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奪われるというが実際自分のものだったのだろうか?はたして

その財産を自分の汗の結晶だと思うと
そして長い時間の結果だと思うと
奪われてしまうのはなかなかにつらいものがある
しかしそうだろうか、よく考えてみよう

そもそも無一物で生まれてきた
そして自分の努力で財産を殖やしたのだけれど
その努力というのは他のいろいろな人の努力とどれだけ違ったかといわれれば
そんなに違わないのだろうと思う

元々の得意とか興味とかが違っていて
それが偶然最近の流れに乗っていたからというだけで
特にわたしだけがたくさんの財産を形成する理由などはないのだ

現に理学部にいった人とか工学部にいった人は
財産などにはあまり関係なく
基礎的な仕事をしている

そう思えばやはりわたしの場合にも食べて行かれるものだけがあれば
それで充分幸せだということになる
食べていくだけのない時には誰かに何かを頼ることになるだろう
そしてそのようなこころの正しい人も
少なくないから多分世の中はそんなに悪くはないのだろうと思う

共通テーマ:日記・雑感

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