セックスなんか面倒くさい
私はそんなの好きじゃないから
やりたいんなら風俗でもいいし浮気でもいいからしてもらつていい
それで離婚になるならそれでも全然かまわない
という女性側の感想を数多く聞く
このあたりは女性の意識が変化しているのだろうか
嫉妬に燃えるという様子ではない
自分のことは自分でしなさいという雰囲気なのである
ひっょとしたら
女性は昔から義務感でつきあってきたのかもしれない
男性がその気にならなければ
何も始まらないが
女性はまったくその気にならなくても
事は終わるものらしい
*****
別の言い方をすれば
女性はその気にさせてくれる状況を希望しているのだろう
しかしそんなものも映画とドラマと小説で飽食しているので
現実人生は着実でいいらしいのだ
*****
その延長かどうか
子供が生まれてもこの先かわいそうかもしれないとの感想はよく聞く
少なくとも自分くらいに幸せには生きられないだろうと感じているらしい
正しいのかもしれないが
悲しい
Political Position
Bryan Caplan のリバタリアン・ピュアリティテスト
アナルコ・キャピタリストの発想
私有コミュニティについて
リバタリアニズム ヒストリー
他人を必要としない価値メカニズム
上流
少子高齢化と資本主義
明日餓死しているのは誰だろう
濁った水
「仮想的有能感」と「高等遊民」とリバタリアン
機会の平等と結果の平等
13億人は何を食べて何を着ているか
夢の世界とカタストロフィ
リバタリアンの古典 フリードマン 資本主義と自由
医療費は何で決まるか
ナショナリズムの有効性
クリントン改革の挫折
政府による収奪と分配
ミルトン・フリードマンのインタビュー
世界観
生活保護基準見直し 最低賃金法
*****
以上並べてみると、
税収により公共の福祉を推進し所得の再分配を図るという
昔からの言い分が
嘘だと私は言いたいようである。
税金を収奪した時に不正が起こり
その不正を隠蔽する装置が政府と官僚組織というものなのだ。
フリードマンの指摘だから多分100年後には常識になっているだろう。
最も貧しくもっとも従順な階層から
容赦なくすべてを奪いつくす
それが政治である
最近では
その仕事を終わって
アメリカで余生を暮らす人もいる
子ども文化と老人文化
あっという間に日本は老人文化だと思うようになった
たぶん当時のテレビを見て子ども文化だと思い
最近の新聞とNHKを見て老人文化だと思ったらしい
ということはわたしが子どもから老人になったというだけのことのようだ
なんというego centricity.
たくさんの色のスィートピー
マンゴー色さえある
そして想うのはただその人のことばかりだ
スィートピーは英名で「スィート」は香りの良さ、
「ピー」はエンドウマメ。
2008-02-21
多様で柔軟な解釈の練習 文学
なぜ自分がこんな不幸に会わなければならないのかと
思うことはあるだろう。
しかしそれは現実に起こってしまった。
どうする?
考えてみれば、それは、人間の世の中で歴史上最初に起こったことではなさそうだ。
他の人はどのような解決しているのだろうかと考えてみる。
個別の事情はもちろん違うから参考になるだけであるが、
それでも、参考にすることはできる。
いろいろな話を聞けば、
なるほどいろいろな解釈が成立するものだと思う。
多くの人の話を聞いていて思うのは
実に多様な解釈が可能であるということである
可能であろう多様な解釈を考えてみること
それもそうだなあと感じてみること
そう考える人もいるだろうなあと思ってみること
そこまで行けば
困っている人間同士が連帯することができるのだと思う
現実に連絡を取り合うわけではないが心理的な連帯はできるのだ
文学という絵空事がしていることは
多様な世界解釈の例示である。
文学はそれ自体で感動するしおもしろいし、それで全部だと思う。
暇つぶしだといえば、それでいいし、充分だ。
しかし、現実的な効用で言うなら、
物事についての、自分以外の解釈を詳細に、
多くの場合美しく、知ることができるということだ。
川端康成とドストエフスキーと徒然草では
どう見ても世界が別様に見えていると感じられ、
作者の内部にある世界モデルは違っていると考えられる。
ドストエフスキーがその内部に抱いた世界モデルのせいで
どんなひどい人生だったかはいろいろに書かれている。
サイードでもいいし、ファン・ソギョンでもよい。
あるいは佐々木閑でも井筒俊彦、マハーバーラタでもルバイヤートでもいい、
多様な解釈が世界には確かにあるのだ。
多くを知ることは自分を相対化することだ。
世界を解釈する別の網の目つまり解釈システムを学習しようではないか。
もう一段柔軟になることができる。
日本映画 象の背中
役所広司のメイクと服装を見ていると
こんなにも違うものかと思う
気をつけなくてはと思う
トップスターの演技はこういうものか
役所広司のスケジュールがとれたところから
映画の製作が始まるとか言うくらいだ
今井美樹は
豊かな表情
ホスピスではないけれど
海の見える立地でパシフィックと名前のつく病院がある
実は塩害でなかなか大変
結婚して23年というふたりである
子どもが二人育って
23年と言えば長いのだと腑に落ちる
人の命は短く
その後に長く残るものがある
とセリフにある
最近家を掃除して回っていると
何だか死を連想する
生きていることは乱雑さを大きくすることであるようだ
片付けた果てにはすべての静止があるような気がする
兄が弟が先に死ぬのは理不尽だなと語る
長く生きれば死が理不尽でなくなるわけでもないが
共に生きた人間が減っていけば
何だか理不尽さも薄らぐのではないか
親しいものすべてを残して旅立つことは耐え難い理不尽だろうと思う
どのようにして納得できるか考えるが
自然なのはやはり
来世、天国、極楽浄土、輪廻転生、あの世、パラダイス、
なんでもいいが
継続性を信じることである
医の倫理の議論で嘘をつくのはもちろんいけないのだが
死後の世界について
ぎりぎり嘘にならない説明の仕方というものが
解説されていたと記憶する
恩師の死を思っていた
人の命が消えるときに人は本当に何もできないものだ
コマーシャルで尾崎豊の「アイラブユー」を聴く
いろいろと思い出す
生まれかわってもまたプロポーズするよ
というのは本当に幸せな言葉だと思う
現実の人間が死を受容するのはもっとずっと難しいようだ
忘れるとか気をそらすとか
他に気になることがたくさんあるとか
そんな状態しか
回避の方法はないのかも知れない
*****
改めて思うが
自分としてもとんでもなくたぶん予定外に長く生きたものだと思う
スティーブン・キングの「スタンド・バイ・ミー」
スティーブン・キングの「スタンド・バイ・ミー」は、子供の友情について書かれた最も感動的な小説(映画も)の一つだ。その結末は、こう結ばれている。
I never had any friends later on like the ones I had when I was twelve. Jesus, does anyone?
私は、あの12歳の時に持っていた友人に比べられるような友人を、その後、二度と見つけることができなかった。くそ。そんなこと、誰にだって無理に決まっているじゃないか。
私は男でなくてよかった。なぜなら、女と結婚しなければならないからだ
アロンアルファ
喉と脳の共進化
喉のあたりも垂直になり
声帯の周りの空間が大きくなって
言葉を話すことができるようになった
そのことと
未来を予測したり論理的に考えたり他人の心を推測したりの
脳の機能の発達が
共進化している
言葉がなければ自意識は発生しないだろうかと考えてみるが
くっきりと結論が得られない
自意識はやはり言葉の世界のように思うけれど
はっきりしない
潜在記憶と顕在記憶
意識される記憶は顕在記憶で
意識されないけれど記憶されているのが潜在記憶
昔で言う無意識の話
恐怖体験が
顕在記憶からは削除されて
潜在記憶にだけ残っている場合を考えると
頭では電車は怖くないと思っているのだけれど
体はドキドキして汗が出てしまう状態になり
パニック障害などになる
どうしてスイッチが入ってしまうのかよく分からないけれど
危険警報機のスイッチが入ってしまう
どうしてスイッチが入るのか分からないから
どうやって切ればいいのか分からないし
回避するにはどうすればいいのかもよく分からない
それでも工夫はあるもので
何とかなる場合も多い
「溜め込み」と強迫症状
強迫性障害(OCD)の症状の一つに、強迫的溜め込み(ホールディング
hoarding)があります。溜め込みの症状は、①収集・獲得が過剰(物を
大量に集めすぎる)、②収集した物を整理できない、③捨てられない、
と、大きく3つに分けられます。
強迫性障害による溜め込みには、強迫観念と強迫行為があり、強い不安、
苦痛、衝動を引き起こすことがあります。たとえば、それを捨てること
を想像しただけで、後で激しい後悔や苦痛が起きそうな気がして、普通
の人が見れば明らかにゴミでしかないものが、大量にあっても、捨てら
れません。
よく、テレビや雑誌で、「ゴミ屋敷」や「片付けられない人」というテ
ーマで特集が組まれたりすることがありますが、それらは必ずしもOCD
の症状とは限りません。似たような状況は、OCD以外の病気や障害に関
連しても起こることがあります。うつ病・うつ状態、注意欠陥・多動性
障害(AD/HD)、認知症、統合失調症、衝動制御障害などでも、これらの
症状が現れることがあります。
このような症状がある人が溜め込むもので、最も多いのは、雑誌、カタ
ログ、チラシ、新聞、メモ、レシートなどの紙類です。フリーマーケッ
トで買えるものや、無料で収集できるものを集める場合も多いようです。
そうした物を溜め込むことで、家の中での生活スペースが狭まり、寝る
場所にも困ったりと、生活に著しく支障をきたすこともあります。
溜め込んだ物が、家屋に被害を及ぼすほどの重量になることもあります。
また、二次的な被害として、ばい菌や害虫が発生したりしがちなので、
衛生面でも大いに懸念されます。梅雨、夏に向かうこれからの季節は注
意が必要です。
溜め込みの問題があり、OCDと診断された人が、不潔恐怖や確認など、
他の強迫の症状を経験することもあります。欧米では、OCD患者のうち、
強迫的溜め込みの症状を経験する人の割合は、およそ20~30%と推測
されています。
また、強迫性障害の治療の第一選択肢は薬物療法か認知行動療法ですが、
欧米の報告によると、溜め込み症状の患者さんに関しては、どちらの改
善率も一般のOCDの患者さんに比べて低くなっています。
欧米では多くの研究報告がある溜め込み症状ですが、日本ではあまり報
告がありません。しかし、日本でも患者さんの数は稀ではないので、対
応できる専門家が増えてほしいと思います。
参考文献:仙波純一 「強迫性障害の亜型としての”compulsive
Hoarding“(強迫的溜めこみ)」 『精神科治療学』Vol. 22 No. 6 Jun.
星和書店 2007年
David F. Tolin, Randy O. Frost, Gail Steketee, Buried in Treasures:
Help for Compulsive Acquiring, Saving, and Collecting, Oxford Univ.
Pr, 2007