SSブログ

この胸の高鳴り

この胸の高鳴りとか
あのすばらしい愛をもう一度とか
いうのだけれど
その内容に少なくとも二つあると今の私なら分る
プレとトランスがあるのだ

薔薇を見たときにも心は高鳴り
不思議な感覚に襲われる

でも現実の唯一の異性に感じるというのは
それとは別の次元のことなんです

結構よさそうな女性たちと
その唯一の女性との決定的な違いが
何といっても
決定的すぎる

結構よさそうな女性たちは
程々に甘美で誘惑の唇をプリプリさせ
瞳は刺激的で
ここでは言えないような身体的諸特徴を呈し
非常にぬるぬるとなり
心理的にも非常に従順、利発、機知に富み、あくまでも肯定的で
女性ホルモンのオーラを全身隅々にまで充満させているもので
そんな人達は実はたくさんいるものだ

しかし唯一の人は本当に唯一の人で
私にとって母親が一人であることよりもさらに明白に唯一の人である

と、ここまで言い切る私であるが
拒絶されたときの絶望が怖すぎて何も言えないのだった

多分墓場まで抱いていくだろう

殉じるに値する唯一のものである

Bryan Caplan のリバタリアン・ピュアリティテスト

あなたはどの程度のリバタリアンですか? Bryan Caplan のリバタリアン・ピュアリティテストを受ければそれがわかります。

以下はこのテストを翻訳したものです。とりあえずリバタリアンの主張/政策判断の日本語簡易一覧として役立つかと思います。

Part I (穏健派リバタリアンの主張/政策判断)

→全64項目のうち1~30
→各1ポイント、配点30/160
1. 税金は高すぎる
2. 政府は金を使いすぎる
3. 政府は規制をしすぎである
4. 自由貿易を尊重する
5. 最低賃金は廃止すべき
6. 家賃統制は廃止すべき
7. 都市計画法は厳しすぎる
8. 高齢者向け医療保険は手厚すぎる
9. 社会保障の給付金は多すぎる
10. 郵政は民営化されるべきである
11. 学校バウチャー制度は公立学校を改善する
12. 移民法は緩和すべきだ
13. 住宅バウチャー制度は公営住宅を改善する
14. 政府はもっと公有地を売却すべきだ
15. 労働安全法は厳しすぎる
16. 医薬品認可には時間がかかりすぎる
17. 政府は貧困対策プログラムに支出しすぎている
18. (医師や配管工、その他の職業の)免許制度は厳しすぎる
19. 政府は大学教育に金を使いすぎている
20. 連邦準備制度理事会は自由裁量権を持ちすぎている
21. マリファナは合法化されるべきである
22. 大人の合意の下でのセックスはすべて合法であるべきである。たとえ金のためであっても
23. 本・新聞・ラジオ・テレビ・インターネットなどはすべて表現の自由をもつ。たとえその意見やテーマが攻撃的で人を不快にさせるようなものであっても
24. 私的なクラブはそのメンバーを選ぶにあたり独占的な権限をもつべきである。たとえそれが差別的であろうとも
25. 国に対する奉仕活動にはすべて反対である
26. 徴兵制に反対である
27. アメリカは他国に干渉しすぎである
28. 軍事予算を減らすべきである
29. アメリカは裕福な同盟国の国防に援助するべきでない
30. アメリカは有事の際、できるだけ民間の標的を避けるべきである

Part II (本格派リバタリアンの主張/政策判断)

→全64項目のうち31~50
→各3ポイント、配点60/160
31. どの税金も50%以上減税されるべきである
32. 政府支出は50%以上カットされるべきである
33. 連邦規制機関の少なくとも半分は廃止されるべきである
34. 独占禁止法は廃止すべきである
35. 公立学校と公立大学は廃止すべきである
36. 福祉制度は廃止すべきである
37. 社会保障制度は廃止すべきである
38. 高齢者向け医療保険制度は廃止すべきである
39. 公有地はすべて私有化されるべきだ
40. ごみ処理・消防など自治体によるサービスはすべて民営化されるべきだ
41. 移民法は廃止すべきである
42. 食品医薬品局と医師免許制度は廃止すべきである
43. 連邦準備制度理事会の独占的な権限を一切なくすべきである。またマネタリーベースは凍結されるべきである
44. 労働安全法は廃止すべきである
45. 最高裁判所はすべての経済規制を違憲だとして取り消すべきである
46. 大人の麻薬使用はすべて合法にすべきである
47. 差別禁止法はすべて廃止すべきである
48. 軍事予算は少なくとも75%以上カットするべきである
49. アメリカはヨーロッパ・アジア・その他の外国基地から完全に撤退すべきである
50. 敵国であっても民間人を爆撃対象にすることは道徳的に殺人に等しい

Part III (急進派リバタリアン=アナルコ・キャピタリストの主張/政策判断)

→全64項目のうち51~64
→各5ポイント、配点70/160
51. すべての税金は廃止されるべきである
52. 高速道路も普通の道路もすべて民営化するべきである
53. 連邦準備制度は廃止し、自由銀行制と民間発行貨幣で置き換えるべきである
54. 法律に関することはすべて判例法・仲裁・私的法機関で置き換えるべきである
55. すべての政府は生来的に悪である
56. 政府は不必要悪である
57. 警察は民営化するべきだ
58. 裁判所は民営化するべきだ
59. 法律そのものが民営化されるべきである
60. 国家は武装解除され、その軍隊は解体されるべきだ
61. 「私的制裁(vigilante justice)」は道徳的に許容される。たとえそれが政府の指導者に対するものであっても
62. 寄生者的支配エリートの利益のために生産的な構成員から搾取すること、これがすべての政府の本質である
63. 国家はなくなるべきである
64. 私はアナルコ・キャピタリストである


空回りを終わらせる

空回り的な試みを

終わらせよう

能力と課題がかみ合っていない

資質と環境を適合させる

今の環境は偶然に過ぎないではないか



解決志向アプローチ SFA(Solution Focused Approach)

解決志向アプローチの仮説は、およそどのような問題も永遠に続くことはない、どんなに深刻に見えても、問題が起きていない時や問題が比較的軽度の時、すなわち例外があるということである。その「例外」の状況から、解決の糸口を見つけていく。解決をささえるものの原因を複数見つけだし、拡張させ良循環させることである。

寝ている間に奇跡が起きて問題が解決してしまったとしたら、朝起きて、どんなことからそのことに気づき、そのようになったら、どうしますかと尋ねて、解決した状態をイメージさせる方法である。解決した状態がイメージできたら、その解決行動を作りあげるべくこれまでと異なった問題に対処するパターンを導入していく方法である。

SFAでは、まず、クライエントの問題を傾聴しながら、コンプリメント(労う、認める)を十分に行い、例外(クライエントの問題が起こっていない状態)や解決の手がかり(リソース)をクライエント自身が探索できるように、様々な質問を行う。それから、ウェルフォームドゴール(よく形成されたゴール)について話し合う。SFAの質問には、ミラクル・クエスチョン、コーピング・クエスチョン、スケーリング・クエスチョンなど特徴的なものが多く、クライエントとカウンセラーとの関係性のタイプを査定し、それに応じて質問や提案を選択する。最後に次回までの提案をし、次の回の面接では、「何が良くなったか」を詳しく尋ねるという流れをたどる。

うまくいっているのなら、変えようとするな。
もし一度やって、うまくいったのなら、またそれをせよ。
もしうまくいっていないのであれば、違うことをせよ。

ーーーーー
問題の原因がわからなくても、人には問題を解決する力を持っている

カウンセラーは、その何気ない会話の中から、クライエントの持っている力(リソース)を見つけ出します。
場合によっては、カウンセラーは過去の問題に軽く触れることもあるかもしれませんが、負担をかけないようにして、クライエントのリソースを見つけていくのです。

心理療法の多くは問題となる症状や行動の原因を追究して、改善していくものですが、この解決志向アプローチでは、未来の解決した姿を構築して、短期間で改善を目指します。

SFA(Solution Focused Approach;解決志向アプローチ;解決志向短期療法)

ーーーーー
インスー・キム・バーグの解決指向アプローチ
我々が無意識に選択している
戦略を具体的に明示しているように思う




手で作る影絵

t090211-1.jpg

実体と影は考え続けてきたテーマ
結構いいメタファーだと思う

こころは影だと思う

強迫性障害の行動療法 飯倉康郎

強迫性障害の行動療法 飯倉康郎/編著
金剛出版 2005年3月
 
本書の著者らが所属する肥前精神医療センターと九州大学精神科は、強迫性障害に対する行動療法の臨床研究を行っている数少ない医療機関の一つであり、20数年にわたって強迫性障害患者に対して行動療法をいかに適用していくかについて模索してきた。長年の実践で培ってきたその技術が、ここにまとめられた。本書では、より理解しやすいよう図表を多用し、行動療法の詳細についてきわめて具体的かつ丁寧に解説した。

[目次]
第1章 行動療法概論
第2章 強迫性障害の行動分析と治療の基本
第3章 強迫性障害の外来治療
第4章 強迫性障害の入院治療
第5章 強迫性障害の入院治療の看護
第6章 症例検討
第7章 強迫性障害の行動療法における“動機づけ


高速を逆走

何が驚くって
高速を走っていて
誰かが逆走してきたら
それは驚くだろうが
そんなことが最近は起こっているのだと
新聞記事に出ていた

恐ろしいことだ

私も高齢者なので書いても侮辱にならないと思うが
記事によれば高齢者でそのような逆走をする例もあるのだとか

変だな?と思わないのか!

大木と悟り

112211.jpg

人間が悟ると
日立の大木のようになるだろうと思う

考えてみればやはり義経の悟りは正しい
無用の戦いはしない方がいい

それにしても
大木はいい

義経の悟り

義経の最後のあたりの心境は
仏教でいう悟りと考えていいのだと思うけれど

自分を生かすためには生きていた方がいいというのも真実だと思うので
生き続ける気力をなくして
責められてあくまで抵抗せず死んでしまうのはやはり
一種の気力の喪失でうつ状態の一種だったのだろうとは思う

兄である人にこのような仕打ちをされたら
実際、世の中も人生も嫌になると思うし、
人生の絶頂があっただけに、おなさら、この先のことはつらく思われるだろう。

しかしその場合、
鳩が自分で身を引いて、そのあと鷹ばかりが残る社会でいいのだろうかとの議論はあると思う。

鷹を封じ込める高度なシステムを鳩は作らなければならない。

ニンテンドーDS ココロスキャン

ニンテンドーDSのソフトの一つ、
ココロスキャンマイクに向かって話すと、
喜び、怒り、がっかり、平常心、興奮の5つの感情を読み取り、
点数化される。

なにやらバウリンガルを思わせる。
この延長でうつ傾向のチェックが出来ないかという話だ。
初期うつ状態における感情の遷移を測定し、
一定のパターンを見いだす研究とのこと。

セックスで嘘をつく

セックスは結局嘘をつくことが出来る
嘘がつけないのは精液の濃さではないかと密かに思う

今度彼の濃度を測定してみたらいい

唯一無二の出会い

どんなに高いハードルでも関係ないと思えるような
唯一無二の出会いが世の中にはあるものだと痛感する

男性で言えば、その女性に会っていると、バイアグラを飲んだ状態になります
それはもう次元が違うんですよ
 (なんて力説している私は恋愛体質なんですね)

実際、本当にバイアグラ飲んだ時と同じ状態で
身体状態が明らかに違うんです
バイアグラ飲んでもすぐにエレクトするのではなくて
心臓は軽度に持続的にドキドキして
体中の毛細血管が拡張して
首から上は火照っていて
何だか脳に血液が集まるような感じもして
鼻が詰まるんです

それと同じ反応がバイアグラを飲んでいないのに
その女性に会ったときだけ、それも話をしただけで、起こる
見かけただけでは起こらないです
話をしていると起こる

これを知らない男性が恋愛とか好きとか言っていても
おままごとのような気もする
ひょっとしたら知らないほうが幸せというものでもある
自分でもどうしようもないし、女性もどうしようもない
その気持ちに忠実に動いたとして社会的に有利なものとは言えない

その時点では女性も身体で反応して乳首が痛くなり濡れているに違いないと
こちらとしては確信するものの
それはこちらから見た期待でしかないかもしれない
こんなことを確認できるような関係でもないし、そんな男だと思われたくなかった

次元が違うっていうのは確かにある
というか本当にあったことで
私の恋愛観は根本的に変わった

「いい人だなあとか、きれいだなあとか、素敵だなあ」とか
それはたとえば薔薇の花を見てきれいとか言っているのと同じなんでしょう

これは違うんです
(まあ、こんな事言っていてもしかたないな
もうこれは語ることではなくて実行することなので)

でもね。アホなひとがいたとして、単に軽はずみで、女が好きという場合と、
上に書いたような特別な場合と、やはり区別がつかないんですよね、他人には。

そしてアホな男にも区別が付いていない。
好きとはこういうことかとそれぞれの人が思っているだけで。

富士山に登った人だけ
高い山はこんな感じかと感得できるわけで
そうでない山に登って
高い山だと感じていても
まあ、それはそれで、高い山には違いないし
富士山よりも高い山もいくらもあるので
富士山だからと威張るものでもない

いままで、女性に多いのだけれど、
この人ダメ、この人なんとなくよい、というような直感判断があり、
それはうっすらとではあるが
私の脳内バイアグラ体験と似ているのかもしれないと思って
確認すると、それは明白に違うという

男女の性欲はこんなにも違うし
惚れるという内実もこんなにも違うわけだ

これって説明できないし、共有できないし、しかし本人にとっては
あまりにも自明のもので否定しようもない

しかしまあ直感も時間がたてば
ドキドキ感とかなくなるけど、もっと大きく、深く、穏やかなものに
なるというような感じではあるのだろうが
いまのところは完全にドキドキ持続で脳内バイアグラが出続けている

知り合いの男性、8年間思い続けて、7回つきあってと言って、
断られ続けた末、8年目に女性から連絡があり、
つきあうことになり、2年つきあって3年前に結婚した。
それくらい好きな人と結婚すると、もう全て彼女だったら何をやっても何をいわれてもいいと思うらしく、
一緒にいられることがいつも幸せに思えるらしい

両方が思っていて無理をしないで自然にしていて
そのことがお互い自然で心地良いというような関係性

そこまで思えるのはそれ自体すごい
相手に対して、何も望んでいない
自分のそばにいてくれること以外は望まない

しかし私の場合はどうしても教育したくなるし自分好みに調教したくなるし
完全な一致を求めるし
もっとよくなれるならなりたいと希求してしまう、ような気もする
素材としては100点としてそれなら次は磨きたいと思ってしまう
自分勝手は承知だし
それが世間でいう俺様なんだよと言われそうだけれど
自分としてはそれとは少し違うレベルで
素顔のままでいいんだよと100パーセント認めて
しかし次の段階があるのだと誘惑したい感じだ
そこまで行ってはじめて誘惑できる
そんな感じがするのだけれど説明も難しい

このあたり、もう少し言うとプレとトランスの錯誤だ
たとえば原始的な土俗信仰的な宗教、あるいは程度の低い信仰、
それらと、真に精神性の高い信仰行為、悟り、awarenessと
私にすれば明らかに違うわけです

しかし、近代合理主義者は宗教というだけで「ああ、宗教ね」と片付ける
これは低次元のプレと、高次元のトランス(ポストともいう)の錯誤と呼んでいます
プレとトランスの錯誤はあちこちにあって
わからない人を
プレなのにトランスだと錯覚させて商売している人とかたくさんいるわけです

自分自身でもプレなのにトランスだと錯覚して自己満足している人はたくさんいる
私もそうかも知れなくてなかなか確認は難しい
実際、つい私は先日まではプレの恋愛絶対主義者だった
いまその女性を知ってからはトランスの恋愛絶対主義者になったような気がする

まず、強く思い、思われる、ただ存在してくれるだけでいい、
というのは全面的に賛成です
経済的にも特に何もしてもらわなくていいし、
生活実務のことなどはお金で解決できるし、自分でしてもいい
都会はそんなサービスはたくさんある
ただ享受者になればいい

デートコースをあれこれ考えている暇があったら
さっさとディズニーシーのチケットとホテルの予約をした方がいいという話もある
専門家がセットするデートコースなんだから手作りのものよりは上質だろうと
しかしわたしはそうは思わないので困る
お金で解決できるところは解決してしまっているので
その先の問題

全身フルで美容整形も脱毛もエステもしているわけで
その先の話

ただそのままでいいのだけど、そのまま、あるがままというところに、
プレ/トランスの事情があるのだということを理解するかどうか

たぶん女性自体は何を考えているわけでもなくて
そのまま自分のままなんだろう
それを見る私の側が変になっているのだ

まあ理解していなくても自然に出来る人がいるので
こんなふうに説明する必要はないのかもしれないが
こうして書いてみると不整合部分はあるにしても
人に説明するとすればこんなことという程度の話

有島武郎という人が波多野秋子と婚姻外恋愛をして
縊死心中をする

この事情をまるごと引用すると以下のようだ

ーーー
妻の安子と死別してから、武郎は女性と無縁でいたわけではなかった。
彼は「或る女」執筆のため円覚寺の別院にこもっていた頃、休み茶屋の女と体の関係を持っていたし、円覚寺近傍の寿司屋の娘とも愛人関係にあり、この関係はその後もずっと続いたといわれる。他に彼は帝劇の女優唐沢秀子と恋愛中であり、石川県選出の代議士夫人桜井鈴子からも、しつっこく追い回されていた。

そんな彼の前に現れた波多野秋子は、「婦人公論」誌の記者だった。
彼女は某実業家が新橋の芸者に生ませた私生児で、青山学院に学びながら波多野春房の英語塾にも通っていた。やがて彼女は波多野と愛し合って結婚し、高島米峰の紹介で中央公論社に勤務することになった。同じ頃、波多野も知人の斡旋で火災保険協会の書記長になっている。

不思議なことに、波多野秋子の写真は一枚しか残っていないようで、どの本を開いても同じ写真しか掲載されていない。その写真を見るかぎり、彼女はそれほど美しかったとは思えない。武郎の友人達は、彼にふさわしい女はほかにもっといたと証言する。が、室生犀星は秋子には、「眼のひかりが虹のように走る」感じがあって魅力的だったと言っている。生前の秋子に会っている里見弴や足助素一は、彼女にあまりいい印象を持っていない。彼女からコケティッシュな印象を受けていたからだ。

大正11年の冬頃から武郎に対する秋子の攻勢が始まった。が、武郎は彼女に何となく恐ろしい感じを抱き、深入りすることを避けている。翌年の春になると、秋子はますます執拗に武郎に迫るようになり、そうされると何時でも抵抗力を失ってしまう武郎は、遂に秋子と行くところまで行ってしまう。だが、直ぐに武郎は反省し、逢い引きの約束を取り消す手紙を書いている。

(逢い引きの約束を破る理由は)愛人としてあなたとおつき合ひする事を私は断念する決心をしたからです。あなたにお会ひするとその決心がぐらつくのを恐れますから、今日は行かなかったのです。私は手紙でなりお目にかかってなり、(秋子の夫の)波多野さんに今までの事をお話してお詫びがしたいのです。

・・・・あなたも波多野さんの前に凡ての事実を告白なさるべきだと思ひます。而してあなたと私とは別れませう。短い間ではあったけれども驚く程豊に与へて下さったあなたの真情は死ぬまで私の宝です。涙なしには私はそれを考へることが出来ません。
 
・・・・あなたが自分ではとても死ねないと仰有る言葉なぞも私にはよく解ります。而してあなたのそのやさしい心をなつかしく思ひます。死んではいけません。
この手紙から、二つの事実が明らかになる。
一つは、秋子が自分の夫を高潔な人格者であり、妻である自分を純粋な気持ちで愛してくれていると誇らしげに武郎に説明していたことであり、もう一つは秋子が武郎を道連れにして一緒に死ぬ気になっていたことだ。武郎には、女と死ぬ気はなかったし、秋子の夫がそれほど立派な人物なら、彼を悲しませるようなことをすべきでないと考え、秋子に別れることを提案したのである。馬鹿正直な武郎は、二人揃って秋子の夫の前に出て謝罪すべきだと考えていた。

秋子も一旦は武郎と別れることを承知した。が、関係はすぐに再燃し、二ヶ月後の6月4日に二人は船橋の旅館で泊まってしまう。この時にも秋子は死ぬことを迫り、武郎は逃げ切れなくなって、10月になったら実行すると約束している。

秋子は何はともあれ心中することを武郎に承知させ、満足して翌日帰宅した。秋子が武郎に打ち明けたところによると、彼女の帰宅を待ち構えていた夫は夜通し彼女を責め立て、しまいには催眠術まで使ってすべてを白状させたという。だが、「催眠術まで使って」というところに釈然としないものが残る。彼女は武郎の気持ちを揺るがぬものにするためには、むしろ二人の関係を夫にばらした方がいいと考えた節がある。

翌6日、武郎は秋子と共に波多野の事務所に呼び出された。
実際に会ってみると、波多野春房というのは、とんでもない男だった。この日、波多野と武郎が取り交わしたやりとりは、足助素一の「淋しい事実」のなかに克明に描かれている。武郎は死ぬ前に、秋子との関係、秋子の夫との関係を総て足助に打ち明けていたのである。足助の「淋しい事実」の内容は、里見弴の「安城家の兄弟」にほぼそのまま引用されている。以下は、「安城家の兄弟」からの抄録である。


(波多野春房は事務所に現れた武郎に)「お前は有名な吝嗇ン坊(しわんぼう)ださうだから芸者なんぞに係わり合ふことはし得ないで、金の要らない人妻ばかり狙うんだらう。敏子(秋子)は、自活の出来る職業婦人だから、その点、益々好都合だと思って誘惑したんだらう」
       
 と、頭から罵言を加へて置いて、「それほどお前の気に入った敏子なら、慰斗をつけて進上しないものでもないが、併し俺は商人だ。商売人といふ者は、品物を無償で提供しやアしない、敏子は、既に十一年も妻として扶養して来たのだし.それ以前の三四年も俺の手元に引き取って教育してゐたのだから.それ相当の代金を要求するつもりだ。俺ぁこんな恥曝しをしては、もう会社にも勤めてゐられない。これ、この通り辞表も書いで来てゐるんだ」

と、言って、和洋二通の辞表を出して見せた。そこには、「家庭内に言うに忍びざる事件起り」といふやうな文言もあった。   
 なほ続けて言ふには.

「敏子は、今すぐにでも離籍してやるが、併し、それでい~気ンなって、おいそれとお前たちが夫婦になるやうなまねは断然許さん。少くも一年か一年半たってからでなくっちア、第一世間がうるさくって困る。それから、金は、一度だけ支払えばそれですんだと思うな。俺は、吝嗇ン坊のお前を、一生金で苦しめてやるつもりなんだから。それは今から覚悟しておけ!」

 この調子だった。文吉(武郎)は、かねて敏子から、どれほど良人に愛されてゐるか!といふやうな話ばかり聞かされてゐたので、この会見にも、「お前たちはとんでもないことをしでかしてくれたもんだ。敏子は、俺には一日もなくてならないもんだったのに!」といった調子を予期し、それには一言の返す言葉もないと、恐縮しきってゐたのだが、案に相違した罵詈讒謗に、却ってすっかり気持を楽にして了った。で、まづ自分には、命がけで愛してゐる女を、金に換算し、取引するやうな、そんな侮辱は自他のために所詮忍び得るところでない、と拒絶すると、

「よし! ぢア、ニれからすぐ警視庁へ同行しろ!」
   
 と、息巻いたが、文吉は、もとより望むところと、即座に、

「よろしい、行かう!」

 と座を立った。──これは、明かに萩原(波多野)の予算違いで、もしさう言ったなら、ひとたまりもなく文吉が震え上がり、床に額を摺りつけて、哀訴嘆願するものとばかり思いこんでゐたらしい。で、ややたじろぎながらも、

「お前は、警視庁へ行ったら、敏子を裏切って、美人局だなんて言び張るつむりなんだらう!」

と、一喝しておいて、更に、「お前は、今のうちこそ、そん空威張りをしてゐるが、実際監獄にはいってみろ!お前には三人の子供や、また老(としと)った親もあるって話だが、さういふ人たちのことは、何とも思わないのか!あとなんぞ、どうなって構わないっていふのか!……俺にしたって、十一年も一緒に暮して来た、無邪気な、まるで鳩みたいな敏子を監獄へなんぞやりたかアない。いくらお前が吝嗇ン坊だって、まだしもそれア、金で始末をつけた方が楽だらうぜ!」

そこで文吉は、
「・・・・・いづれにせよ、僕は愛する女を金に換算する要求には、断じて應じられないんだから、一時も早く警視庁に突き出して貰はう!」
           、
これには、萩原も手こずった様子で、おどしたりすかしたりして、文吉の決心を翻さすことに努め、最後に、

「どうしてもお前が支払いを拒むんなら、一人一人お前の兄弟たちを呼びつけて、お前の業晒しをしても、きっと金は取ってみせるからさう思え!」

と罵り・・・・・食堂へおりて行ってしまった。(「安城家の兄弟」里見弴)
波多野と別れた武郎は、その足で当時入院中だった足助を訪ね、波多野との会見の一部始終を打ち明けている。武郎が帰ってから足助は、あれこれ考えた末に、さしあたり波多野に金を払って相手の気持ちを落ち着かせた方がいいのではないかと思い、夜になってから武郎の竹馬の友で、彼とも親しかった原久米太郎に直ぐ上京してくるように電報を打った。

足助は波多野が弱腰になったと聞いて、原を間に立てて波多野と掛け合えば、先方の要求する金額を値切ることもできるし、今後、金の要求はしないという念書を書かせることも可能だと思ったのだ。世慣れた原に一任すれば、事を穏便に納めることができると判断したのである。

翌日、足助は病院を抜け出して武郎の住まいに出かけた。武郎のところには、波多野秋子も来ていた。足助が原久米太郎に交渉を任せるように献策すると、武郎は首を振って、相変わらず、愛する女を金に換算することは出来ないと言い張るのだ。

そればかりか、武郎はまるで夢見るような口調で、こんなことを言い出した。


「…情死者の心理に、かういふ世界があることを解って呉れ。外界の圧迫に余儀なくされて、死を急ぐのは普通の場合だが、はじめから、ちやんと計画され、愛が飽満された時に死ぬといふ境地を。……死を享楽するといふ境地を。僕等二人は今、次第に、この心境に進みつつあるのだ。」


「‥………」


「君が僕を惜しんで呉れるのは能く分ってゐるが。・・・・・ああ、何といふほほゑましさだ。ねえ、秋子さん、こんな寂光土がこの地上にあるとは今まで思ひもそめなかったね」(「淋しい事実」足助素一)
波多野は、前日、武郎が帰って秋子と二人だけになったなったときに、「作家というのは姦通罪で入獄でもすれば却って人気が出るそうだから、もう、お前たちを訴えることを止めることにした。有島が金さえ出せば今度の件は、内聞にしておいてやる」と告げた。

足助の計画通りに事を運ぶには、弱気になっている波多野に強硬姿勢の武郎をぶっつけて活路を見いだす必要があった。足助が武郎と別れた時には、この線で突っ張ってくれそうな気配があったのである。武郎は姦通罪で入獄することを、むしろ望んでいるように見えたのだ。

武郎は私財を投げ出すことで経済的自殺を試み、「宣言一つ」を発表することで思想的自殺を試みるという風に、自分を徐々に破滅に向かって追いつめていた。その彼が姦通罪で二年間入獄すれば、今度は社会的な自殺を強いられることになる。彼は本当に自殺することを回避するために、擬似的な死を次々に重ねることを選んでいたのである。そして、今度もし監獄に入ることになれば、情死を迫る秋子の矛先をかわすことも出来るのだ。

武郎は森本厚吉と心中を企てるほど、深い親交を結んでいたけれども、当初は森本を好んでいなかった。秋子についても同じで、武郎は昨夜、病院で足助に、「秋子と長く同棲していたら、きっと倦怠を感じるようになると思う。彼女がそういう女だということは、今からもう分かっている」と語っていた。

だが、武郎はこの日、波多野の伝言を携えて訪ねてきた秋子と膝をつき合わせて話しているうちに、彼女に押し切られて死ぬことを約束してしまったのである。そもそも、姦通したといって自首して出ることなど、ありえない話なのである。被害者である夫が訴えて出て、はじめて姦通罪は成立する。武郎が、本気で自首を実行しようとしたら物笑いの種になるだけなのだ。

秋子に押し切られ、死を決意すると、武郎の胸に予想もしなかったようなよろこびがわいてきた。これで本来収まるべきところに収まったという気がしてきて、死を享楽するというような気持ちになったのだ。足助はこういう武郎を見て絶望した。そこで彼を説得することをあきらめ、秋子の説得に取りかかった。

「秋子さん、有島には三人の子供もいるし、老母もいるんです。武郎を殺さないで下さい」


すると、秋子は初めて気がついたというように武郎の方を向いて、「そうね、あなたには係累があるんでしたっけねえ」と空とぼけて話しかけ、「二人で解っていればいいのね」と足助には理解不能な言葉で武郎に念押しをする。秋子は、足助に取り合う気配を微塵も見せなかった。

足助は、かっとなって、「この女の冷たい目を見ろ。残忍そのものじゃないか。君はこんな女と情死するのか」と武郎をなじったが、武郎は口ごもって、「──どうもそれは、仕方のないことだ」とつぶやくばかりだった。足助は何の成果も得られず、引き上げるしかなかった。

武郎は、その翌日から行方不明になる。新橋駅のレストランでしたためた「二、三日旅に出る」という葉書が自宅に届いたきりで、消息が全く知れなくなるのだ。そして約一ヶ月後に軽井沢の別荘で縊死している遺体が発見される。その場に武郎自筆の遺書がなければ、誰のものか分からないほど二人の遺体は腐乱していた。

死を目前にして、したためた武郎の遺書には、次の文字が見える。


(足助素一宛)「山荘の夜は一時を過ぎた。雨がひどく降っている。私達は長い路を歩いたので濡れそぼちながら最後のいとなみをしている」

(森本厚吉宛)「私達ハ愛の絶頂に於ける死を迎える。六月九日午前2時」
波多野秋子は、なぜあれほど有島武郎との心中に執心したのだろうか。太宰治と死んだ女性も、また、不思議なほど心中することに執着していた。

彼女等は天下に名だたる一流作家を独占して、自分一人のもにしたことを世に誇示したかったのではなかろうか。秋子にとって情死は、女としての勝利宣言を意味するものだったから、武郎に3人の子と老母がいることはむしろ彼女の勝利を輝かす勲章になるのである。この世に未練を残し、後ろ髪を引かれる思いでいる武郎を、彼女が強引にあの世にさらっていったとすれば、彼女の女としての魅力を一層強く証明することになるからだ。

それにしても、有島武郎は何故秋子と心中したのか。ここに至るまでに、彼は再三死を迫る秋子の訴えを退けてきたではないか。「小さき者へ」を読んで感動していた読者は、武郎が三人の愛児を残して死んだことに驚かないではいられない。武郎は、この作品で幼くして母を失った子供達のために石にかじりついても生き延びると誓っていたと思われるからだ。

もともと秋子を高く買っていなかった武郎は、波多野の要求する金を払い、それを機に女と別れることも出来たはずなのだ。そうすればすべてが円満に収まったのである。にもかかわらず、武郎はこの情事が表沙汰になったことを利用するかのように、死に向かって飛び込んで行った。

有島武郎の不可解な行動を理解するには、ナルシシズムとの関連を検討する必要があるかも知れない。この観点に立って、有島武郎の生と死を眺めたら、どうなるだろうか。


彼の私小説風の作品──「小さき者へ」「平凡人の手紙」「An Incident」「死と其前後」を読んでいると、奇妙な尻こそばゆさを感じる。読んでいて、こちらが何となく恥ずかしくなってくるのである。

これらの作品からは、死んだ妻や三人の子供達に対する武郎の愛情がストレートに伝わってくる。だが、最初から最後まで純度100パーセントの愛情で満たされた作品を読まされると、読者は何かしら困惑を感じる。「An Incident」には、父親の嗜虐性のようなものや、夫婦間の感情的な齟齬などが描かれているが、読み終わって感じるのは、やはり純度の高い家族愛なのだ。

これらの作品を書くときに、武郎は家族に対する自らの愛情を疑っていない。彼は別に自分の愛情を誇ろうとしているのではない。けれども、彼は、おのれの感情の純粋無雑なことをいささかも疑っていないのである。これが読者をして面はゆい思いをさせるのだ。

これは足助素一の「悲しい事実」を読んだときに感じる面はゆさに似ている。武郎は自宅に駆けつけてきた足助に、

「君、どうか秋子を許してやってくれ。君から僕を奪った秋子を・・・・」

といって、自分の「裏切り」を詫びるのだが、足助の前でぬけぬけとこんなことを口にする武郎の神経は、やはり尋常とはいえない。

武郎が家族に対する自らの感情を疑わないこと、そして周辺の者の自分に対する愛を疑わないことは、表裏の関係で一体になっている。上流の家庭に生まれ、大事に育てられてきた人間は、自身の善意と自分に対する周辺の人間の愛情を信じて疑わない。その結果、彼等は成長してから「鼻下長族」と揶揄されるようになる。有島武郎が「鼻下長族」の一人だったことに疑いを入れないのである。

武郎は、幼時に父母から厳しくしつけられ、横浜の米人家庭でもキリスト教道徳を仕込まれた。外見上彼は周囲の大人達から過酷な扱いを受けていたように見えるけれども、彼を取り囲む大人達に悪意はなく、皆、武郎を一人前の人間にしようと願っていたのである。だから、スパルタ式の訓育を受けながら、武郎は彼等を恨むことがなかった。

自分の善意と周囲からの愛を信じていた彼を、直ちにナルシストと呼ぶことは出来ないだろう。「わが肉体は美の殿堂」と豪語した三島由紀夫は、金箔付きのナルシストだった。けれども、武郎のように自分の善意を信じていたというだけでは、自己愛主義者とは言えない。自分以外の他者を蔑視して、自分だけに排他的な愛を向けるときにナルシストになる。有島武郎は、他者を排除し自分だけを取り出して、これに一途に執着するような人間ではなかった。

彼は自分を肯定すると同じ気持ちで、他者を肯定しようとし、自分を愛するように他者を愛そうとした。そうした努力の末に、自他の融合を感じることが出来たから、「愛は惜しみなく奪う」というテーゼも生まれてきたのだ。武郎は森本厚吉と抱き合って誓いを交わし、「悲しい事実」の足助素一とも、秋子の見ている前で抱き合って、号泣している。こういうときに、彼は相手の人間性が自己の内面に流れ込んだように感じ、相手の内面を奪い取ったと感じたのである。

しかし彼は、かなり早い時期から周辺の人々の他者性にも気づいていた。父母や弟妹の中にも、恋人の中にも、友人の中にも、自分とは融合できない別人格のあることを感じ取っていたのだ。彼の精神は、自他の善意と愛を信じているときには安定し、人々の他者性を意識したときに不安定になった。もっとハッキリ言えば、彼はナルシシズムに包まれていたときに、安定し、それが醒めたときに不安定になったのである。

彼が自分を否定しているときに安定していたという奇妙な現象も、これで分かるだろう。彼は自分の善意に絶対的な信頼感を抱いているときにのみ、果敢に自己の欠点に切り込み、自らを厳しく断罪できたのである。自信のある人間は、平気で自分の欠点を認めるものだ。うちに揺るがぬ自信を持っていたから、彼は自己をあんなにも厳しく否定できたのである。

しかし周囲の人間が信じられなくなり、ナルシシズムが薄れてくると彼は動揺しはじめる。河野信子や妻への愛情は反転し、面会日にやってくる思想上の同志達とは縁を切りたくなる。

死ぬ前の有島武郎は、「惜しみなく愛は奪うといってみたところで、実際には少しも奪いはしない」と語り、実質的にこれまでの楽観的な人生観を放棄している。自己を囲繞する人間たちの絶対他者性に突き当たり、自他融合の自信が揺らぎ出すと、彼は深刻なスランプに陥り、作品が書けなくなった。彼の創作意欲は、自分を全肯定しているときにのみ、活発に活動するのである。

だが、波多野秋子に強いられて情死を決意した瞬間に、自他融合の感覚がよみがえり、つまりナルシシズムの感覚がよみがえり、彼は寂光土にあるような安心を感じたのだった。彼の胸からは「小さき者へ」に記したような子供達への哀憐の情はすっぽり抜け失せ、「死を享楽する」気持ちが優位を占めた。

こうして夏目漱石の再来と言われた作家は、女の伊達巻きを首に巻いてナルシストとして死についた。





二度手間オトコに喝メールの話

採録

直井:先日、Webサイトのリニューアルの件で打ち合わせをした制作会社さんからメールがきたんです。どう返信したらいいのか悩んでて。こちらです。

thumb_580_ph1_px580.jpg

平野:おや?この前の打ち合わせをした会社じゃないか。あれだけ長時間の打ち合わせをしたのに、これじゃあ、先日の打ち合わせが無駄になってしまうなぁ。

直井:きっと里見さん、打ち合わせの内容をメモしていなかったんですよ。同席しながらも本件に自分は関係ないって思っていたのに、後日上司に「里見さん、見積もり書を出しておいてね」って突然ふられて、困ってメールしてきたのかも。

平野:条件をメールで送って済むなら、打ち合わせをした意味がなくなってしまうからねぇ。

直井:そこで、「こちらに手間をかけさせないでください」、と言いにくいことをやんわりと伝える返信をしたいんです。名付けて「二度手間オトコに喝メール」です!

平野:そうだなぁ。こんな感じでどうだろう?

thumb_580_ph2_px580.jpg

直井:わ~! さすが所長! 文面は穏やかですが、グサっとくるメールですね。

平野:伝えるポイントは2つ。1つは、打ち合わせが無駄になるような展開は望んでいないこと。もう1つは、里見さんが理解している情報を確認したいということだ。

 里見さんのようなタイプの人は、理解が十分でないために、勘違いをしやすいことが多い。だから、現時点で何をどのように理解しているのか確認してから進めないとダメなんだ。確認せずに新しい情報を詰め込むと、間違った理解で情報を更新してしまい、結果的に無駄なやり取りを増やすことになる。

直井:情報を整理するのは里見さんの仕事だってことが伝わるといいのですが……。

平野:分からないことを人に聞くのは間違っていないけれど、聞くことによって相手の貴重な時間を無駄にしたり、奪ってしまうことを忘れてはいけないんだよ。



二重人格メール女子の話

引用採録

ーー
「二重人格メール女子」が思い出深いです。コラムでは悪い文例しか出さなかったのですが、読者の方から「このメールのどこが悪いんですか?」というご意見が何件か届きました。ああいったメールを実際によく書いていて、違和感を覚えなかった方も多いようなんです。思った以上に、二重人格メールで損をしている人が多いってことですよね。私も、反面教師にして気を付けないと……。このように、女性特有のビジネスメール作法についても、引き続きウォッチしていきます。

直井:さっきうちに来ていた氷室雪子さんからお見積もりについてメールが来ました。

平野:もう連絡が来たんだね、クイックレスポンスとはいいじゃないか。

直井:でもぉ~~。こんなメールなんですよ……。

1_spx556.jpg
直井:さっき、「製品○○の導入を検討したいので、お見積もりをくださいね」ってお願いしましたよね。氷室さんは「会社に戻ったらすぐにお送りしますね」って笑顔で言っていたのに、このメールです。

平野:相変わらずメールが冷たいねぇ。氷室さんってうちの担当になってから長いよね? メールだと印象がずいぶん違うよ。

直井:そうなんですよ……メールもらうたびに、違う人からじゃないか? もしや別人? って疑ってしまいます。まさに、これは「二重人格メール女子」です。実際にお会いしたイメージは大和撫子って感じで、蚊も殺せないようなはかなさすら感じるのに、メールだと全く別人です。毎回ガツンとくるメールを送ってきます。

平野:確かに、さっきの打ち合わせからは想像すらできない文面だね。

直井:二重人格メール女子って、なぜか地味系な女性に多いですよね。だから強気なメールとのギャップに驚くんです。

平野:……地味系な女性に多いかは、僕の口からはなんとも言えないなぁ。でも、直井さんは、このメールをもらってどう感じたかな?

直井:氷室さんを怒らせるようなことをしてしまったのかなぁ? って心配になりました。だって、さっきまで、あんなに仲良くお話ししていたのに、どうしてメールはこんなに冷たくて怖いんですか?

 氷室さんのメールにはいつも、文末に「以上」って書いてあるのですが、冷たい感じがして苦手です。さらに本文の表現も冷たくてへこみます。それなのに、下を見ると「♪」マークがちりばめられているテンションの高い署名が付いていて、違和感があります。氷室さんが何を考えているのか、さっぱり分かりません。

平野:そうだね。情報としては適切だけど、ある程度、人間関係が構築されている仲にしては表現が冷たいよね。どこもかしこも受信者をイラッとさせる表現が満載だ。

 まず、お客様に送るメールとしては不合格だね。「もしご不明点があれば、明日も午前中会議ですので午後一でお電話頂くかメールにてご連絡ください」という対応は間違っている。確認が必要なら、お客様を動かすのではなく自分から連絡をするのがマナーだよ。

 「急ぎの対応が必要な際は、社内調整も必要ですのでご理解ください。」という表現も不適切だな。社内調整が必要なのは氷室さんだけじゃないよね。お客様への配慮より自社の都合を優先した表現は誤解を与えがちだ。

 しかも、ビジネスメールの署名なのに「♪」マークが満載。危険なメールだ。

直井:そういえば、こんなメールがきたこともありました。

thumb_580_2_px580.jpg

直井:以前、製品○○の調子が悪いっていう話をしましたよね。保証期間中だったような気がしたから無償で修理してもらえますか? って相談したんです。それで、このメールですよ。

平野:困ったメールだね。「保証期間が過ぎているために無償で修理することができない」と知らせるのは間違っていない。ただ、その代替案の提示の仕方が冷たいね。「~できません。」と断言すると、相手を突き放しているようにも受け取られかねないよ。また、「よろしいかと思いますので、よろしくお願い致します。」というような断定的な言い方も冷たく感じるな。

 おそらく、本人は自分のメールが冷たいだなんて自覚していないだろうし、指摘されても納得しないと思うよ。氷室さんのような人は、典型的なメール苦手人間なんだ。自分は正しいと思ってメールを送っているんだからね。

 ここであえて指摘をして事を荒立たせるよりは、こちらからはメール以外の手段を使ってコンタクトを取るようにするのが賢明だ。メールの返信に悩んだら、電話で話せば即解決さ。

直井:分かりました。じゃあ、ちょっと氷室さんに電話してみますね。所長、そこで聞いていてください。

平野:お、おう。わかったよ。電話してごらん。

直井:……、氷室さん、先ほどはありがとうございました。早速、お見積もりありがとうございます。…あ、はい。……そうなんですよ。………そうですね。よろしくお願いします。え? …へぇ~。いいですね! じゃあ今度うちにいらした時はぜひ! ……はい! では失礼します。

平野:どうだったかな?

直井:うちの研究所の近くにイタリアンのお店がオープンしたらしいんですよ。雑誌に載っていたようで、今度一緒に行きましょうって。

平野:え? お見積もりの件は? メールが冷たいって件は?

直井:あ! そうでした。ついつい、いつもの調子で食べ物の話に飛んでしまいました。

平野:コラ! 直井さん!

直井:でも、ちゃんとお話しましたよ。「対応可能な最短スケジュールを確認するので少しお時間ください」と明るい声で言われました。いつも通り、感じの良い対応でしたよ。怒ってなんかいませんでした。

平野:ほらね。氷室さんみたいな人とは予防のためにもメールを使わないようにするのがベストだよ。

直井: そうですね。美味しいお店の情報も、メールじゃなくて電話で聞くようにします。

平野:そういうことじゃないだろう……。

ーーー
なるほど
そうなんだろう



Happy New Year 2011-2

2011010224.png

カントリー歌手シャナイア・トゥエイン再婚、前夫の不倫相手の元夫と

カントリー歌手シャナイア・トゥエイン再婚、前夫の不倫相手の元夫と

トゥエインさんとティボー氏は、互いの伴侶の不倫により結婚が破綻した寂しさを慰めあっているうちに

ーーー
磁石で言うとSNのつながりで考えるとやっぱりそうかという感じ

データマイニング(Data mining)

データマイニング(Data mining)とは、統計学、パターン認識、人工知能等のデータ解析の技法を大量のデータに網羅的に適用することで知識を取り出す技術。DMと略して呼ばれる事もある。通常のデータの扱い方からは想像が及びにくい、発見的(heuristic)な知識獲得が可能であるという期待を含意していることが多い。英語ではknowledge-discovery in databases(データベースからの知識発見)の頭文字をとってKDDとも呼ばれる。


データマイニングの定義としては、「明示されておらず今まで知られていなかったが、役立つ可能性があり、かつ、自明でない情報をデータから抽出すること」

データベースにおける大量データを処理するための手法としてデータマイニングの概念が現れ、統計解析の手法や人工知能分野での検索技術等が応用されるようになった。

テキストマイニング(text mining)は、テキストを対象としたデータマイニングのことである。通常の文章からなるデータを単語や文節で区切り、それらの出現の頻度や共出現の相関、出現傾向、時系列などを解析することで有用な情報を取り出す、テキストデータの分析方法である。

NTTデータ 日本語解析エンジン「なずき」

テキストマイニングは、言葉的にはデータマイニングと似ているが、その効果は異なる。データマイニングが顧客個人の購買傾向を分析するなどの目的で行われるのに対し、テキストマイニングは顧客個人の特性よりも提供側の状態を把握する面において威力を発揮する。例えば商品の評価や顧客サービスの問題点などを把握することができる。

ウェブマイニング (英: web mining) とは、ウェブサイトの構造やウェブ上のデータを利用したマイニングのことである。ウェブ上にあるデータやコンテンツ、テキスト情報から役立つ情報を抽出する処理のことで、掲示板やブログ、商品レビューの情報から意見・評判を抽出するシステム、SNSサイトやEコマースサイトからの人間や商品の関係性を抽出するシステムなど、多数の研究者により多くの研究が行なわれている。



人間の価値・ニーズ理論

人間の価値・ニーズ理論

情緒的ベネフィットの上位概念にある人間が究極に求めている価値です。様々な理論がありますが一部をご紹介します。

マズローの欲求理論
1)生存ニーズ
2)安全ニーズ
3)帰属・愛ニーズ
4)自尊・尊敬ニーズ
5)認知的拡大ニーズ
6)審美的ニーズ
7)自己実現ニーズ
8)自己超越ニーズ

LOV(List of Value)
1)安全
2)温かい関係
3)帰属
4)楽しみ・娯楽
5)興奮
6)自尊
7)達成感
8)他からの尊敬
9)自己充実

ロキーチの最終価値
1)快適で繁栄する生活
2)刺激的な生活
3)達成感
4)平和な世界
5)美しい世界
6)平等な機会
7)家族の安全
8)自由
9)幸福
10)内面の調和
11)成熟した愛
12)国家の安全
13)快楽
14)魂の救済
15)自尊
16)社会の承認
17)真の友情
18)知恵


新しい消費者の 10の特徴

新しい消費者の
10の特徴


1)慢性的な時間不足(タイムレス)

2)自分に関与しない情報を直感的に排除(アテンションレス)

3)商品やサービスに関する情報装備

4)メーカーが提供する商品やサービス情報を安易に信頼しない

5)個人的消費の増加

6)日常と特別な時との行動パターンの使い分け

7)オーセンティシティ(ホンモノ独創性)を渇望する

8)飽きやすい

9)物質的ステイタスから知的ステイタスへ

10)受け身から参画型の消費行動

ダークナイト オブ 自分

映画ダークナイトに触発され
何か脳のどこかがactivateされたようで
落ち着かない

スーパーマン=正義の顔をした正義、
レックス・ルーサー=正義の顔をした悪、
バットマン=悪の顔をした正義、
ジョーカー=悪の顔をした悪

「欲求の階層」とは、もともと心理学者エイブラハム・マズローが提唱した概念である。
マズローによると、人間が生存するために絶対に必要なのは「食べ物と飲み水」である。これが不足状態にあると、他のことは何もできない。
これが充足されると、人間の欲求は第二階層へと移り、「安全に保護された環境」(暑さ寒さをしのげる家)を求めるようになる。
これが充足されると、第三階層「愛、家族、親密な人間関係」へと移る。これも充足されると、
第四階層「自尊心」を求めるようになる。
そして最終的には、第五階層「自己実現」へと至るとされている。

マズローは私なりに言い換えると
最初は臓器・個体生存 食べ物と水、安全
次が生殖でDNA 愛とか家庭
次が脳 自尊心
次が魂 自己実現
というように焦点が移動していると思う

臓器・DNA・脳・魂、このそれぞれでコンフリクト(葛藤・せめぎ合い)が生じる
葛藤状態をアンビバレント(二律背反)と言ったりもする

スーパーマン=正義の顔をした正義、
ジョーカー=悪の顔をした悪
このふたつは内部矛盾がないのでコンフリクトは少ないわけです
この状態を内部統合性(インテグリティ)の高い状態といいます

レックス・ルーサー=正義の顔をした悪、
バットマン=悪の顔をした正義、
この二つは当然ですが内面的にはアンビバレントで
非常にコンフリクトする

心理学ではcore conflict と呼んだりしますが
中心になる葛藤を何度も繰り返すタイプ
一生を通じて何度も、家庭でも職場でも友人関係でも、診察室でも、夢でも、という具合

コンフリクトはきついですね、正直
バットマンを見ていてもそれは思う

しかしだから
スーパーマン=正義の顔をした正義、
ジョーカー=悪の顔をした悪
がいいかといえばそうでもなくて
本人はインテグリティを保持できていいのかもしれないが
周囲はそうでもない

スーパーマン=正義の顔をした正義、
ジョーカー=悪の顔をした悪
が悩まない分を悩んでいる人がきっといるわけです

だから
スーパーマン=正義の顔をした正義、
ジョーカー=悪の顔をした悪
は葛藤を外部委託しただけで本質的には解決していないんですね

コミックで言えば
スーパーマンがどんなに内的に自分も納得できて外的にスーパー強くても
現実の悪は解決しきれずに常に存在する

それなのにスーパーマンが内部でインテグリティに到達しているのはやはり問題があるわけなんです
ジャスティス・リーグとしては

その点ではバットマンのほうが分かりますね
周囲に対して親切というか
周囲に悩ませないで自分で悩んで引き受けている

それがいいのかどうかはなんとも微妙ですね
ダークナイト・オブ・自分を抱えてしまうわけですから
スーパーマンは回避してしまっている

たぶん、スーパーマンと酒を飲んでも平たい話しかできないでしょうね
泣かないな、スーパーマンは、本質的には

観念としての絶対善、利己的な正義、懲罰手段としての必要悪、観念としての絶対悪と並べてみると明白ですね
利己的な正義というのも一応内部で納得はしやすいでしょうね
正義の顔をした悪
最終的には悪をしようとしているわけでその方法が正義なんだから
まあ一応、最終目標が悪と確認出来ればそれで葛藤は軽くなるんですね

バットマンは立場悪いですよね
ジャスティス・リーグの中でも
目的は正義なんだけれども方法は悪なんですから

だから、人殺しを死刑にするって、人殺しが悪いことなら
さらに国家として死刑という殺人を・悪いことをしてしまうんですか
と皮肉を言われることになる

それは屁理屈というもので、そんなものにはとりあわない、
バットマンは一人で耐える、内的に矛盾を抱えて生きる、
というところに、難しいヒーローが成立する

ーーー
アメコミでこんなふうに分かりやすく描かれているわけだけれども
個人が生きる中では
まあ、普通、悪を目指すということはなくて、それは病気の部類なんだろうから、
どのレベルかでの違いはあるけれど正義を目指すものとする

その正義がどの範囲の正義かでまた問題は起こり葛藤になる
おじいちゃんを騙してファンドを売るというのも
どの範囲で考えるかで正義なのか悪なのかが
違ってきてしまう

エスキモーに氷を売ってそれって正義なのか悪なのか、立場の違いなのか

利他的利己的も微妙な例を沢山作ることができて
それだけ悩む局面が多いということになる。

医者の仕事とかはそのような葛藤があるにはあるけれど
比較的少ないし
その専門家もいるわけで
一応悩みの外部委託も出来る







この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。