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統合失調症とうつ20100408

1.はじめに

 統合失調症の精神病症状とうつ病のうつ症状がどのような関係にあるのかについては現在までいろいろな議論が続いている。両者を二大精神病と考えるのが主流で、特に診断面ではうつ病よりも統合失調症を優先して考えることが多い。つまり、統合失調症の可能性のある症例でうつ症状がみられた場合には、統合失調症の一症状としてうつ症状をとらえている。しかし一方では非定型精神病として診断することもあり、統合失調症にうつ病が併発したと診断することもある。また少数有力説としてうつ病単一病論もある。学説はそれぞれに説得力のあるものであるが、ここでは実際にはどのようにすればよいのかを考えてみたい。
 診断学の次元とは別に臨床の場で問題となるのは自殺の問題である。統合失調症での自殺の割合は非常に多く、細心の注意が必要である。統合失調症がうつ状態を引き起こし、その結果自殺するのか、統合失調症の直接の症状として自殺するのか、学問としては議論がある。この側面から統計数字を示して注意を喚起し、対策を考える。
 本論考では、初学者と身体科医師、とくにプライマリーケア医師に向けて解説を試みる。前半で臨床の実際の側面を、後半でその根拠となる仮説を紹介する。

 具体的には次のような例で、どのように診断して治療するのか考えてみたい。
(1)28歳主婦、第一子出産後に「育児ノイローゼ」の時期があった。第二子を出産した後六ヶ月の時点で子供二人を殺害し自身も自殺未遂したが救命されて措置入院となった。「声」に命令されて殺害したと語るが、事件の前に周囲に語っていたことはなかった。現在症状としてはうつ症状があるのみ。統合失調症による幻聴に命令された可能性とうつ病による精神病症状で一時的に幻聴もあり拡大自殺を試みた可能性が指摘された。診断としては統合失調症を優先し統合失調症と診断した。しかし治療時点での症状はうつ症状のみであったのでSSRIだけで対処した。
(2)28歳独身男性。被害的幻聴、被害的妄想があり、入院して治療。改善して退院。第二世代抗精神病薬を継続して使用。徐々に生活範囲を拡大していた。通院治療をして一ヶ月の時点で首つり自殺。周囲にも主治医にも自殺への傾斜は語らず、午前中にロープをホームセンターで購入し、その午後に首つり実行した。
(3)28歳独身男性。高学歴でIT系企業に就職。対人関係で悩み、不安、抑うつ、不眠、食欲不振を主訴として精神科外来を初診した。精神的不調としては第一回目のエピソードである。病前性格は統合失調症に近い要素がある。現在症状としては明白な統合失調症の疑いはないものの、年齢と病前性格から統合失調症の可能性を考えるべきか。

2.診断についての導入的解説と歴史

 目の前に精神的に不調であると語る患者さんが現れるとする。DSM方式で言えば、Ⅰ軸の現在症、Ⅱ軸の性格・適応、Ⅲ軸の身体疾患について注意を払う。現在の診断学では優先順位が考えられていて、次のようになる。
 (1)まずうつ症状らしいという場合、次の項目をチェックする。精神面では、抑うつ気分、憂うつ、興味減退、おっくう、悲観的、悲哀、不安、焦燥、自責、劣等感、ひきこもり、希死念慮、自殺黄企図など。身体症状としては、全身倦怠感、不眠・過眠、食欲低下・過食、体重減少・増大、便秘、性欲低下、頭痛、肩こり、口渇。そのうえで以下のような除外診断を行う。
 (2)意識障害の除外。軽度の意識障害では無欲状態やせん妄が生じる。
 (3)身体疾患の除外。脳腫瘍、脳血管障害、血糖値異常、甲状腺機能障害、薬物使用など。
 (4)統合失調症の除外。
 (5)躁病エピソード、軽躁病エピソードの除外、つまり双極性Ⅰ型、Ⅱ型の除外。
 (6)うつ状態の中でも、大うつ病、気分変調症、性格要因の関与、適応障害やPTSDの関与などの鑑別。
 このように診断作業は進む。いずれの段階も難しいが、特に統合失調症の鑑別が困難である。
 統合失調症を疑う根拠としては
 (1)現在症でみられる精神病症状。つまり、陽性症状として、了解不能な考え、被害的幻聴、被害的妄想、了解不能な興奮など。陰性症状として感情平板化、現実との生き生きとした接触の不良、ひきこもり、矛盾する考えの同居、物事の自然な関係づけの欠如。
 ここで付言すると、一般に精神症状の中で「精神病症状(Psychotic symptoms)」といえば統合失調症の症状を指す。厳密には精神病と神経症の違いが基礎にあり、それは現実検討能力が保持されているか否かで、現実検討能力が保持されているレベルの病態を神経症レベル、現実検討能力が欠損している状態を精神病レベルと呼ぶ。その用語から言えば、一部の躁うつ病やうつ病の場合も現実検討が侵されており精神病症状が現れ、躁的思考奔逸やうつ症状の場合の貧困妄想、疾病妄想、罪責妄想などがそれに当たる。しかし最近ではPsychoticの用語はSchizophreniaを含意していることが多い。
 (2)病前性格。孤独を好み、敏感で、空想的、感情交流は乏しいか、独自である。
 (3)経過。長期にわたり反復し、徐々にレベルダウンする。躁うつ病は反復するが欠損を残さず元に戻る。
 (4)遺伝歴。統合失調症の遺伝歴と同時に双極性障害やうつ病の遺伝歴も根拠となる。
以上があげられる。しかし現在では病前性格と経過については診断的意義があるのか反省も多い。
 古い精神病院に勤務すると統合失調症とうつ病の違いは明白であるが、外来精神科クリニックで診察をしていると、統合失調症の始まりの症状はうつ症状そのものと何ら差のないことも多く、その場合には病前性格、経過、遺伝歴などを参考にするが、それでも決め手のない場合も多い。
 ここで付言すると、いずれの病気であっても共通の症状で始まることについての観察を「initial commom pathway」と呼んでいる。うつ症状、睡眠異常、食欲異常、性欲異常などはこのinitial commom pathwayの典型の一つである。そのあと各疾患独自の症状が現れ、また最後には同じような症状に収束する。それを「final commom pathway」と呼んでいる。典型的なものは感情平板化や知性鈍麻である。
 以上のように正確な鑑別は困難な場合があるのであるが、実際には第二世代抗精神病薬は精神病症状を改善し、統合失調症の陰性症状やうつ症状を改善するので、迷う場合や決め手のない場合にはこの薬が使いやすい。これは臨床現場としては大変に好都合なのであるが、逆にこうした薬剤の使用によって診断学の改編を迫られている側面もある。
 最近では薬剤使用に当たっても、第二世代抗精神病薬、抗うつ薬、抗躁薬、抗てんかん薬が相互に乗り入れして、本来の適応症ではない疾病に対しての使用が広がり、米国ではすでに正式に承認されている現状である。抗うつ薬が精神病症状の進展を抑制するらしいことも報告がある(Buckley et al 2009)。また精神療法に関しては、従来統合失調症のための技法であったSSTが別の方面に利用されたりといったように、ここでも適応拡大の傾向が見られ、各種技法が認知行動療法プログラムの中に整合的に集約される傾向にある(キングドンほか「統合失調症の認知行動療法」、原田「統合失調症の治療」)。さらに症状研究では統合失調症と双極性障害の症状はかなり一致していることが知られている。これらの点からも統合失調症とうつ病・躁うつ病を二大精神病として疾病分類する従来の考え方は再考を迫られているようである。
 歴史を回顧すると、かつては精神病症状とうつ症状は病前性格や長期経過の点で同一平面上の対極的な事態と考えられていた。病前性格としてはシゾチームとチクロチームが対比された。長期経過としては、完全に回復せずに欠損を残す統合失調症型のものと完全に回復する双極性障害型のものとが対比されてとらえられていた。
 しかし最近のとらえ方では、統合失調症の精神病症状と気分障害のうつ症状とは、同一平面上にあって境界線が引けるものではないし、同一平面上にあってなだらかな移行を観察できるものでもないとの考え方のようである。むしろたとえていえば上下に重なっていて、同時に観察できるものと考えられている。統合失調症でうつ症状が多く見られるのは周知のことであるし、うつ病で精神病症状が見られることも古くから観察されている。うつ病の軽症化が指摘されている昨今では精神病症状は多くはないものの、精神病症状が見られれば統合失調症とは限らない。躁うつ病においても、躁状態とうつ状態が排他的に判然と区別されるものではなく、躁うつ混合状態も観察される。
 長期経過で疾病分類をしたクレペリンも、統合失調症の状態像として精神病症状のほかにうつ症状が重大な症状として存在することは記述していて、精神病症状とうつ症状が重複した場合に、統合失調症が診断として優先するものであると説明している。そののち、ブロイラー、シュナイダー、コンラート、グロスなど、いずれも精神病症状とうつ症状を同一平面上の対極的な症状とは考えず、むしろ統合失調症が診断として優先されると論じている(針間、五味渕、2005)。日本の精神医学はこの流儀が多い。
 昔の症例研究で、ある施設で現在症にうつ症状と精神病症状があったが、遺伝歴からシゾフレニーと診断したものが、他の施設では非定型精神病と診断されたなど、論争の多い領域である。
 第一世代抗精神病薬で陰性症状によく対処できなかったことから、第二世代抗精神病薬では統合失調症における陰性症状あるいはうつ症状に対して効果的であることが強調された。第二世代抗精神病薬を第一選択として使用する現在では、統合失調症の経過の中でうつ症状が伴うし第二世代抗精神病薬や抗うつ薬で対処可能であることはよく認識されている(兼田、2005)。精神病症状を優先して基底の病理と考えるとして、うつ症状が反応性のものなのか、あるいは統合失調症の基本病理から直接に生じているものなのか問題となる。精神病理学としてはいろいろな見解があり結論は得られないとしても、治療としては第二世代抗精神病薬を基本薬として使い、抗うつ剤を付加するかどうかの判断であり、ポイントは自殺を防ぐことである。
 最近の話題としては統合失調症を発症する可能性の高い人を、精神病症状発現の前に発見し発病を阻止する取り組みがある。その場合にやはりうつ症状は頻度の高い症状であり、うつ状態があるだけで精神病症状がない場合に、統合失調症の可能性をどのような手順で考えるかが、重要になる。外来精神科クリニックでは精神病症状を呈する前の統合失調症の患者さんが数多くいて、うつ症状を呈していると考えられるので、注意が必要である。
 鑑別作業にあたり、理念としては現在症状だけで区別ができればとてもよいのであるが、それは現実には難しい。一方、病前性格や経過を参考にするとエビデンスの確保ができない。ここに疾病分類のジレンマがある。

3.疫学データ

 統合失調症の場合にうつ症状がどの程度の頻度で見られるかについては、それぞれの定義による数字の違いがある。通常の手順は各種評価尺度によって測定し、数値を出すのであるが、精神病症状の定義についてはDSMやICD以外にもさまざまあり、うつ症状の定義もDSMのほかにHAM-Dその他さまざまある。さらに精神病症状とうつ症状がどの程度の期間内に起こっていれば関連があると考えるかにも差があり,同時から2ヶ月や1年、さらには数年にわたるまでさまざまである。結果として統合失調症の場合にうつ症状が見られる頻度として7~83%まで記載があり、おおむね30~50%程度の報告が多く、最頻値としては25%程度である(Sirisらの研究をもとにしたBuckley et al 2009)。同論文によれば、昔は統合失調症でうつ症状が見られれば予後はよいと言われていたものだが、それは間違いであり、統合失調症にうつ症状がみられる場合、全体の症状が重篤化傾向があり、いったん寛解しても再発する可能性が高い。統合失調症にみられるうつ症状では精神病後抑うつ(PPD:Post Psychotic Depression)が有名であるがそれ以外に、精神病を呈する前のうつ症状と、精神症状極期のうつ症状が著明に多いことも報告されている。精神症状急性期後に病識が獲得されればうつ症状を呈することは了解しやすいので、治療がうまく行っていればむしろ一時期にはうつ症状を呈することもあると考えられる。
 統合失調症と自殺については、評価尺度によるうつ症状よりも数値がまとまりやすいが、自殺の統計は正確な数字が出ていない場合があるので、注意が必要である。統合失調症患者の自殺企図の生涯危険率は25~50%、統合失調症患者の4~13%は自殺により死亡、統合失調症患者の自殺のピークは発症後の最初の10年であると記載されていて(Harkavy-Friedman et al 1993,2003)、さらに最初の5年で自殺率が高いとの報告もある。一般人口に比較して9~30倍の自殺率である。統合失調症でない一般人口でも若年者の死因として自殺が多いのであるから、この倍率を考慮すると統合失調症の場合には自殺を防止することが大きな課題であると言える。

4.診断 

 導入部で述べた除外診断の手順が要点である。ここでは統合失調症の側から述べる。
 自我障害、被害的幻聴、被害妄想などの精神病症状発現からみた時期で分けると、次のような状態について鑑別が必要である。1.精神症状に先行する前駆期うつ症状。2.精神病症状と同じメカニズムで同時に発生するうつ症状。3.精神病後うつ症状(PPD:Post Psychoyic Depression)。これは反応性うつ症状または消耗性うつ症状であるのか統合失調症に大うつ病が重複したものであるのか、結論は得られていない。4.抗精神病薬によるうつ症状。これは第一世代抗精神病薬の高用量使用で見られたと報告があり、第二世代抗精神病薬では少なくなっている。5.アカシジアやアキネジア、薬剤性パーキンソン症状によるうつ症状様症状。6.残遺期の陰性症状。
 つまりは統合失調症のどの時期にでもうつ症状が見られるということである。成立原因から考えると精神病症状急性期のうつ症状は当然、統合失調症の原因(たとえばドパミン)に直結していると考えられる。しかし反応性のうつ症状自体が精神病症状と同時に起こることもあると考えられる。PPDは反応性、消耗性とも考えられるが、自然な反応が充分ならばうつにならないのにうつになっているのは自然な反応が不足しているからとする見解もある。このように学問的には結論に至っていない。
 精神病症状発現前の諸症状には特に注目すべきである。発病前の介入により発病を阻止できる可能性があるからである。その中でうつ症状について述べる。
 初診でうつ症状を呈している場合、うつ症状は統合失調症を否定しないし、甲状腺機能異常や副腎皮質ホルモン異常などの身体病であることもあり、認知症の始まりであることもあり、脳梗塞の症状であることもある。諸検査で身体病が除外されたら、年齢を目安にして、15から30歳ならば統合失調症と躁うつ病の可能性、30-50歳ならばうつ病の可能性、50歳以上ならばうつ病と認知症の可能性を考える。
 遺伝歴は統合失調症と双極性障害の両方について情報が必要である。統合失調症の遺伝歴から双極性障害が、また双極性障害の遺伝歴から統合失調症がみられることがある。病前性格と病前の社会適応についてチェックする。対人距離の取り方は、その人の生来のドパミンレセプターの敏感さを反映していると考えられ、敏感ならば対人距離を大きくとる傾向があるだろう。
 たとえばひとつのストーリーはこうである。その人は生まれたときからドパミンレセプターが過剰で過敏な性質であった。人と同じ体験をしても過剰にドパミンを伝達してしまい苦しいので、引きこもりがちになる。部屋にいて自然に読書に親しむようになる。成績は悪くないので肯定される。このようにしてドパミンレセプター過敏のままで成長し、過敏さを保ちながら、何とか破綻しないで生活する方法を身につけている。しかし思春期に至り異性に出会い、社会での自分を生きることとなり「金、色、面子、健康」などを主題にして過剰なドパミンにさらされ、内面の危機に直面する。性的場面や社会的序列を意識する場面でドパミンは放出され、非常に軽いとしても、自我障害が発生する。
 こうした場合に自我障害の発症前に、「超能力で他人に何かされた」「テレビで自分のことが言われている」「おかしな声が聞こえる」などの精神病様症状(発症の10年前くらいにみられる、子どもにおけるPLEs:Psychoyic like experiences。またもう少し後のARMS:At Risk Mental State)を呈するのではないかと提案されている。これらの症状による発症予測についてはあまり精度が高くないとの反省もあるものの、参考になる。

5.治療・リハビリテーション

 ドパミンD2受容体仮説は1960年代からのもので、中脳辺縁系のドパミン神経過活動が陽性症状と関係し、中脳皮質系でのドパミン神経の抑制が陰性症状や認知機能低下と関係するとする説である。黒質線条体でのドパミン神経抑制はEPSの出現に関係している。第一世代のドパミン遮断薬は中脳辺縁系をブロックして陽性症状を沈静化するが、同時に中脳皮質系をブロックするので陰性症状は悪化し、黒質線条体系のドパミンブロックでパーキンソン症状が現れる。最近の第二世代抗精神病薬の例で言えば、ブロナセリンは中脳辺縁系ドパミン伝達を抑制し、中脳皮質系ドパミン伝達を促進するとの説がある。これは理想的なプロフィールなのであるが実際には期待通りには行かない場合もある。アリピプラゾールはドパミンシステムスタビライザーと言われているが、これもまだ臨床的評価の途中である。両薬とも従来薬に比較すれば、統合失調症の経過で見られるうつに対してはよい対策であると思われる。クエチアピンやオランザピンはMARTAと呼ばれることがあるように、ドパミンとセロトニンだけではなく、さらに多種類のレセプターに作用して効果を発揮するので、患者の特性に応じたものが見つかれば有効である。症状の消長だけではなくQOLを改善する観点に立てば第二世代抗精神病薬を活用し、錠剤数と服薬回数を減らす方針がよい。ドパミンからドパミン+セロトニン、さらにはMARTA、今後はグルタミン酸が取りざたされていて、新しい話題が続くだろうと思われる。
 実際の治療では第二世代抗精神病薬を基本に使い、病理の見立てによりSSRIなどの抗うつ剤を加え、アカシジア、アカシジア、薬剤性パーキンソン症候群の場合には抗パーキンソン薬を使う。(宮田、2000)。抗精神病薬自体がうつを引き起こすかどうかについては議論がある。たとえば抗精神病薬による悪性症候群は悪性カタトニアと似ているとの議論があるので注意したい。悪性カタトニアは高力価ドパミン遮断薬の大量投与時に多い。そしてカタトニアの症状としては無動・無言、姿勢固定などがあり、うつと重なる。こうしてみると悪性症候群にならない程度のマイルドなものの場合、カタトニアとうつは似たものになり、それがうつと診断されている場合があると思われる。その場合の対処は抗精神病薬の減薬、ベンゾジアゼピン高用量の使用、たとえばロラゼパム12~8㎎などが挙げられている。カタトニアは従来、統合失調症の下位分類の一つとして言われてきたが、最近の調査ではむしろうつ病に伴う場合が多いとの報告があり、重症の場合にはECT(電気けいれん療法)が推奨されている。現在は筋弛緩薬を投与し、麻酔医が呼吸管理をする無けいれん電気通電療法であり安全性が高い。自殺衝動が強い場合や、拒食・拒薬が強い場合などに有効である。一時は治療法として回避される傾向にあったが最近は有効性が見直されている。
 自殺の危険を考えて抗うつ薬よりも気分安定薬としてバルプロ酸などの抗てんかん薬が使用されることがある。しかしFDAは2008年に抗てんかん薬自体が自殺をリスクを高めると注意喚起し、それに対してはアメリカてんかん学会でメタ解析の方法などについて異議が提出された。FDAの注意喚起とは次元の違う問題であるが、私見としては、量によっては意識覚醒状態に影響を与えることにまず注意すべきだと思う。そのほか、炭酸リチウムが推奨されている。
 薬剤のアドヒランスを高めるためには漢方薬を併用するのも一法である。精神安定のために柴胡剤(柴胡加竜骨牡蛎湯や柴胡桂枝乾姜湯また加味帰脾湯など)を中心にして、気を補う補剤(補中益気湯や十全大補湯)を用いたり、また不安に対して半夏厚朴湯、女性の場合の生理周期と関係した不調に当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、桃核承気湯など、病期に応じて最適なものを調整する(原田「精神療法の工夫と楽しみ」)。
 精神療法としては、病識回復にあたっての絶望と不安を受容することである。自殺について積極的に話題にし、些細なきっかけも見逃さず、必要があれば入院を勧める。デイケア、通所作業所などの精神科リハビリテーションでは、患者の回復に合った課題を提案し、役割と居場所を提供することで自尊心を回復させることができる。また家族と一時的に距離をとることができる。治療者の方が早足になってはならない。
 認知行動療法としては、認知の暗黙の否定的構え(スキーマ)を同定しそれに対して働きかける。患者・家族教育も大切である。自分が今回急性期に至ったきっかけを分析することで再発のパターンを知り、次回の増悪を予防する。また、統合失調症の長期経過を説明し、次の急性増悪の予防が大切であること、そのために継続的服薬が大切であることを理解していただく。一方、統合失調症に対しての早期介入が試みられており、その一部として学校でのメンタルヘルス教育が重要である。
 また、一定のレベルダウンのあった患者さんには、SSTを用いて、日常生活に支障が少ないよう工夫する。社会に関わり焦らず着実に治療を進めためには家族の理解と協力が不可欠である。早い時期に家族に治療協力者としての役割を引き受けてもらう。各種の社会福祉制度の利用も大切で、年金や施設の利用またベテルの会などの自助グループで患者同士が啓発し合うことにより深刻な抑うつから免れることができた例も多い。
 統合失調症のリハビリには特有の困難がある。残遺期の陰性症状に対してリハビリを行う場合、治療者は再発・再燃と自殺を恐れるので、薬剤はなるべく維持しようとする傾向がある。ドパミン遮断薬を維持すると、ドパミンレセプターのアップレギュレーションが起こる。つまり、薬剤で蓋をしているけれども、実際のレセプター量は増えてしまい、潜在的な過敏さを作り出す。デイケアなどの場面においては、刺激はコントロールされているものの、生活刺激が増えることで少しずつドパミン放出が増える。そのなかで決意して服薬を中断したりすると、レセプターは増えていて同時にドパミンは増えているので容易に再発再燃に至る。治療者はそれに対してさらに薬剤を増量することがある。するとまた蓋をされるレセプターが増えて、レセプターのアップレギュレーションが起こり、潜在的な過敏さが増大するという悪循環が形成される。この悪循環を回避するには、まず薬剤を少し減らして、かつデイケアでの活動量を増やして、ドパミンレセプターのダウンレギュレーションを目標にしなければならない。しかしながら薬剤を減量することも活動量を増やすことも再発再燃につながるので、慎重かつ細心のプログラムが必要である。

6.病態仮説

 ここでは統合失調症の特徴的な症状である自我障害について考え、そこから統合失調症の場合のうつ症状についても考えてみる。
 一般的に考えてみると、動物の神経系は「感覚器で刺激受容」→脳の処理(無意識に反応している部分)→筋肉の反応→現実の結果→「感覚器で刺激受容」というように現実と脳を両側においてループを形成している。これだけならば自意識は発生しないはずで、自我の能動感という人間にとって極めて当然の経験を説明できない。
 人間の場合、刺激を受容し、その出力としての筋肉の反応の間にまず「第一の世界モデル」があり、これは他の動物と同様である。さらにもう一つ脳内に「第二の世界モデル」を並行して発生させ、「第一の世界モデル」から出力された信号と、「第二の世界モデル」からの信号を、比較照合する。両者に違いがあれば「第二の世界モデル」を訂正することによって、一致させることができる。「第二の世界モデル」が「第一の世界モデル」を比較対照し転写する機能は、運動において小脳が大脳の運動信号を複写する様子に似ている。
  「第二の世界モデル」からの出力と「第一の世界モデル」からの出力は、時間差があり、常に「世界モデル」からの出力が、比較照合部分に一瞬早く届くように調整されていると考えると、能動感や行為の自己所属感、つまり自我意識が生じると仮説を考えている(「時間遅延理論」)。たとえて言えば、二台の並列されたコンピュータがほとんど同じ結論を出すのだが、二つ目の、進化的に新しい方のコンピュータが一瞬早く結論を出して、古いコンピュータがそのあとに同じ結論を出す。それが能動感や自己所属感の本質であると仮定する。
 人間は「第一の世界モデル」部分だけで生存には充分であり、それは他の動物と同様であるが、「第二の世界モデル」部分があることによって自我意識が発生する。これは人間を強く特徴づけるものであり、進化の最後に発生した部分であるから壊れやすい。壊れたときにはジャクソニスムの原則に従い、壊れた部分の陰性症状と、それによって抑制を失ったために発生する陽性症状が観察される。これは、一般に言われる「あるはずのものがない」陰性症状と「ないはずのものがある」陽性症状と言葉としては似ているが、用語として異なるものである。
 人間は言葉で内省を表現できるのではっきりと自我意識の存在を確認できるが、他の動物の場合も種によって程度の差はあるものの、進化の過程で似たようなメカニズムを持っていると考えられる。動物は自分で表現できないだけで、原初的な形での能動感や自己所属感はあるものと推定される。
 人間がうわの空でいるときには、全く無意識のうちに改札で定期を出して通っていたりもする。これは「第二の世界モデル」からの信号が弱くなりいわば「自動運転」に近くなった状態である(荻野恒一「精神病理学入門」)。また人間は極度に集中しているときや熟練した技を発揮するときなどは、「第二の世界モデル」からの信号が「第一の世界モデル」と精密に一致しているので、逆に「第二の世界モデル」からの信号が遮断されているように感じることがある。「何も考えないでやりました」とか「夢中で」「体が勝手に反応しました」と感想を語るようである。「時間遅延理論」でいうと、自由意志は錯覚であり、自我障害はその錯覚が失われる苦しみということになる。これに関連して受動意識仮説の「リベットの実験」について多くの論文がある。
 そもそも考えてみれば、各感覚器から脳の処理部位に信号が伝達されるのは同時ではない。しかしそれを同時であると見なすように到着時間の調整をして現実を構成している。その場合、各感覚器官からの信号を同時と見せるように時間調整をしている部位があると考えられる。同じようなメカニズムで、「第一の世界モデル」からの信号と「第二の世界モデル」からの信号を一つの場所に集めて比較照合し、時間調整をしている部分があると考え、その部分の障害を仮定して、自我障害のモデルとできるのではないかと考えている。
 「第二の世界モデル」からの出力が「第一の世界モデル」からの出力に遅れると、自我障害となり、遅れの程度によって、遅れが大きい方から、させられ体験、強迫性体験の一部、幻聴、自生思考と並べることができて、自生思考ではほぼ同時となるだろう。これが統合失調症の急性期の事態である。例えば、幻聴は、自分で話そうと思ったことの出力が「第一の世界モデル」側が先になり「第二の世界モデル」側からがあとになるので、他人が話している、無理に聞かされていると知覚することになる。
 ドパミン遮断薬はその特性によって、「第一の世界モデル」からの出力と「第二の世界モデル」からの出力のそれぞれを違う程度に遅延させる。もっとも強力な薬剤は、両方とも大きく遅延させる。ある程度マイルドな処方にすると、「第一の世界モデル」からの出力はやや遅延させ、「第二の世界モデル」からの出力は遅延させない程度になる。この場合、自我障害は改善する。逆に薬剤の特性によっては「第一の世界モデル」からの出力を遅延させず「第二の世界モデル」からの出力を遅延させる。この場合は自我障害は改善しない。ブロナセリンのプロフィールはこの理論によく一致していて、中脳辺縁系と中脳皮質系への効果の差と考えても、さらに前頭前野などへの効果の差もあるのかと考えてもよさそうである。自我障害の改善に役立つはずと考えられる。アリピプラゾールも同様に中脳辺縁系でドパミンを抑え、中脳皮質系でドパミンを増やすと言われていて、これも時間遅延モデルをよく補強する。
 ふたつの世界モデルからの信号を比較照合する部分でドパミン系が関与していると想定すれば時間遅延モデルとドパミンモデルは結びつく。時間遅延理論は自我生成系という進化論的に新しい系の障害を考えて統合失調症の中核症状と言われる自我障害を説明する仮説であるが、一方、うつ症状に関しては、私は病理の局在を採用せず、細胞特性の面から説明している。脳のある場所に局在性のうつ症状というものもあるのかもしれないが、不明である。
 統合失調症に生じるうつ症状の説明に移ると、自我障害の前駆期、極期、残遺期にそれぞれうつ症状が見られる。通常、前駆期と残遺期では陰性症状と関係づけられ、極期では陽性症状と関係づけられている。これを細かく見ていくと、前駆期では、自分の過敏さを自覚し、自分と世界とのずれをうすうす自覚しているので、自分の内面を無防備に表出することは危険であると考えていて、傷つくのを防ぐために、他者との交流は消極的となる。これが前駆期でのうつ症状となる。過剰警戒がうつ症状に似ると言ってもよい。残遺期後期での長く続く陰性症状も同じメカニズムである。
 極期では通常とは全く異質の体験を強いられ、自我の深刻な傷付きと喪失を体験する。この時期に発生するうつ症状についての神経学的なメカニズムは不明である。ドパミン系薬剤で統合失調症急性期を沈静化するとうつ症状も改善することからドパミン系の関与は考えやすいが、これは急増したドパミンを遮断することによって得られる効果であり、したがってドパミンの急増がうつ症状を引き起こしていると判断される。一方、パーキンソン病に際してアパシーが起こり、それがうつ症状と類似していることはよく知られていて、これはドパミン減少に伴ううつ様症状である。病理の局在が明確になればこのドパミン系の矛盾した動きも説明できるかもしれない。治療経験からは統合失調症の急性期のうつ症状はむしろagitation激越や混乱の色彩を帯びる印象があるので、そのことはドパミンの増大と矛盾しない。
 私の理論では残遺期早期のうつ症状をもっともよく説明できる。これは躁うつ病でのうつ症状と共通のメカニズムを想定している。脳神経細胞の中には、細胞特性として、「反復刺激に対して増大する反応で応答する一群」があると考えられる。統合失調症の急性期や躁病の場合には極大の刺激が細胞に与えられるので、「反復刺激に対して増大する反応で応答する一群」は機能停止に至る。ここでうつ症状が発生する。
 この理論で言えば、躁うつ病の際のうつ症状は、躁状態により「反復刺激に対して増大する反応で応答する一群」の機能停止に至ったことによるものと、本質的にうつ病を発生する病態との二つが考えられるが、私の理論では後者は想定していない。
 治療として現状では時間遅延性の症状にはドパミン系を、疲弊性うつの回復にはにはセロトニン系をと考える。重要なのは自殺を防止することである。面接の間隔を1週間程度に短めに設定する。場合によってはさらに短くし、家族と連携し、必要に応じて入院治療も考慮する。
 認知行動療法を考える場合、行動療法的な技法により働きかけているのは、上記仮説で言えば、「第一の世界モデル」である。一方、認知の訂正を考える場合には、「第二の世界モデル」を訂正して、そのことによって「第一の世界モデル」を変化させる試みであると考えられる。行動から「第一の世界モデル」にアプローチしているのか、認知から「第二の世界モデル」にアプローチしているのか、治療者が意識するといいかもしれない。統合失調症の場合の認知行動療法においては、まず患者教育で上記の仮説を理解していただけば、「謎の声」について解釈しやすくなるだろうと思われる(原田「正体不明の声」)。またSSTは行動から「第一の世界モデル」を変化させているもので、そのことが「第二の世界モデル」にも変化をもたらし、認知にも望ましい変化をもたらすもので興味深い。

7.おわりに

 統合失調症と双極性障害の類似についての論文が数多くある。たとえば症状分析では統合失調症と躁うつ病で頻度の高い症状は13が重なり合い、うちの8つは特に一致していた。統合失調症の陽性症状のピークとうつ症状のピークは一致することが多く、陽性症状が改善すればうつ症状も改善する傾向にある。最近の薬剤研究も統合失調症と双極性障害の類似を支持している、つまり同じ薬がどちらにも有効である(Buckley et al 2009)。しかし一方、脳血流量、脳代謝、神経伝達物質、遺伝子の研究では統合失調症と双極性障害は対照的な結果を示している部分もある。たとえば統合失調症でうつ症状を呈しているものとそうでいないものとではミエリン関連遺伝子に差があるし、別の報告ではグリコプロテインM6A遺伝子に差がある(Buckley et al 2009)。統合失調症とうつ病・躁うつ病の関係については今後のなお一層の研究が期待される。

 最後に冒頭症例についてコメントすると、
(1)やはり診断としては統合失調症の可能性を重く見るべきであり、本人と周囲への今後の再発予防教育は統合失調症に焦点を当てるべきである。再発時に飲むべき薬剤は第二世代抗精神病薬であると考える。統合失調症病理の破壊力を過小評価すべきではない。
(2)このタイプの自殺は少なくない。統合失調症の場合に自殺が起こりやすいタイミングがあるようであるが、治療者はいずれの時期にも自殺には充分注意し、繰り返し面接で話題に取り上げ、必要ならば入院治療を勧める。
(3)外来通院患者でいずれの可能性もある場合、従来スルピリドの使用が推奨されてきた。現在では第二世代抗精神病薬を使用してよいと思われる。統合失調症の可能性のある患者を未治療のままでおくことは残念なことだと考える。薬剤を回避する場合でも、1~2ヶ月に一度程度の定期的な面接をして診断的チェックをし、適切な認知行動療法的なアドバイスを与えることがよい。発達障害の側面から診断し生活を補助する試みも多い。

参考文献
原田誠一「精神療法の工夫と楽しみ」
原田誠一「統合失調症の治療」
原田誠一「正体不明の声」
キングドンほか、原田ほか訳「統合失調症の認知行動療法」
荻野恒一「精神病理学入門」

 ・針間博彦、五味淵隆志:統合失調症における「うつ状態」の治療.臨床精神医学34: 723-728, 2005
 ・兼田康宏:新規抗精神病薬による統合失調症の抑うつと自殺のリスク.精神科治療学 20巻 2号, 2005
 ・宮田量治:精神病後抑うつに効果的な薬物療法があれば教えてください.こころの臨床アラカルト 19巻増刊号 147-149, 2000
 ・Buckley PF et al: Psychiatric comorbidity and schizophrenia. Schizoph Bull 383-402, 2009
  ・Harkavy-Friedman JM, Kimhy D, Nelson EA, Venarde DF, Malaspina D, Mann JJ.:Suicide attempts in schizophrenia: the role of command auditory hallucinations for suicide.J Clin Psychiatry. 2003 Aug;64(8):871-4.
  ・Asnis GM, Friedman TA, Sanderson WC, Kaplan ML, van Praag HM, Harkavy-Friedman JM.:Suicidal behaviors in adult psychiatric outpatients, I: Description and prevalence.Am J Psychiatry. 1993 Jan;150(1):108-12.
 ・Siris SG.:Suicide and schizophrenia.J Psychopharmacol. 2001 Jun;15(2):127-35. Review.
 ・Siris SG, Bermanzohn PC, Mason SE, Shuwall MA.:Maintenance imipramine therapy for secondary depression in schizophrenia. A controlled trial.Arch Gen Psychiatry. 1994 Feb;51(2):109-15.





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