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大江健三郎・再発見 すばる編集部・大江健三郎 7

小説家にとって、
魂の癒しは簡単にはいかない。

「憂い顔の騎士」

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このところ、「憂い顔の騎士」であるドン・キホーテについて
連続して目にしている。

堀田善衛のゴヤの話、大江の小説、道化の話、そして昨日は、
ロストロポービッチのビデオ。

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魂の癒しは確かに大きなテーマである。

自分としては、癒しの本質部分は、たとえばカトリック的構築物に大量に含まれていると思うのだが、
しかしそれは神、天国、審判、その他いろいろな装置を通して語られるもので、
その際に私はたぶんメタファーとして解釈しているのだ。

しかしそんなことももうどうでもいい気分なのだ。
そしてそんな自分がいまここに居て、人生の一時期、そんな気分を生きていたと、
それもまた悪くないだろうと楽観しているところがある。

人並みにしたいと焦れば、まさに焦る理由はある。
しかしまた、人並みにしたところでどうすると思えば、
そんなこともどうでもよいと思える。

この現実の現代日本社会を生きている自分が居る。
もう一つ、科学の延長にある徹底した虚無主義を信条としている自分が居る。
さらに別の平面に、キリスト教などの、宗教的思考に親しむ自分が居る。
この三者は奇妙なことに同居している。



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