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恋人ができない

まじめに仕事をして暮らしていれば
異性と知り合うきっかけなんてないんですとよく聞く

多分そうだろうと思う
何となく階層分化してしまった社会なのだ

人々はそれぞれの趣味や仕事の都合で群れているのだが
広いつきあいはない
案外狭い社会である

テニス、合唱、ダイビングなどで知り合うことがあるけれど
これはかなり余裕がある層同士のおつきあいである

仕事関係だとつきあっていること、その後破局したことなどがおおむねばれていて
集団の中では何だか居心地がよくないらしい

職場結婚はその後も職場の同僚がお目付役のようになって
離婚などしたらとんでもないという話になるらしい

社宅に住んでいたりしたらさらになおさらである

結婚への圧力がなくなり、親もさして焦らない

ある種の対人関係能力があればパートナーは見つかるし
同棲は当たり前になり
妊娠も結婚の契機にならずあっさり中絶するらしい

しかしどのような対人関係能力かはかなり問題で
たとえばただ甘えるだけの男性が
ただ甘やかしてくれる女性をぴったりストライクで見つけてくるのだから
そのような能力はやはり特殊に発達しているのだろう

人を振り回す女性が
あくまでやさしくて振り回される男性をきちんと見つけている
それはもう生きる上での本能なのだろう

そのようなことができるからそのような性格でいられる
それができなければそのような性格は訂正しなければならない

そんなこんなでまじめな人たちは
死ぬほどの残業を押しつけられて
異性を見つけるどころではなくて夜は睡眠不足で
土日は何もできず一日は長く眠り一日は家事で潰れてしまう

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パートナー探しの社会的圧力が減少している
個人的に見つけるでしょうと個人の力に頼っている
しかし現代の若者は傷ついてもぶつかって行くタイプではない
それは無理というのでお見合い相談会社がいくつか宣伝を続けている
会社がお見合いの場所であったという時代は終わった様子だ
地域の中でお見合いおばさんが活躍していた時代も終わった
親が見つけるといっても子どもの価値観が分からない
閉じこもり語り趣味ばかりが発達して出会うとしてもゲームのチャットなど
経済的困難
子育てに踏み込むのは貧乏の泥沼
余り先を心配しない人たちの方が従来通りの結婚と家庭の計画ができる
まず同性の友人を増やしてそのまた知り合いという中で見つける人もいる
しかしそれをやると結局仲間に縛られる
恋愛小説もドラマも映画もたっぷり供給されていて高い理想には不足していない
しかしいかに妥協するかについてはモデルがない
親子の葛藤が解決されていないので親になりたくない
そんなこんなで年を取り異性に相手にされなくなる
それが私だ

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