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モンスターペアレントがモンスターチルドレンを生む

 研修中、私は若手社員にこう尋ねます。「どうしたら、もっと果敢にチャレンジできますか」

 すると、こんな答えが圧倒的に多いのです。「もっと経験を積めば、積極的に行動できるようになると思います」

 その一方で、彼らは失敗が許される研修の場でも、躊躇して周りの受講者の様子をうかがい、冒険やチャレンジをしようとしないのです。これが、ビジネスリーダーと決定的に異なる彼らの特徴です。

 彼らは「経験がないから」と分析しているようですが、私は「知識が多いから」と分析しています。

 彼らはインターネットを使い、かつて私たちの若い頃だったら触れることのできなかった膨大な量の情報にたやすくアクセスできるようになりました。こうして彼らは体系化されていない自分にとって都合のいい断片的な知識のみを次々とストックしていきます。

 彼らは知識という在庫を抱えすぎて、身動きがとれなくなっているような気がします。

 そんな彼らは、口癖のように始めから「無理、無理、絶対に無理」「最悪(さいあくぅー)」を繰り返し、途中経過の報告を求めると「普通」「微妙」「別に」の3語ですべてを片づけようとするのです。

 ・仕事に「やりがい」を求めていないから、よい条件があれば簡単に転職をする。

・ちょっと嫌な思いをすると、何も言わずに帰宅してしまったきり会社に来なくなる。

・会社に対する忠誠心もなく、ちょっと目を離せば、すぐに仕事の手を抜く。

・やりたい仕事に就けなければ、平気な顔で有給休暇を使って転職活動をし始める。

・入社して数ヵ月で鬱病になり、その後ずっと病欠扱いが続いている。

 これは、よく耳にする最近の若手社員のいくつかの特徴です。

 「石の上にも3年」なんて言葉は今や昔。「嫌なら環境を変えればいいのさ」というお気楽な発想のもと、今の若者たちは簡単に会社を辞めてしまうようです。

リスペクトなき世代

 私はリスペクトには2つの側面があると思っています。

 (1)他人、特に上司や先輩など目上の人に対する尊敬の念
  (2)基本を尊重し大切にする心

 この2つのリスペクトを持つことは、ビジネスに限らず、あらゆる分野で成功する要素になるという私の主張に異論はないでしょう。

 この2つがなければ、学歴や知識や資格などは何の意味も持ちません。第1回で登場したA子ちゃんは、このリスペクトの2つの側面を持っていませんでした。

 このリスペクトは親のしつけの問題です。そういった意味で、家庭や学校でしつけをされなかった社員は、教育の前にしつけが必要になります。

 もちろん、親がきちんとしつけをしてきた家庭もたくさんあります。体育会などに所属し、自ら率先して礼節を学んだ人たちもいます。このように最近の若者世代は、個々の意識や能力が均一化されていない差の激しい世代でもあります。

 また、彼らは一見、人当たりがいいので、経験の浅い採用担当者だけでなく、純粋で単純なわれわれオヤジ世代も簡単にだまされてしまいます。インターネットの普及により情報がリアルタイムで流れますので、どんな質問をされるかなど事前にわかっている人が多く、面接慣れしているという特徴もあります。第一印象はよいのだが、付き合いが長くなればなるほど信頼を失うタイプも多いように感じます。

そして誰も怒らなくなった

 これまで若い人たちを悪く書いてきましたが、もちろん若い人たちの中にも「優秀な社員」はたくさんいます。私の経験では、彼らのうち全体の2~3割が意識も能力も高く、また礼儀などの常識もわきまえています。彼らは今後、確実に目覚ましい成果をあげ、当然のことながら同期の他の社員と比べて、早く出世することになるでしょう。

 そんな「優秀な社員」は、残念そうにこう言います。「怒る人がいない」と。

 「優秀な社員」も、「俺様社員」のことは、あまりよく思ってはいないようです。そして、「怒る人」がいなければ、「俺様社員」は変わらないと言うのです。

 すべての大人が「いい人」を演じ、厳しく接する人が激減しました。親も学校も、しつけや礼儀などの基礎的な教育をしなくなりました。

 私は大学生の頃、家庭教師のアルバイトをしていましたが、自分の子供に嫌われたくないと願っている一部のバカ親から、「先生が、ちゃんと怒ってください!」と怒られたことがありました。そんな要求をする両親は、友達のような親子が理想の親子関係だったのでしょう。学校の先生に怒ることを期待できなくなっていた時代でしたので、家庭教師の私に要求してきたのだと思います。

 こんな親たちは「自分の子供には苦労させたくない。失敗や挫折を経験させたくない。辛い思いをさせたくない」と言います。

 学校では、かつてのしつけが体罰とみなされ、厳しい教師は姿を消しました。教師は尊敬の対象からも外されました。小学生の低学年ですら、学校の教師を恐い存在とは思わず、学級崩壊は珍しいことではなくなったのです。

 そして、会社では、怒鳴っただけでパワハラになるような時代です。

 子供や若い人たちにとって、もはや年上の人やオヤジは、自分たちの思い通りに動いてくれる人であり、恐い存在ではなくなってしまったようです。

 モンスターペアレントは、自分の子供を学校や社会に合わせるように教えず、学校や社会を自分の子供に合わせるように強く要求してきます。

 自分の子供が注意されたことに逆上して職員室に乗り込んだり、早朝であろうが深夜であろうが教職員の自宅に電話をかけ、何時間もクレームをつけたりします。

 ほかにも、「自分の子供がリレーの選手に選ばれないのはおかしい」と再選考を迫ったり、「うちの子はニンジンが嫌いだから、給食からニンジンを抜いてほしい」と要求したり、「宿題を忘れたくらいで子供を怒るとは一体どういうことか」と苦情を言ったり、さまざまなケースがあるようです。いずれも、自己中心的で、従来では考えられない自分勝手な言い分を主張してきます。

 このモンスターペアレントは、子供が会社に就職すれば、入社式にやってくるだけではなく、その後も影響力を発揮し続けます。

 「今日は会社を休みます」という電話を、母親がしてきたなんていう話は決して珍しい例ではありません。

 「うちの子はウォシュレットでないと用を足せないので、会社のトイレもウォシュレットにしてもらわないと困ります」と総務に電話で環境改善の要求をしてくる母親もいるそうです。企業は、労働組合対策に加え、モンスターペアレント対策までしなくてはならなくなる時代も遠くないのかもしれません。

 そんな親に育てられた子供も、世間の一般的な常識とは大きくかけ離れた考え方をするようになるでしょう。

 昔の親は、子供に恥をかかせないように一生懸命に努力をしてくれました。

 もし子供が人様に迷惑をかけるようなら、親の責任で子供を殺めることすら辞さない覚悟もありました。

 かつて、親は絶対的な存在でした。恐い親のいる自宅という場所は、ある意味では居心地の悪い場所でもあったわけです。

 元来、しつけやマナーなどの最低限の教育は、親の役目であったはずです。しかし、親の価値観自体が変わり、その親に育てられた子供も当然のことながら、親と同じ価値観を持ち合わせていきます。

 こうして、人の痛みもわからず、他人を尊重することができないどころか、公序良俗に反するような人たちの割合までもが急激に増えてきてしまったのです。






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