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あきた美彩館ダイニング はな小町

新装オープンしたので行った
レストラン併設で食材が置いてある
最近よくある地域物産店のひとつである。
比内地鶏は相変わらず売られている。
ウィンナーとパンとサラダとそんなものを買って、
おまけがついてあきたこまちの何百グラムかだった。
店の前にはあきたこまちさんがあのお米のパッケージのままの格好で立って微笑みかけていた。

秋田美人は実在する。
宇宙人を目撃したような衝撃でここに書いている。

美人遺伝子と自殺遺伝子がクロスしているのではないかと考えて
統計をとったらどうだろう。
研究の半分は秋田美人を見つけて口説いて採血させてもらうことになる。
美人とは何かの問題になってしまうが、
それは観察者の脈拍が20%以上増大くらいでいいだろう。

お店の中では、
偉い人が職員に何か指示していた。
それも、陳列の仕方とか明日の注文とかではなくて、
コンピュータ用語をたくさん使ってしかも秋田弁で話している。
秋田訛りのコンピュータ用語。

レジに並んでいた20代男性が怒って
レジが早く進まないとはやらないよこんなに遅いんじゃ全然だめだね
と話していた
話し方は挑発的で、親しみのない感じ

夜、パンとウィンナーを食べた。なかなかおいしかった。

*****
ロシア美人、北欧美人、秋田美人、そしてどれも自殺多発地域。
なぜなのだろう。
美人の心を射止めるためにも経済的成功が必要→無理をする→破産する→絶望で自殺

経済と自殺はよく分かるが、
美人と自殺の因果関係がどうなっているのか
分からない。

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小川国夫80歳で死す

「アポロンの島」29歳。
体験が言葉になり、
言葉は体験を誘発し、
不思議なような文章である。

中の一文に接して、ある強烈な過去の体験が蘇った体験がある。

*****
「昼は眠り、夜に書く生活を一生続けました。小説が片時も頭から離れず、日々の生活など心配したことはありません。家族の事をどう考えていたのかも分かりません。」

文士の本分を貫いた生涯だった。

*****
こう紹介している。
家族の心配くらいしてもたいしたことはないし、日々の生活のことも心配したほうがいいと思う。人々と共通の基盤は持っておいたほうがいいような気がする。わたしはその主義だ。

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「暮しが変わる40の習慣」

いまだにこのタイトルで
売れるとすれば
買う人はよほどの……なはずだ。
それを狙って商売するこのふてぶてしさ。
資源の無駄。
co2排出規制で規制したらよかろう。

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「記録することから始めるダイエット」

相変わらずこんな本。
無意味である。
インターネットのサイトに
それぞれのデータを持ち寄って感想を交換し合い、データを見詰め合う場所がある。
そこに比べたら、
スタンドアローンな記録など何がおもしろいのか。

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アルバン・ベルク四重奏団解散

アルバン・ベルク四重奏団解散
もちろんベートーベンのSQは持っている。
結成38年だそうだ。
静かに幕を下ろすのはいいことだ。



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映画「美しすぎる母」

夫は息子の恋人を奪う。
バイセクシュアルの息子は母と、その愛人の三人で寝る。

母親には息子が別の生物になる日が分かる

母は息子を挑発してセックスし、その刃に倒れる。

これが心理劇というなら一言しなければなるまい。

世界でこの一家しかいないなら、そして世界には母親しか女性がいないなら、
無論近親相姦しかないし、その方が利益が大きい。

しかし現代世界は原始時代のように狭窄した世界ではない。
息子以外のセックスフレンドは可能であり、その方が利益が大きい。

なぜこの一家はここまで視野狭窄に陥っているのか。
どんな種類の病気なのか。
頭の中にある利益の天秤が狂っているのだ。
その原因を考えろということらしい。

監督は自己愛の崩壊とか何とか言っているようだが、
現実による訂正がまったくきかないというのは
どういう事情なのか、考える必要がある。

照合・訂正のプロセスが働いていないらしい。

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短歌、俳句データベース

短歌や俳句は所詮は言葉なのだから
データベースにし易い

イメージシステムとか
単語距離とか
単語ベクトルとか
そんなことを言わなくても、
6月 雨 涙 これだけを含んでいる短歌俳句を抽出しろといえば、それだけで、かなり参考になるのではないか。
まあ、とっくにあるだろうし、
グーグルそのものだろうけれど。

グーグルの検索で
形式指定と
内容指定を分離すればいいのではないか
形式指定としては短歌
内容指定としてはあじさいと恋
そんな風に

現状のように短歌、あじさい、恋と並べて検索するよりは、いいだろうと思う。

そういえば、あじさいという鎌倉の喫茶店があった。

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バーデン・バーデンの夏

ドストエフスキー夫妻の新婚旅行。賭博、情欲、嫉妬。

バーデン・バーデンの夏という言葉は、
谷川俊太郎の詩に出てきたような気がする。

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「自然に由来する」

自然に由来するなどという言葉が
立派に通用しているようで
おかしなことだと知人が嘆いていた。

確かに、究極的に言えば、自然に由来しないものなどひとつもないのだし、
放射性物質についても、自然のひとつだろう。

化学合成されたものとそうでないものを指しているらしいが、
自然に形成されたものが身体に優しいとどうしていえるのかまったく根拠はない。

化学合成されたものの方が、
実験されて、有益性と有害性が検証されている分だけ、安心だとも言える。
使い方を間違わなければ。

「自然由来の生薬」などという言葉で何を言いたいのか、
まったく困ったことだと知人は嘆く。

使い方が正しいのか正しくないのか、
だまされているのかだまされていないのか、
よく分からない人にとっては、

途方にくれるような現状だろう。
確かに、ダイオキシンにしても、自然のものではないといえるだろう。
新しいものは危ないと心得ていれば、
ますまず賢いと考えるのだろう。

遺伝子組換え食物に対して、
グリーンピースという団体が何か情報戦のようなものを
仕掛けている。

*****
自然に由来するというなら、
自然に由来しないものは何があるのか、教えて欲しい。

*****
自然由来ならいいもので、
自然由来でないなら悪いものだという、
二分法の根拠を教えて欲しい。
そもそも自然由来とそうでないものの違いの定義を教えて欲しい。

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煉瓦亭でタイムマシン

煉瓦亭の地下に通された
地下のコンクリート向きだとの壁がある
そこをみていると懐かしい
壁は変わらずわたしが変わった

時間に抗して立つものの尊さを感じる。

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煉瓦亭 チキンライス メンチカツ

煉瓦亭で
エビライス
ハムライスと来たので
オムライスはいいとして
チキンライスだろう

ポークカツ
チキンカツと来たので
メンチカツにした

メンチカツは葉っぱの形になっていて、
葉脈がうっすらと描かれている

やや薄味でぴったりとおいしい
いいものだ

つぎはスパゲッティナボリタンとビーフカツかエビフライに
しようかと考えている

近くでおしゃべりしていた28歳くらいの女性二人は
医学ネタだったのだが
あまりにも間違いだらけで
よくこんな調子で生きていれるものだと驚く
自分で喋っていることの矛盾の塊に気付かないのか
まことに不思議
いや、こんなにも間違いだらけで
こんなにも矛盾していて
それでも生きていることがすばらしい
自意識なんか問題ではないことがよく分かる

昔煉瓦亭に通った頃はみんなと同じ正しい時間に並んで食べたものだ
いまは並ばない時間に行って食べている

帰りにアップルストアに寄って、アップルが欲しくなる
久しぶりの物欲



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わたしなりのポークソテー

最近はわたしなりのポークソテーをよく食べる
肉を実質的に食べるならそれがいいと思うからだ
しゃぶしゃぶと並んでいいと思うが
しゃぶしゃぶはタレを食べているような側面もある

スーパーやデパートでポークソテー用の肉を買う。
だいたい350円から550円くらい。牛肉ステーキ用肉の何分の一だろう。
安いもので充分。
どうせあまり変わらない。

買って来て常温に戻す
でも夜に買ってくればそのまま焼いてしまう
買い置きしたものならば冷蔵庫から出してしばらく置くことになるが
せっかちな私はそんなことは出来ない
だから比較すれば、午後に買って来た肉をそのまま夕食に食べるのがいいと思う

フライパンを熱して
肉の片面のみに筋きりを入れて、さっさと焼く
焼く技術は、最初強火で両面を固めておいて
あとは弱火で真ん中に火が通るまでとなるが、
いい肉だとおいしいし、悪い肉だとどうしようもない、
それだけなので焼き方など気にしない

調味料をまったくつけないで焼けば
焦げにくくて、その分中まで火が通るようで、
この方法だとかなり焼けたなと思っているときには中まで火が通っているようだ。

そうめんなどをゆでているが、お湯が沸騰するまでの間に出来てしまうので、
まずポークソテーを食べながらそうめんが茹で上がるのを待つ。

そして夕食完了。

料理の技術とは、
いい素材を選ぶ技術と、
よくない素材だったときそれを生かす技術とがあるのだろう。
わたしには両方ないので、
いい素材にあたればジューシーでおいしいポークソテー、
悪い素材に当たれば干からびたポークソテーということになる。

焼きあがった後で塩コショウ、またはハーブなどで味を少しだけ整えるが、
少なめでいい。

豚肉ばかり食べている。
イスラムの反対の食生活のようだ。



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最近の食事 どこに行っても同じようなもの

最近はいろいろな情報をもらうことが多く
あるいはどんな情報が必要なのか細かく説明することが多く
個室が必要で
食事をしながらあれこれ喋っている

ソニービル サバティーニでアフタヌーンメニュー
1時半からというもので
流行っていないレストランで稼働率を上げるためなのだろう
特においしくはないが
たとえば日本橋高島屋地下でペックの惣菜を買ってきてむしゃむしゃ食べているような感じ
どれも胃にもたれてカロリー高そう
いまどきの食べものではないと思う

そのあと8階のOPUSでジャズのブルーレイディスクがどうとかというので行ってみたら
とてもいいトリオ。
本物はすごいねえとブルーレイをみていう、おかしさ。
ハンク・ジョーンズとか、そんな人、いる?
ザ・グレイト・ジャズ・トリオ、

「レジェンド・オブ・ジャズ ~ライヴ・アット・ブルーノート東京」
というものだそうだ。
わたしでも知っている有名な曲が一杯。
けれんみたっぷりというのかな。

西銀座デパートの1階、COQ'DOR 系列のピザ屋さん
ファームハウス西銀座
ティラミスがおいしかった
ヘルシーポークチョップは豚肉の塊400グラム
さすがにきつかった
最後にバニラアイスクリーム
ここはすべてアメリカサイズのようで
おなか一杯
その後で唇の周りがちくちくしていた
何だろう
バニラのアレルギーか
豚肉に何かアレルゲンが入っていたか
2,3日は唇がちくちくしていた。

プランタン銀座の7階にフレンチとイタリアンがあり、
それぞれに行った。

イタリアン
モンブラン321はおいしかったと思う。
あとはよく分からない。似たようなものだ。

フレンチ タワワ
遅い時間に行ったからだと思うが
なんだかとても空いていた
とても安いメニューもあるし
高級そうなセットもあるし
路線を決めかねているような感じ
いずれにしても空いていたので独占状態だった

どこに行っても同じようなものが多い
日本橋コレドの平田牧場でとんかつを食べる
こんなのがやはり一番おいしい
六本木と同じ

新橋のとんかつ屋
まるや
ロースかつ定食700円を頼む
ご飯と味噌汁は食べ放題なので
キャベツととんかつに箸をつける前に
味噌汁をご飯にかけて食べる
これだけでもいつもの納豆ご飯よりおいしいと思う
そしてご飯と味噌汁をそれぞれおかわりして、
やっととんかつを食べ始める。
しかし蜆貝の赤味噌はおいしくて
またもご飯にぶっ掛けてさっさとかき込んでしまった
そのあとでゆっくりキャベツを食べて最後にかつをたべた
結局ソースは使わなかった

まるやのご飯に味噌汁のぶっ掛け
ねこまんま
これが一番おいしかった



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男性にとっておっぱいは肯定である

男性にとって女性のおっぱいは肯定のメッセージである
だからいとおしい

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頷きのテクニック

その人がテクニックとして意識しているかどうか分からないのだが
8丁目でお酒を飲んでいて心地よいのは
実に適切な頷きである
うんうん
へぇー
えぇ?
あぁあぁ
そおー
そぉーねー
なるほど
などなど
私はいつまでも喋っているのである。

多分、間合いが絶妙なのだ、
早過ぎない、遅すぎない、
大きすぎない、小さすぎない、
どうして分かるんだろうか
不思議でしょうがないが

全部知られているような気がする
そしてそれでもいいという気がしてしまう

人間とは肯定されたい動物である



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ブログは心理情報だ

体重変動などの身体情報をネットワークを通して
サーバーに蓄えておくことの無意味さについて書いたのだが、
考えてみれば、
ブログは、それを書いている人の心理的情報が山盛りなのであって、
心理傾向とか精神的病気についてとかかなりガラス張りに展示していることになる。
体重の変化どころではないプライバシーで、
その事を考えると、身体情報を悪用されたとしても、大したことではないように思える。

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身体情報をネットワーク経由で自動管理・タニタとNTT東

身体情報をネットワーク経由で自動管理・タニタとNTT東

体重計で計測した情報を自動で蓄積できる
  タニタとNTT東日本は29日、インターネットを利用した健康管理事業で業務提携したと発表した。体重計で計測した体重や体脂肪などの情報を光回線を通じて自動的にサーバーに送り、管理できるようにするサービスを30日から始める。
 タニタの開発した無線通信機能を搭載した体重計で体重や体脂肪を計測すると、その情報をNTT東の光回線網を通じてサーバーに蓄積し、パソコンや携帯電話から随時見られるようになる。
 価格はサービスと機器を含めて2年間利用する場合で1カ月1980円。1つの契約で家族4人分の情報を蓄積できる。サーバーに蓄積できるサービスや機器をNTT東が窓口となって販売し、利用料金の回収やユーザーサポートなどもする。オプションで歩数計、血圧計を利用することもできる。
 タニタは2007年3月から「からだカルテ」というサービスを提供している。今回も同サービスに情報を蓄積して管理できるようにするが、これまでは体重計で計測したデータをメモリーに蓄積しておいて、定期的にパソコンから送信する作業が必要だった。

*****
こんな事をして誰が誰を見張るのだろうか?

こんなプライベートな情報をサーバーに蓄積して、いいことはひとつもないように思える。

金もうけの種に使う人たちがいるような気がするが、
世の中が明るくなるわけでも、住みやすくなるわけでもないだろう。

*****
そもそも体重、体脂肪、歩数、血圧などを自分の「内部感覚」としてモニターできなくなることの方が重大な問題だろう。

これは食べすぎだなとか、
これは塩が多すぎるぞとか、
自然な感覚として分かるもので、
それが分からなくなっていることを
身体の中の自然を失っていると嘆いているのだ。

自分の体の具合を自分が分からなくてどうするのだ?
誰かに決めてもらってどうする?
自分が気持ちよければそれでいいのだし、
不愉快ならよくない、
それだけだろう。

誰かが基準値をつくって管理するというのだろうか?
あまり賢明ではない。

それで永遠に生きられるわけでもないし。



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ぼくは少年兵士だった

「戦場から生き延びて」の副題。

少年であるということと兵士であるということとが
同時に成立するものか。

何という世界だろう。
何というよくない世界だろう。

一方で、兵士にならないですんだ子供たちは
自閉症になったり引きこもりをしたり
こちらも平安ではない。

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なぜ日本の農業はダメになってしまったのか

興味のある論点なので採録
そんなに最悪でもないようだ。

*****
なぜ日本の農業はダメになってしまったのか
山崎 養世
先週は、これからの世界経済の変動によって、食料を輸入に頼るこれまでの日本経済のあり方は大変危険であることを説明しました。欧州諸国が1970年代の米国による大豆の禁輸をきっかけに食料自給率を高めたのに比べて、60年代に6割だった日本の食料自給率は、今では4割を切るところまで低下しました。

 日本に農地が足りないためではありません。度重なる減反政策や耕作放棄や裏作の停止で、日本の作付延べ面積は、ピークであった1960年代の半分にまで落ちました。

 しかも、このままでは、日本の農業は衰退することが確実です。担い手となる農家の高齢化がさらに進み、後継者が激減するからです。掛け声ばかり食料安全保障や自給率向上を訴えても、流れを変える現実の政策はいまだに実行されていません。

高度成長時代の成功体験が衰退の元凶

 なぜ、日本の農業は衰退を続けるのでしょうか。農業を衰退させてきたのは、政治だけではありません。農家の選択、消費者の行動、つまり、日本人全体が、農業の衰退に関与しているのです。

 でも、戦後の農業は、高度成長の時代までは非常にうまくいきました。ところが、その成功体験に引きずられ、新しい現実に適応することを怠っているうちに衰退が始まり、いまだに方向を変えることができないのです。

 こうした点において、農業問題は道路問題と実によく似ています。農業と道路、国土の根幹を成すこの2つが、21世紀の現実に応じて変わるべき時が来たのです。

 それでは、どこから変えるべきなのでしょうか。そんな問題意識から、2004年に「『平成の農地改革』で田園からの産業革命を」という論文を中央公論(2004年3月号)に書きました(ホームページをご覧ください)。食料問題が注目を浴びる今、皆さんと一緒に日本が農業大国、食料大国に生まれ変わる道を考えてみたいと思います。


農業大国の可能性を秘めた日本

 まず、比較論から入りましょう。どうして欧州諸国は日本よりも食料自給率が高い国や、食料の輸出量が輸入量を上回る食料輸出国が多くあるのでしょうか。日本が条件に恵まれないためではありません。

 土壌と水に恵まれ気候の変化に富む日本は、寒冷でやせた土壌のドイツや英国、雨が少ないスペインやイタリア南部よりも恵まれているはずです。大雪が降る新潟や秋田でこそ、雪解け水と夏の暑さのおかげで、本来熱帯の植物である米がおいしく作られるところに、恵まれた風土と日本人の努力の歴史とが現れています。

 欧州の穀物の中心である小麦が、連作が利かず農地当たりの収穫量が限られる作物であるのに対して、日本の米は、連作どころか、1年のうちで二期作や二毛作も可能な優れた作物です。

 日本の農産物の品質が欧州に劣るためでもありません。それどころか、各地の名産牛や豚や鶏、芸術品のように美しくておいしい果物や野菜、世界一おいしいと讃えられるお米など、世界に冠たるグルメ国家らしく、日本の農産物の品質の素晴らしさは、日本を知る外国人には常識です。

 それなのに、なぜ日本でなく欧州が、農業大国となったのでしょうか。


農村が経済の成長拠点となった欧州

 まず、欧州諸国は、自国の農業を伸ばすために大きなコストをかけています。EU(欧州連合)の予算の過半は、農家への大幅な補助金です。

 食糧生産の増加だけでなく、環境保護のためにも、農家への補助金が使われています。ドイツやスイスやフランスの美しい田園風景は、農家への直接の補助金で守られていると言っていいでしょう。

 しかし、それ以上に大きいのは、欧州では、農業を中心とした田園産業と言うべき産業が幅広く発達し、経済の根幹をなすようになったことです。

ワイン、シャンパン、ブランデー、ウイスキー、チーズ、バルサミコ、トリュフ、生ハム、こうした高級な食材の分野で欧州は圧倒的な競争力を持っています。伝統的な製造方法に加えて、世界を相手にしたマーケティングやブランディングによって、ぶどう汁は高価な宝物に変わり、田園地帯のレストランやオーベルジュには世界中からお客さんが押し寄せます。

 トスカーナやプロバンスの瀟洒なヴィラは目玉が飛び出るような値段で取引されます。地元で取れる新鮮な食材にこだわるからこそ、自国民はもちろん、世界中の人がお金を落とすようになったのです。その担い手の多くは、家族や組合の経営です。米国式の大規模農法一辺倒とは違います。

 さらに、欧州では、伝統と歴史のある町並みや村の姿を保存し、美しい田園風景を守ってきました。このために、ドイツやイタリア、フランスなどでは、農村に移り住んで仕事を始める人や近くの都会まで通勤する人が増えています。そうした人たちの中から、農家のためにIT(情報技術)を使った世界へのマーケティングや技術開発などの担い手も出てきます。もちろん、芸術家やお金持ちや引退者で田園暮らしを楽しむ人も多いのです。

 地元でできた作物を食べる、そのための料理や酒が発達する、シェフが切磋琢磨する、地元だけでなく、遠く外国からもお客さんが来る、そんな好循環は欧州の多くの地域では当たり前です。

 こうして、欧州では、農村と田園地帯こそが経済の一大成長拠点に育っていったのです。


減反と土建業者のために使われた予算

 ところが、日本では、農業も農村も衰退の一途をたどってきました。農業就労人口の約6割を65歳以上の高齢者が占めています。後を継ぐ人がいないなどの理由により、耕作を放棄した農地が全国で増えています。

 そして、65歳以上の高齢者が人口の半分を占め、集落としての機能を維持するのが困難となっており、このままでは消滅の可能性のある限界集落が全国に2000以上もあるというのです。これまで地域で守ってきた森や田畑が荒れ、地域の貴重な歴史の財産が消えれば、災害に弱く、人が住めない国土が広がります。

 農業予算が足りないのでしょうか。そうではありません。

 1970年代以来日本で一貫して進められてきたのは、まず、減反奨励金という食料生産を減らすための政策です。さらに、農業土木の名の下に、農家ではなく土建業者に多額の予算が配られる政策でした。同じお金でも後ろ向きに使ってきたのが日本です。

 農地政策も、現実に合わないまま放置されています。戦後の農地解放の目的は、不在地主を作らず農地の所有者は自作農に限られました。このため、高齢化し耕作が困難になった農家が激増しても、農地を使う人が足りずに耕作放棄地になるところが続出しています。農地の賃貸借などを柔軟にしなくてはならないはずですが、全く実現しません。

 さらに、やる気のある農家は農業生産法人などを作って経営の高度化を図っていますし、株式会社の参入も認められていますが、貸借対象が比較的条件の悪い耕作放棄地に限定されていて、株式会社が直接農地を所有することは認められないなど、株式会社側にとっては、まだまだ使い勝手が悪いと言われています。

 当時の田中角栄首相が著書『日本列島改造論』の中で、戦後農政の転換をうたい、農地法の改正と永久農地の確定による投機の防止、さらに農業への株式会社制度の導入などの提案をしたのに、今に至るまで多くが無視されています。結果として、農地が使われずに放置されています。

 そして、日本に定着したのが、「農業はあくまでも副業」という農家が大半、という奇妙な形です。これでは農業が衰退するのは当然です。どうしてこんな奇妙な事態になったのでしょうか。戦後の農業の歴史を追ってみましょう。

米の100%自給という目的に向かって走った戦後農政

 戦後の農地解放によって、日本には大量の小規模な自作農が誕生しました。小作人として地主から借りていた農地が自分のものになったのです。

 そして、日本に農業革命が起きました。新しくできた自作農たちを組合員に迎えて全国に農協ができました。戦後の食料不足を解消するためには、食料、とりわけ米の増産は至上命題となりました。米の値段を政府が決め、生産と流通を国家が管理する食糧管理制度(食管制度)がその推進力となりました。

 それまで全国でバラバラに生産されていた農産物を全国規格に統一し、農業試験場で開発した品種を全国いっせいに作り、農協を束ねる全国組織を通じて全国へ流通させることが始まりました。これによって、日本各地の多様な作物の多くが失われました。少品種大量生産の時代の始まりです。

 それと同時に、全国で水資源の開発、農地改良、農地整備、そして機械化と農薬や化学肥料の使用が進みました。農協の事業も、農業生産と流通だけでなく、農機具や生活用品の販売、貯金と貸し付けと保険事業にまで及びました。

 こうして農業生産、特に米の生産は伸び続け、ついに1960年代末には、米の100%自給が達成されました。日本の歴史始まって以来、国民のほとんどが銀シャリを毎日腹いっぱい食べられる時代が来たのです。終戦直後に、大量餓死の恐怖におびえていたのが夢のようでした。間違いなく、戦後農政は目的の達成に成功したのです。

 自作農主義、政府が管理する食管制度に支えられた米作り、そして、農協組織が成功の原因でした。


政治圧力団体と化した農家

 そして、戦後の経済成長と工業化、都市化につれて、農村から大都会へと多くの若者が出ていきました。しかし、子供が出ていっても、多くの農家は農地を手放しませんでした。日本の農業が農地の集中によって大規模化することはなかったのです。大半の農家は1ヘクタール以下の零細な農地しか持っていません。それでも、農家の生活水準が大きく向上する時代が来たのです。

 それを可能にしたのは、いかにも日本的な複数の要因でした。

 まず、農業は政治化しました。戦後、農業は強い国家統制の下に置かれました。ことに、米は生産から買い付けまでを国家が決定しました。それと同時に、農家も農協を中心に政治圧力団体と化し、高い生産者米価での買い取りを要求しました。その結果、消費者米価より生産者米価が高いという逆転現象が起きました。

 その差額は政府が埋めていったのです。米農家の利害を代表し、消費者や納税者の立場から見れば理不尽な生産者米価を要求する議員たちは、ベトコン議員と呼ばれました。米は日本最大の政治商品になったのです。かくして日本の米は世界一高いものに押し上げられました。

 生産能力が高まり、米が余るようになると、農家と政治・行政が一緒になっての需給調整が始まりました。減反とその見返りの補助金です。これによって、日本の米は価格低下による消費者の支持の可能性を自ら閉ざしてしまったのです。


農業は「不動産管理業」となった

 公共事業も、農家向けの政治の道具と化しました。道路建設のための農地の買い上げは、農家の大きな収入源になりました。大都市周辺では、政治力を使って土地の用途指定を変え、宅地や商業地に転用すれば大きな売却益が出ました。

 区画整理や農地改良、治水や林道整備などでも莫大な予算が落ちました。工事の受け皿としての土建会社の多くを、農家が始めました。農業の裏作は土建業とも言われる仕組みができました。そして、農地は土地課税や相続税で大幅な優遇を受けられるようになりました。農業が次第に不動産管理業の性格を強めたのです。

米という優れた作物も、農業離れを加速する方向に働きました。野菜や果物と違って、米は手間がかからない作物です。機械化によって、田植えや稲刈りといった、かつて人手が必要な作業も機械でこなせるようになりました。

 週末だけ手入れしても、結構立派に米が取れるようになったのです。そうなると、ウイークデーは会社や工場で働き、週末だけ田んぼの面倒を見ても十分になり、農家の本業がサラリーマンに変わっていきました。

 半分以上の農家で農業が副業になれば、農協の役割も変わりました。農業指導よりも貯金や保険の勧誘をし、洋服や旅行の販売をする方が儲かるようになりました。そうなると、農業経営そのものの比重は低下しました。農家にしても、しょせん農業収入が年収の一部でしかなくなれば、農業に時間と手間を割くこともなくなりました。


消費者に農村への視線がなくなった

 消費者も変化しました。ご飯とおかずを各家庭が毎日用意することも減りました。子供たちは小さい頃からマクドナルドやケンタッキーフライドチキンといったファストフードに親しみ、パスタやステーキが当たり前です。純日本食の家庭料理こそ、今では貴重です。

 かつて日本の田園で取れたもので成り立っていた日本の食の材料は、今では世界に開かれています。地元で取れたものを地元の八百屋さんで買い、家庭で料理するという生活は、東京などの大都市では稀なことになりました。

 大きなスーパーに並ぶものの多くは、日本はおろか世界中から仕入れられます。そのためには、大量に安定して生産されるものが優先されます。一貫して自社生産にこだわるところもありますが、競争が激しい外食産業でも、多くの会社は安くて大量仕入れできるものが優先されます。

 そこには、消費者にも企業にも、日本の農業や農村や田園とのつながりをどうやって維持し発展するか、という視点が一部の先進的な事例を除けば大きく欠けていました。政府の責任だけにすることもできない問題でした。

 かくして、グルメと飽食の時代が始まりました。テレビには食べ歩きの番組があふれます。本来であれば、日本の農業の飛躍のチャンスのはずでした。優れた日本の食材を使った各国の料理が世界の注目を集めたはずでした。


多くの要因が複雑に絡み合うだけに解決は困難

 全体として見れば、日本の農業はこうして限りなく多様化する食の変化への対応に失敗しました。食糧管理制度に基づいた全国のピラミッド式の農協組織は、消費者は同じものを黙って買う時代には大成功しました。反対に、消費者のニーズをつかみ、優れた食材に誘導するという創造性を発揮するには不向きな組織です。

 しかし、農業経営の革新は甚だ弱いものでしかありません。農業を副業としている農家が組合員の主体である農協の経営改革には限界があるのです。

 こうして見ると、農地解放、高度成長と経済大国、豊かな消費社会、そして、戦後民主主義の構造、こうした要因が複雑に絡み合って今の日本の農業の衰退を推し進めてきたことが分かります。ですから、強い農業を作ることは簡単ではありません。

 ここまででも十分長くなりました。次回は、そんな中でどこから変えていけば、日本に強い農業が生まれ、日本の国土と食料の安全保障になり、環境も守られるのか、どうすれば農業を核とする田園産業を興せるのか、提案いたしましょう。



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意見が二つだけなら二大政党制もいいけれど

意見が二つだけなら
そのどちらかにするというのなら
二大政党制もいい

年金を消費税で補うのか
自分で積み立ててそれを使うようにするのか
そのたいろいろにするのか

二つのどちらかを選べというわけにもいかない

消費税をどうするかについても
何%をいつにするのか
いくらでも違う意見がある
それを二大政党制でどうやってまとめるというのだろう

ガソリンの税金は10円か20円かそれとも11円か
二つの対立軸にまとめることはできそうにない

政党は政策をセットで出してくるから、
いったん投票すれば、
その政党の政策パッケージ全部を信任したことになってしまう。
それもかなり不都合である。

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ボサノバ ブラジル ジョイス

フェミニーナ&水と光 ジョイス
を聴く。

ポルトガル語。


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懐かしのサザン

パシフィックホテル サザンオールスターズ
http://jp.youtube.com/watch?v=7UUxOMs4ygY
http://jp.youtube.com/watch?v=L9_l_SSekg8&feature=related

エロティカセブン
http://jp.youtube.com/watch?v=mZFVHseF9tg&feature=related

勝手にシンドバッド
http://jp.youtube.com/watch?v=F7h3fFK_moM&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=ZyqkvvwHJLs&feature=related

サザンには
カーニバルの要素があり
カーニバルは退屈な日常を打ち破る

熱狂の始まりを作るのはマニーの発作である
熱狂を持続させるのはてんかんの発作である
終りにあるものはデプレッションだけである

てんかんは行き着くところまで極限まで行ってしまうのであって
途中駅は中途半端で感心がない

そしててんかん発作の頂点に
勝手にしやがれと渚のシンドバットの
混合物の勝手にシンドバットがある

桑田佳祐 LOVEマシーン
http://jp.youtube.com/watch?v=JFCNVUCVN4c&feature=related

イントラ・フェストゥムの現場がここだ

LOVEマシーン(モーニング娘。)
http://jp.youtube.com/watch?v=D5StlIW7_7g&feature=related

あれあれ
桑田でないと盆踊りだ
カーニバルに出来るのが桑田だ



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体内のリズムを生む遺伝子の機能を失ったマウスと、うつ病の人の休息パターンが同じ

マウスと人間、休み方同じ・東大など、うつ病研究に活用も
 マウスと人間の行動は動きの速さを別にすれば、休息の取り方などのパターンが全く同じであることを大阪バイオサイエンス研究所(大阪府吹田市)や東京大などの研究チームが突き止め、30日付の米科学誌プロスワンに論文を発表した。

 チームは、体内のリズムを生む遺伝子の機能を失ったマウスと、うつ病の人の休息パターンが同じことも発見。生物の行動の背後に種を超えた基本法則が存在する可能性を示すとともに、うつ病の原因究明にもつながる成果として注目される。

 発表したのは、同研究所の内匠透研究室長(神経科学)や山本義春東大教授(生体情報論)ら。マウスはかごに入れ、重みに反応するセンサーを敷いて動きを記録。人には腕時計型の加速度センサーを着けて普通に生活してもらい、体の動きを記録した。

 活動時間や休息時間について、長いものや短いものがどんな頻度で現れるかを分析すると、パターンは全く同じで、人の動きを100倍の速さで早回しすればマウスと同じになることが分かった。〔共同〕(14:21)

 



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ヘリコプター・ペアレント

過保護な親は米国でも90年代から「ヘリコプター・ペアレント」として注目されるようになった。常に子どもの頭上にいて、何かあればすぐに降りてきて干渉する姿が「ヘリ」としてやゆされる。

親が学生を伴って就職相談窓口を訪ね、求人票を見て、学生より熱心に質問する姿も目撃されている。

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「写真を愉しむ」飯沢耕太郎 岩波新書

・「撮り続ける」という才能
撮り続けているうちに自分が鍛えられるのだ。

・写真家四十八宜 安井仲治

い いつそスラムプは大なるがよろし

ろ ろくでもないもの感心せぬがよろし

は ハツと感じたら写すがよろし

に ニッコリ微笑む自信はよろし

ほ ほんとに自分を生かすがよろし

へ 下手な上手、上手な下手、どちらがよろし

と 撮れぬものは撮らぬがよろし

ち チクリと痛い批評はよろし

り 理屈倒れも時にはよろし

ぬ 塗つた薬は銀乳剤、時節柄無駄せぬがよろし

る 類を以つて集まると雖(いえど)も類作はせぬがよろし

お 煽てられたら少しは乗つてみるがよろし

わ 判るまで勉強するがよろし

か カメラ自慢はせぬがよろし

よ 夜る(ママ)も写つ(ママ)つるフイルムはよろし

た 誰も出来る事せぬがよろし

れ 例会は真剣にやるがよろし

そ ソツと控ゑ目、内容ある作品よろし

つ 常にカメラと離れぬがよろし

ね 熱心、粘り、は最もよろし

な 夏の暗室出た時よろし

ら ラクに出来てもいゝものはよろし

む 無理にやつてもいゝものはよろし

う 写るのはあたりまえへと心得るがよろし

ゐ 井の中の蛙、自惚れぬがよろし

の のぼせた写真家冷すがよろし

を 女の写真家もつと増へとよろし

く 首にかけたカメラ伊達じやないと知るがよろし

や やめたい人はやめるがよろし

ま まるで下手でも根気ある人よろし

け けつして油断をせぬがよろし

ふ フイルムの供給円滑なるがよろし

こ 斯(こ)の道ばかりと思ひ込むのはよろし

え 英気養ふ日曜よろし

て 敵も適度にあるがよろし

あ アマチユアーとて甘やかさぬがよろし

さ 醒めたる人々振ひ立つがよろし

き 嫌ひな作品学んでよろし

ゆ 夢をもつ作家大いによろし

め 目の肥ゑた人多い程よろし

み 水あらひは叮寧にするがよろし

し 失敗位は恐れぬがよろし

ゑ 縁あるモデル手荒にせぬがよろし

ひ ヒカリの画集は売行よろし

も もう少しで推薦、残念なのもよろし

せ セメテたまにはホメられてよろし

す すぐに天狗にならぬがよろし

京 きようの写真より明日の写真よろし

*****
こういうものは別の道にも通じるものと思う。
参考になる。

*****
写真家になるための三つの能力
・メカニズムを使いこなす能力
・場をコントロールする能力
・撮り続ける情熱

とのこと。

横滑りさせて治療者である三つの能力
・理論、小技、薬を使いこなす能力
・場をコントロールする能力
・治療を続ける情熱

とでもなるだろうか。

場をコントロールする能力は基本的に大切。



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孫娘と会わない祖母

読売新聞で、北朝鮮拉致被害者の遺族が、
その孫娘と、韓国で会えるらしいと報道した。
関係者一同否定している。

しかし国民の多くは、そうすればいいし、
ついでに連れて帰ればいいだろうとさえ思っているだろう。
いつまでも日本国の宣伝役をしていたいのか。
孫娘と平和に暮らせばいいではないか。
そんな平均的な声を代表した新聞記事だったような気がする。

無論、いろいろな事情はあるだろうが、単純に、
孫娘が可愛いだろうな、一緒に暮らしたいだろうなと思うだろうと思うのである。

どうしてそうしないのだろう。
そうしない理由も山のように用意されているのだろうが、
理由があれば離れて暮らすのか。そんなものだろうか。

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チベット

結局地震でチベットが吹っ飛んだわけだが、
そして現状ではチベットよりも恐ろしいことが起こっているわけだが、
チベット問題に割く数秒もないものなのだろうか。
あんなにも重大問題だったのに、今日からは一言も触れないで過ぎる問題になったのか。
そんなはずはない。

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すべての人間の言語は方言である

人間の歴史を考えればそうとしか考えられない。

ーーーーー
そのような類を議論する分野として、
弥生人の農耕が取り上げられていた。

弥生時代に農耕が始まるとして、
朝鮮半島などから、人が偶然に流れ着いて、
言葉が何とか通じるようになってから、実は稲作があって、
偶然もってきたけれど、これが米、なんていうはずはないだろうと言うのである。

田んぼをつくるには、幅広い技術が必要で組織力が必要である。

田んぼを耕すのにも時間がかかる。水はけを調整するのも、ちょうど良い土地にちょうど良いくらいの水を流す必要があるわけで、ジャガイモみたいに、埋めておけば何とかなるというものではない。

と言うことは、農耕の道具、苗、人材、それらがいっぺんに計画的に日本に来たのではないかというものだった。

なるほどそうかもしれない。ぼんやりしていて日本に流されてくるような個人に出来るものではなさそうだ。

ーーーーー
農耕と共に言語も混じり合ったものと思われるが、どうなったのだろう。漢字で表記すること自体が大陸の影響を示しているわけだろう。
書き言葉のない時代の日本語の音を漢字で書き取ったものなのだろう。何としぶとく日本語が残ったのだ。
どうして中国語をそのまま使わなかったのだろう。
それほどに田舎であったということか。あっさり先進文化に同一化する民族ではなかったらしい。

*****
すべての人間の言語は方言である
そしてすべての言語は
唯一の原言語の痕跡を各所にとどめているはずである。
そして探求が始まる。



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ゆるやかに着てひとと逢ふ螢の夜

ゆるやかに着てひとと逢ふ螢の夜  桂信子

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