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医療政策

「米国医療の『影』を真似てきた日本」、李啓充氏が批判
『アメリカ医療の光と影』著者、実体験も交え東京保険医協会で講演

 「日本の新自由主義者が目標としていた米国は、逆向きに動き出したのに、日本は民主党政権になっても変わらない。米国では、保守とリベラルという著しく政策が異なる政党の間で政権交代が起きるため、ダイナミズムがある。オバマ政権は、これまで誰もできなかった医療制度改革を実現した。しかし、日本の2009年9月の政権交代は、保守から保守への交代であり、米国のように大きく政策が変わる余地はない。その上、自民党にも、民主党にも、新自由主義者がいる。日本も硬直した政治が変われば、もう少し動きが出てくるだろう」

 11月20日、東京保険医協会の政策講演会で、元ハーバード大学医学部助教授で、『アメリカ医療の光と影』などの著書で知られる李啓充氏は、「新自由主義(市場原理至上主義)が亡ぼす日本の医療―政権交代後も医療政策に大きな変化がなかったのはなぜか?」と題して講演、その理由をこう解説した。


李啓充氏は、「小さな政府の日本は、OECD第3位の貧困国」と指摘、収入が低いほど死亡率が高いというデータを紹介し、日本の今後に危惧を抱く。
 李氏は、民主党の医療政策を、「民主党政権になり、医療費が対GDP比でOECD並みに上がることを期待したが、実際には予算編成の段階になり、財務省が出てきて、医療費抑制の方向に働いた。結局、診療報酬改定では、“雀の涙”程度しか上がらなかった」との見方を示した。

 その上で、医師も含め、新自由主義の“マインド・コントロール”から解放される必要性を強調する李氏は、「今日は、新自由主義、その中心である代表的存在である、ミルトン・フリードマンが『いかに悪いやつか』を話す」とし、日本および先進諸国の医療費というマクロ的な問題に加えて、混合診療、米国のP4P(pay-for-performance)、保険者機能の強化、さらには自身が直腸カルチノイドになり米国で治療を受けた体験など、多岐にわたる視点から講演を展開した。

 李氏は幾つか特徴的な、時に日本で理解されていないデータを紹介。

 例えば、日本は米国とともに、「小さな政府」の代表であるとし、「新自由主義者は、小さな政府でないと経済は成長しないと言うが、大きな政府か小さな政府であるかは、経済成長とは関係しない。ただ、確実に国民負担率と関係するのが貧困度」と指摘。「小さな政府」である日本は、OECD諸国で下から3番目の「貧困国」であるとし、日本ではジニ係数(所得分配の不平等さの指標)が急速に高まっていることから、「2015年には米国を追い越すかもしれない。『貧困大国 アメリカ』という本が日本で売れたが、『貧困大国 日本』が米国でベストセラーになるかもしれない」(李氏)。「収入が低いほど、死亡率が高い」というデータもあり、医療と関連でも貧困は大きな問題になる。

 講演の最後に、「ドナルド・バーウィック氏の『危険思想』を紹介する」とシニカルな言葉を投げかけた李氏。ドナルド・バーウィック氏は、2010年4月にオバマ大統領にメディケア・メディケイド・サービス・センター(CMS;Centers for Medicare and Medicaid Services)の最高責任者として任命された人物で、「危険思想」との見方をするのは、保守派。

 2008年7月に行われた、英国のNHS(National Health Service)発足60周年記念式典におけるスピーチで、ドナルド・バーウィック氏は以下のように語ったという(下記は、李氏が講演で紹介した部分)。

 「イギリスのように医療費にGDPの9%しか使わずに国民が医療にアクセスする権利を保証する代わりに、米国のようにGDPの17%も使いながら、国民が医療にアクセスする権利を保障しないというやり方もあります。……市場の『見えざる手』に委ねることで、本来政治家達に課されている説明責任を曖昧にするだけでなく、消失させてしまうことさえできるのです。……私企業が支配する暗黒の下で、誰も説明責任を負おうとしないシステムに委ねてしまうこともできるのです」

 「病者ほど貧しい傾向があり、貧しい人々ほど健康を損なわれている事実を直視しようとせずに、お金のある人や健康者のみを保護することも可能です。しかし、公平かつ文明的かつ人道的な医療費のシステムは、富める人から貧しい人・不運な人へと富の再配分するシステムでなければなりません。優れた医療制度は、『医療制度』という名を使う限り、富を再配分する制度でなければならないのです」

 「新自由主義の血塗られた歴史」

 2時間にわたった講演の中で、李氏が「新自由主義の血塗られた歴史」を解説する書として、まず紹介したのが、『THE SHOCK DOCTRINE』という、2007年に出版されたカナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインの世界的ベストセラー。「大事件・大災害が起きた際の国民のショック状態に陥った心理を利用して、新自由主義の政策を断行する。政治的弾圧もいとわない」(李氏)ことが書かれた内容。韓国や台湾などではすぐに翻訳されたが、なぜか日本では出版が遅れているという。

 ショック・ドクトリンの例が1973年のチリにおける、クーデターによる軍事政権誕生。左派系市民の誘拐・拷問・虐殺が起き、国民がショック状態になった際に、ミルトン・フリードマンの弟子のシカゴ学派が経済政策を仕切り、新自由主義が導入された。その結果、失業率・貧困率の急増、急激なインフレが生じ、経済成長はむしろ鈍化した。その後、新自由主義は、1980年代には英国のサッチャー政権、米国のレーガン政権、1990年代にはロシア、中国での経済改革において広がり、日本でも2000年代の小泉構造改革でもその考え方が採用された。

 「聖域なき改革」が小泉構造改革のキャッチフレーズだが、「『皆、大変な思いをしているのだから、我慢しなければ』、『医療費を下げられても我慢しなければ』など、医師自身がマインド・コントロールされた」(李氏)。だが実際には、日本の国民負担率は、OECD諸国の中でも低い上に、社会保険料の事業主負担などを見ても、企業の公的負担が著しく低いなどの現実がある。

 「国民負担の「率」を下げると、実際の国民負担は上がる」

 李氏は、「米国医療の『影』を真似てきた日本」として、「公」を減らして、「民」を増やし、「二階建ての医療保険制度(米国型の医療保険制度)」を目指すこと、さらには市場原理・競争原理の導入、株式会社立病院、混合診療の解禁、医療の質と診療報酬支払いを連結(P4P;Pay-For-Performance)、保険者機能の強化などの導入についての問題点を様々な角度から指摘した。

 李氏は、「50歳、自営業、4人家族、2008年度納付額、課税収入700万円、1ドル90円」という条件で、日米の負担〔所得税、住民税(州税)、国民年金、医療保険〕の比較を提示。日本は総額264万円、これに対し、米国では医療保険以外は251万円、医療保険(民間)が205万円で総額456万円、日本の約1.7倍だった。

 ちなみに、米国の医療保険(民間)は、2005年では129万円なので、3年間で約1.6倍に増加している。「民間の保険は、2割、3割平気で保険料を上げる。国民負担の「率」を下げると、実際の国民負担は上がる。それは民の負担の部分が大きくなるからだ」(李氏)。その米国でさえ、医療費への支出は、連邦予算の約25%(2003年データ)だが、日本では約10%にとどまるという。

 直腸カルチノイド手術の2日前に、「保険給付拒否」の連絡

 財界などが「保険者機能の強化」を打ち出す理由として、「保険者が患者と医師の間に立って通訳をする」などが挙げられるが、李氏は実体験を踏まえて反論した。

 李氏が紹介したのは、2009年1月初めに直腸カルチノイドと診断された際の「利用審査」のエピソード。日本では、レセプトの審査が「事後」に行われるが、米国の「利用審査」では、「事前」にこれから受ける医療が保険給付の対象になるか否かが判断される。

 TEM(Trans Endoscopic Microsurgery)の適応であり、2009年2月2日に手術予定だったが、その2日前の1月31日になり、保険会社から「研究段階の手術に保険適用は認められない。人工肛門造設などの通常の直腸がんの手術なら認める」と、「保険給付拒否」の連絡が来たという。

 そこで、知人のつてをたどり、その翌日、保険会社との交渉を専門とする弁護士を時給175ドルで雇用し、保険会社の決定を変更させるために、「不服申請」の手続きを開始した。「保険会社との交渉に当たるのは、医師ではなく、患者」であり、保険会社の決定がなぜ間違っているのかについて、「医学的」な視点も踏まえて、「文書」で主張することが求められる。「医学的」な面は、李氏が自ら文献を調べて作成、「文書」は全体で100ページを超えたという。

 最終的には、2009年3月6日に保険会社が給付拒否の決定を取り消し、4月3日に約2カ月遅れで李氏は手術を受けた。

 李氏は、「保険者には医療費を減らしたい、という強いインセンティブがある。保険会社の決定を覆そうとした場合に、患者の負担が著しく重い」と指摘した上で、「大切なのは、インフォームド・コンセントの徹底であり、医師と患者が治療についてのゴールを共有し、共同で治療プランを決めること。保険会社の『通訳』などは不要であり、『通訳』と称する人々の医療介入は、患者の権利を侵害するだけ」と、保険者機能の強化に否定的見解を示した。

 「P4Pで質向上、医療費抑制というデータは現時点ではない」

 そのほか、李氏はP4Pについても解説、質の計測(構造、プロセス、アウトカムのいずれか)、診療報酬への反映(報償、罰金、あるいは両方か、成績優良者か成績向上者を対象にするかなど)、データ公開、という3要素から構成されるとした。

 (1)現時点では、アウトカム評価は少なく、プロセス評価が主、(2)P4Pではなく、「Pay-For-Reporting」、例えば、手術時は執刀前1時間以内の抗生物質投与など、「何を実施したか」「不必要なものはしなかったか」についての報告が主――という現状を説明、「現時点では、P4Pの導入により、質が劇的に改善する、医療費が抑制されるなどの証拠はない。重症患者の忌避・計測項目以外は手を抜くなどの、好ましくない結果を招来する危険が伴う」とした。

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また英国では、「専門職」、「管理職・技術職」、「熟練非肉体労労働」、「熟練肉体労働」、「半熟練労働」、「非熟練労働」の6つの社会階級別の平均余命の推移を見たデータがあり、「1972年から1976年」から「1992年から1996年」への変化を見ると、「専門職」は72歳から78歳、一方で、「非熟練労働」では66歳から68歳であり、その差は6歳から10歳に拡大しています。1979年から1990年まで首相を務めたのが、新自由主義を掲げ、「小さな政府」を目指した、マーガレット・サッチャー氏。

 「日本の近未来に対して、不安を覚える。正社員よりも派遣社員の平均余命が短くなる時代が来るかもしれない」と李氏。






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