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行く春や鳥啼き魚の目は泪 芭蕉

有名であるが、
魚の目に泪との趣向は、あまり、著しいものではない。
鳥は天と地を往還するものであり、魂の象徴である。
鳥が泪するならそれは詩韻がある。
ところが俳句の中では「鳥啼き魚の目は泪」となっていて、
鳥と泪の関連は保持されていると解説にある。
そうした古典の原則は維持しつつ、
俳諧は大衆に諧謔を提供するのであるから、
いつも海の中にいるはずの「魚の泪」と言った。

鳥-啼く-泣く-泪・涙-人の怨み悲しみとひとつながりとなり、
古来多くの歌がある。
雪のうちに春はきにけりうぐひすの氷れる泪いまやとくらむ
二条后
は特に有名で、
鶯の涙は冬の間凍っていて、その涙が解けることが春の兆しだというのである。

それはそうとして、なんといっても芭蕉の名文である。

 弥生も末の七日、明ぼのの空ろうろうとして、月は在明にて光をさまれるものから、不二の峯幽かにみえて、上野・谷中の花の梢、又いつかはと心ぼそし。むつましきかぎりは宵よりつどいて、船に乗りて送る。千住と云ふ所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに別離の泪をそそく。
 行く春や鳥啼き魚の目は泪

これだ。わたしの目指すものだ。

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