り込こむことによって成立する。
二代目三代目で本当の保守になる

そうでなければ親と同じ程度の頭の人間が親と同じ程度の仕事をするわけで
たいして進展は見込めない

東京大学の学生の親の年収が最高ということは
この日本では飛び抜けた才能がもう生まれていないのではないかとの推定に結びつく

過去においてははそうではなかった
田舎のひどい教育にもかかわらず天才的な能力を発揮する人間がいくらも輝いていた

なぜいなくなったのか

統計的なばらつきが少なくなったのか
全体が低位にシフトしたのか

ばらつきについては検定できるので
結果から言うとばらつきが少なくなったことはない

全体が低位にシフトしたのである
それをゆとり教育のせいにするが
たぶんゆとり教育さえも結果であって
ゆとり教育しかできなくなった原因Xがある

ーーーーー
同時期に日本に起こっていたことは原因不明の発達障害である
これは発見当時は上流階級の子弟によく見られたもので不思議がられた
その後、下層階級にも拡大した

拡大したとは言いながら
昔のMRの言いかえとしてADHD,ADD,LD,PDDなどが言われた面もあるので
その点は差し引きで考えなければならない
そこには原因Xは関係していない

結論から言えば
日本の知性は
1990年ころから発育の途中で頓挫する例が多発しており
ある原因Xがなければ普通の発育をするものは発達障害のひとつの形をとり
ある原因Xがなければ天才であったものは東京大学に入学する程度の才能にとどまることになった
大学入学程度のものは勉強すれば身につく

このことが日本の経済発展の根本的な障害になっており
借金が増え続けるのもその結果である

全員で知性の劣化を強いられたのだから現在の結果は当然である

ーーーーー
同類型はHIVなどでみられる
最初は男性同性愛同士の間で広がり
後には一般に拡大した
しかし郡別をしてみれば
男性同性愛同士に深く濃く蔓延している

日本上層階級に原因Xが蔓延しているので
一方では発達障害の多発、一方では高額所得者子弟の東大入学として結果している

発達障害の多発は説明しやすいとして
高額所得者子弟の東大入学率が高いことはもう少し説明が必要だ

上位層のばらつきがそのままで、全体が下位にシフトしたとすると
一定割合は下層階級の出身者が占めるはずであるが
そうなってはいない

知能は低いほど環境の影響を受けるという法則が有効になる
豊かな環境で得をするとすれば
それはある程度低い知性なのだ

下層階級の天才が絶滅したのはなぜなのか
やはり原因Xのせいなのか
それもやはり謎である

ネット、携帯、テレビゲーム、ネットゲーム、
レトルト、冷凍食品、ファストフード、朝食抜き、
騒がしい音楽のイヤーホン、人の話を聞かない大人、
核家族化、ギャングエイジの過ごし方の変化、
父親の地位の変化、変な野菜、変な肉、変な惣菜、回避的人間関係、自己愛的性格傾向、
女性のタバコ、アルコール、水、子宮頸がん



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