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失業不安がうつ予備軍を生む 新型うつ対策には、積極的な介入も必要

香山リカ氏 特別インタビュー 

「失業不安がうつ予備軍を生む! 

新型うつ対策には、積極的な介入も必要」

「自分もリストラされるのではないか――」

現在も、そんな漠然とした不安感を多くの方が抱えているのではないだろうか。昨年末以降の景気後退で、就業不安が生まれ、さらにはリストラ進行の影響による1人当たりの仕事量は増加。その影響により、うつも増加傾向にある。こうした状況下で、企業や管理職はどのようにうつ対策に取り組んでいけばよいのだろうか。精神科医として「心の病」の洞察を続ける香山リカ氏に、「不況うつ」の現状とその処方箋を聞いた。

“不安感”はうつ予備軍を作り出す

――現在、日本の職場にはメンタルヘルスにとっての悪条件が揃い、うつ病が激増している。さらに昨年末以降の景気後退は、リストラの進行によって1人当たりの仕事量を増加させ、条件をより悪化させた。実際、昨年末以降からうつ病になった人は増加しているのか

かやま・りか/精神科医。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。新聞、雑誌、テレビなどで現代人の「心の病」についての洞察を続けている。著書『しがみつかない生き方』は発売3週間で20万部を突破したという。

 うつ病にかかった人の具体的な数については、明確にはわからない。しかし、リストラや派遣切りの増加で、経済的な困難を苦にした自殺者の数は増加している。そうしたことからも、トータルとしてうつ病になる人は増えていると言えるだろう。

――今回の不況の前と後で、うつの特徴が大きく変わった点はあるか

 実際の状況に関係なく、色々な報道によって人々の不安感が高まっている。実際にリストラされていない人でも、「自分の会社は大丈夫だろうか」「これからリストラが始まるのではないだろうか」というような漠然とした不安感を誰もが持つようになってしまった。つまりこれが、人々の中に「うつ病準備状態」を招いてしまっている。

 そうした不安感が蔓延するなかで、実際にリストラや派遣切りにあった、または学生で内定が全然とれないといった事態になると、あっという間にうつ病になってしまう。不安感からくるうつ準備状態の「うつ予備軍」がたくさん生まれ、うつ病を発祥しやすくなっているというのが、不況以前のうつと比べて特徴的な点だろう。

 そういうことからも、純粋な脳の病気としてのうつ病というよりは、不況などの不安感からくる「ショック症状」と密接に結びついているといえる。不安があると、身体症状が早期の段階から強く出やすいため、そういう意味で今回のうつは、頭痛や胃痛や、身体系に強く、ダイレクトに症状が表れやすいといった特徴もある。そして、ただの落ち込みではなく、PTSD(心的外傷後ストレス)に近いような不安や焦燥感からくる、身体症状がわりと激しいタイプのうつも目にするようになってきた。

「うつ」への先入観をなくし、ある程度積極的な介入を…

――「うつ準備状態」に入らないようにすることがもちろん大切だが、実際に部下がこうしたうつを発症してしまったら、どう対処すべきか

 今はハラスメントの概念もあり、加減が難しいとは思うが、私はある意味「積極的な介入」が必要なのではないかと考えている。

 よくうつの人には「休養をとらせるために少し距離を置き、放っておいたほうがいい」とか、「がんばれというのはタブーだ」などと言われている。確かに、従来のうつのように、責任感が強く、非常に真面目なタイプがギリギリまで仕事をし、燃え尽き状態になってうつ病を発症した場合なら、そっとしておくというのが一番いいだろう。本人も休養がとれたら自然と仕事にも戻ってくるので、それを待ち、あまり介入しないという態度が適切だ。

 しかし最近のうつは、純粋なうつ病とは少し傾向が異なってきた。先ほど述べたように、不況からの不安感と密接に結びついていたり、若者の場合だと未熟なキャラクターやパーソナリティと結びついていたり、あるいは私生活の悩みからうつになっていたりと、仕事の場から生まれたうつといっても、そこだけの話に留まらない「ミックスタイプ」になってきている。つまり、今のうつは、本人の心理的な悩みや社会状況と非常に関連して起きているのだ。

 本人はうつなんだけれども、悩みもあり孤独である。誰かと話し、相談しながら何とかしたいと思っている。そういう場合だと、上司が「うつだから放っておいた方がいい」という態度をとると、うつが少しよくなっても悩みの方は解決されず、悶々としてしまうかもしれない。

 そういうことを考えると、本人の病状にもよるが、ある程度積極的に介入していくことも大切だ。たとえば、「機械的にメールをするよりは電話をする」とか、「手紙を書いて出す」とか、「必要だったら家の近くの駅まででかける」といったことも必要かもしれない。

 もちろん本人に、「嫌だったら遠慮なく言ってくれよ」と断ることはすべきだ。だが、デジタルよりもアナログな「生のコミュニケーション」に近い方法で本人に接していくことも、ある程度大切になってくるのではないだろうか。

 私の知人も、部下が会社を休んだら心配になって、「部下の家まで訪ねて行ってしまった」という。「イマドキの若者にそんなことをしたらうっとうしがられるのではないか」と、こちらから見るとハラハラするが、意外にも部下の心を動かすことに成功したという。彼はまた会社に出て来て、何でも相談するようになったそうだ。

 特に若い人たちは、コミュニケーションが希薄化する中で、なんだかんだ言いながらも、「誰かに親身になって関わって欲しい」と思っている場合が多い。結婚していても妻子に弱みは見せられない場合もあったりするので、上司などが腹を割って話すといった、昔ながらのコミュニケーションも大事なのではないだろうか。

 確かに、それはすぐに真似できることでもないし、真似すべきことでもないかもしれない。だが、「これをやってあげたいな」と思ったときに、うつ病への生半可な知識だけで、接するのを引いてしまったり、警戒しすぎない方がいい。

 本人や家族に、「本人が負担に思うようだったら言ってください」と言って、時々確認していけばよいのだ。それで、相手に「つらい」と言われたとしても、言われた人が傷ついたり、「自分は善意でやっているのに」と思う必要はない。「この人は今病気で耐えられないのだな」と思ってくれればよいのだ。

不況でも「うつ対策」は削減しない!
企業で求められる成果主義の見直し

――企業は近年増加するうつに対して、どのような対策を取り始めているのか
 今回の不況に限らず、成果主義を導入する企業は、そこから期待されるような業績の伸びよりも、むしろ「うつ増加によるマイナス面」に悩まされている。さらに職場のコミュニケーションも減少している。こうしたことから、成果主義をはじめとした評価制度の見直しが行なわれつつあるようだ。

 たとえば、新聞などでも報道されていることだが、「日本の家族的な企業文化を復活させよう」ということで、社員旅行や社員運動会を開催したり、社員寮を復活させる企業が増えている。
 もちろん、成果主義から終身雇用や年功序列にすぐに戻すというわけではない。だが、その時代に合った企業の家族的な文化や上司との関係が築かれていくべきだろう。

 プロジェクト制で仕事ごとに上司やチームが変わるというような、案件ごとの関わりではなく、「その部下のことを人柄から家族背景などを含めて全人格的に知っている」といった関係を取り戻そうという動きが必要だ。そのためには、仕事や職場以外の飲み会などでの付き合いも、単なる個人主義によって避けることなく、見直していくとよいだろう。

 また、「メンター」のような制度を取り入れて、先輩が仕事の内容とは関係なく後輩の面倒を見ることも必要だ。コーチ役のような人を育成して、職場のストレスを早い時期に皆で解消するために、有志に立候補してもらって「一次予防」を行なおうという動きは、色々な所で出てきている。こうした動きは、今回の不況の2~3年くらい以前から見られている。

 今回の不況を振り返って評価されるべきことは、こんな苦しいご時世でも「うつ病対策」がそれほど削減されていない点だ。「企業内でコーチ役を育てる」などという発想は、本来非生産的であり、不況になればまず見直されがちだ。

 しかし幸いなことに、不況に伴ううつ病の増加もあり、そういった分野の削減が活発化したという話は聞かない。逆に、「こういうときだからこそ欠かせない」「企業の存続のためにも、むしろこういうときだからこそ社員のコミュニケーションをもっと濃密にして、家族的に心を合わせて苦境を乗り切らなければいけない」という意識が、出てきているように思う。

 今までならばこういう状況下では、「より合理化して成果主義・競争主義的な状況を作り、皆で切磋琢磨してという」という発想になりがちだったろう。だが、さすがに「新自由主義的な行き詰まり」を皆が感じ、「そうも言っていられない」という気持ちになってきているのではないだろうか。
――企業が今後さらに、組織としてうつ対策を行なうには、どういった取り組みをしていくべきだろうか

 評価システムの中では、成果主義・業績主義による数字で人を判断してしまいがちだ。しかし、結果だけでなく「その人なりにどう取り組んだか」、または自分の目標だけでなく「組織の全体のため、他の人たちのために何をしてあげたか(利他)」などにも目を向けて、評価していくようにすべきだろう。そうすれば、うつ病の同僚や部下のことが気になり、助けたいと思っている人たちも、うつ病予備軍に手を差しのべ易くなるだろう。

 現在は、「うつ病の人に手をさしのべると自分自身の仕事がはかどらなくなり、評価が下がってしまう」と見て見ぬふりをしてしまったり、「自分のことで精一杯」という話もよく聞く。自分だけのためではなく、人のために、組織のために何ができるか、どうしたかということを評価できる仕組みや雰囲気があれば、いいのではないだろうか。

 成果主義そのものが、見直されてクールダウンしていけばよいのかもしれない。しかし、一度導入した制度をゼロにするのは難しい。だが、増加する「不況うつ」の発生をきっかけに、本来日本企業が持ち合わせていた家族的なつながりや素朴な感情を大事にしていくことが、職場に広がる「うつ」解決の糸口になることを、忘れてはならない。


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