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明るく真面目な娘が突然「引きこもり」に

「娘と話したいのに話せない――」
“団欒のない家族”の悲しき実態

大学入試の面接がきっかけで挫折?
明るく真面目な娘が突然「引きこもり」に

 東京都に住む70代の武山俊一さん(仮名)の家庭では、次女の和美さん(30歳=仮名)が10年ほど引きこもっている。

 メーカーに勤めていた武山さんは、すでに定年で会社をリタイヤしていて、年金生活者になっていた。俊一さんが会社を辞めた時期と、和美さんが引きこもり始めた時期が、ちょうど重なり合う。しかし、その頃の俊一さんは、外に出てこない娘のことを「引きこもり」だとは認識していなかった。

“企業戦士”として、高度経済成長期を支えてきた俊一さん。同世代の多くの父親がそうであったように、俊一さんも家庭では、子どもとのコミュニケーションがあまりなかった。

 和美さんは、引きこもってからというもの、部屋から出てこなくなり、社会とのつながりをすべて遮断した。家族との会話もない。和美さんの生活は、昼夜が逆転。昼は寝ているのか、外に出てこない。

 2人姉妹の長女は外国人と結婚して、すでに夫の国で生活していた。しかし、心配した長女が和美さんに電話やメールを入れても、返事はなかった。

 兆候は何もなかった。和美さんは、近所の公立高校を卒業するまでは明るく真面目。遅刻をたびたびして先生に叱られていたものの、学校を休んだことがない。バスケットボール部でも活躍していて、自宅でワイワイ大騒ぎできる友人もたくさんいた。

 俊一さんにしてみれば、晴天のへきれきだった。自覚したときには、「なんで、娘がこんなことになったんだろう…」と、戸惑った。

 ただ、和美さんは大学受験のとき、志望していた心理学科の面接試験で不合格。「面接試験がないところに行きたい」と、自分で専門学校を選んだ。

 俊一さんの印象では、それまで彼女が人とのコミュニケーションを苦手にしているようには思えなかった。大学の面接で、自分の予期しない受け答えに失敗し、落ちたのではないかと、俊一さんは理解している。

 彼女が突然、学校に行かなくなり、引きこもり始めたのは、専門学校に入って、その最初の夏休みを終えてからだ。

 俊一さんは専門学校を訪ね、「部屋から全然出てこないんですが、学校で何かあったんですか?」と聞いてみた。しかし、学校側は、「とくに変わったことはない」「試験の成績も良かった。何も悪いことは思い当たらない」などと説明した。学校の先生も、あまり理解していないようだった。

 それでも、娘はまた学校に通い始めるかもしれない。そう思った俊一さんは、1年分の学費だけは支払った。

 しかし、2年になるとき、学校から郵送物がいろいろ届いていたが、封を開けることもなく、そのまま自然退学になった。

 「自分の行きたかった大学に受からない。理想と違ってしまったことの挫折感が原因かな」と、俊一さんは首を傾げる。

 俊一さんは妻とともに、「4年制じゃなくても短大がある。また受ければいいじゃないか」と勧めてみたものの、「嫌だ」といって首を振った。

携帯の通信料は
月額40万~50万円!?

 和美さんは、携帯のインターネットにハマっていた。

 俊一さんが実際に払う月額料金は、定額パケットにしているため、1万円余り。そうした手続きは、すべて自分で契約していた。

 ところが、請求内訳を見て、度肝を抜いた。和美さんは、毎月、40~50万円の請求料金分を通話に使用していた。

 彼女は部屋の中で、24時間、携帯をつなぎっ放しにしているようなのだ。

 仕事で携帯を頻繁に利用している記者のような職業でも、請求料金は月額2~3万円台。「和美さんには友人がいないので、友人とのメールではない。いったい、何に使っているのだろうか」と、俊一さんは不思議がる。

 しかし、両親が、娘の部屋に入ることはない。俊一さんには、部屋の中が清掃されているのかどうかさえ、状況はわからないという。

 5月に厚労省は、「引きこもりの大半に多様な精神疾患が存在している」という新ガイドラインを公表している。ただ、引きこもる人たちの多くがそうであるように、和美さんもこれまで、医師の診断を受けたことはない。そもそも、彼女の気持ちの中では、自分が何かの疾患に罹っているとは考えていないようだという。親の気持ちとしても、「娘が病気だとは思うのは、せつないから」と、医療機関に連れて行くことはなかった。

 和美さんは、自分の食べたいときにだけ、部屋から出てきて、自分で冷蔵庫を開け、食事を作る。家族が揃って食事することはなく、一言も会話がない。

 俊一さんが帰宅すると、和美さんが外に出ていても、スッと部屋に戻っていく。すれ違うときに、視線を合わすこともない。

 かつて『家族ゲーム』という映画では、横一列に並んで食事する家族のシーンが印象的だった。しかし、現実の家庭で起こっている光景は、映画で描かれる脚本家の想像をはるかに超えている。

 妻は、パートから帰ってくると、夜、自分が食事を作ると、娘のこもる部屋のドアの外から、「食事ですよ」と声をかける。しかし、部屋の中から、返事がかえってくることはない。

 「引きこもり」の中で、まったく家の外に出ないコアなタイプは、全体の1~2割ではないかといわれている。和美さんも、そんなタイプのため、髪は伸ばし放題。化粧などもしない。ただ、風呂は、夜、両親が寝静まったときに入っているようだ。

ようやくアルバイトを始めるも
1年ほどで辞めてしまう

 それでも、和美さんは数年前に突然、大型スーパーの青果売り場でアルバイトを始め、「疲れたから」といって辞めるまでの1年ほど、スーパーに通っていた。職場から「和美さん、いらっしゃいますか?」と、電話がかかってきたこともある。

 両親は「良かった」と小躍りし、ひそかに娘が仕事している様子を見に行った。遠くから見ていると、お客に大声で呼びこみを続けるような積極性はなかったが、静かな雰囲気で一生懸命仕事していた。声をかけると、本人が嫌がるだろうと思い、そのまま帰った。

 一般的に、引きこもる人たちに共通するのは、真面目で大人しい傾向がある。俊一さんはその光景を見たとき、「娘も典型的なファクターを持っているのか…」と痛感し、思わず胸が詰まった。

 和美さんが「疲れたから」といってバイトを辞めたときも、毎晩10時頃まで仕事していたから、何となく理解した。疲れが抜けたら、また社会に出ていくのかなと思っていた。しかし、いったい、その日がいつ来るのか、両親にはさっぱりわからない。

 「働いていたときに、せめて友人関係ができていれば…」
と、俊一さんはいう。

 海外にいる長女は、帰国しようにも、交通費がバカにならず、何年も帰ってきていない。夫も仕事がなかなか見つからず、不景気の影響が、微妙に影を落としていた。

「いつまで待てばいいのか――」
きっかけを掴めない父親のもどかしさ

 俊一さんが若い頃は、会社の寮で共同生活していた。1人部屋を持つことは、俊一さんの理想でもあった。

 「子どもにも、1人部屋を与えちゃったことが、今から考えると、良くなかったのかな」と、俊一さんは悔む。

 しかし、実際には、個室があってもなくても、裕福であってもなくても、どんな家庭にでも「引きこもり」は起きている。

 俊一さんは昼、食事に出かけると、同じ食べ物を買ってくる。そして「○○を買ってきたから、気に行ったら、どうぞ」と、娘にメールを送る。彼女から返事はないが、1~2時間後、部屋から出てきて、フラッと食べ物を持っていく。

 メールを見て、反応はしてくれている。どんなにか細くても、父親がいま、娘ととれる唯一のコミュニケーション手段だ。

 手紙では仰々しくて、気恥かしい感じがするけど、メールなら、さりげなく情報を伝えられる。

 自分に残された寿命も限られてきた中で、親の心境としては、「これからどうやって生活していくのか」といいたい。しかし、本人も気にしているのではないかと思っている。

 「あまり強いことをいうと、パニックになってしまうから、本人がその気になるまで待ちなさい」と、医師やカウンセラーなどの専門家はいう。しかし、いつまで待てばいのか。具体的なアドバイスはない、と嘆く。

 「どんなことでもいいから、子どもと話をしてみたい」――どう情報を伝えればいいのか。俊一さんはいま、そのきっかけづくりを模索している。










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