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イギリス 勤勉 産業革命

1、産業革命以前の人類の生活は、各種の科学的な発見、発明にもかかわらず、ほとんど一定であった。なぜなら、生産性の緩やかかつわずかな上昇は人口の増大によって、完全に吸収されるというマルサスの法則が当てはまっていたからである。

2、しかし中世の600年間を通じて、イギリスでは勤勉を重んじる中産階級が常により多くの子孫を残し、反対にそういった勤勉さを持たない無産階層は常に子孫を残せない傾向が続いたため、勤勉倫理が文化的にも、またおそらく遺伝的にもイギリス社会に広がっていった。これは清時代の中国や江戸時代の日本では、支配階級が下層階級と適応率においてほとんど同じであったことと好対照を成す。

3、産業革命以降、多くの国で産業化が試みられたが、失敗したところではすべて、労働者の生産性そのものが低かったためであり、資本、つまり機械がなかったためではない。よって、現在でも労働者の生産性の差自体が各国の所得水準を決定しているため、援助はあまり有効ではない。

というような論旨の本。

勤勉さを持たない無産階層は常に子孫を残せない傾向が続いた
というのは一体どのような環境を設定すれば子孫を残す確率がそれほど違うものか
考えるのが難しい
勤勉さとは関係なく子供は増えると思う
個人の勤勉さではなく社会全体の勤勉さがあれば社会全体の子孫が増えるというのは
確かにそうなんだろうと思う

実際に集団を運営してみれば
確かに
「労働者の生産性の差自体が所得水準を決定して」いるとの意見には賛成だが
労働者の生産性を決定する要素にどのようなものがあるか
そこがまたややこしい
イチローのような勤勉さといえば確かに分かりやすいが
イギリス人がイチロータイプに近いわけではないし

生産性を構成する要素を考えるととても難しくて
けっきょくいろいろあっての結果として生産性が規定される
というしかないような気もする

「労働者の生産性の差自体が所得水準を決定して」というのは一種の同義反復のような気がする

なぜイギリスで産業革命
と考えるとまた洪水のような情報


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