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ふとどきな女房 へのこを 二つ持ち

ふとどきな女房 へのこを 二つ持ち

 「へのこ」と申しますのは、男のお道具のことですな。昔は女は嫁入りしたら、一生その亭主と添いとげるのが人の道、とされておりました。まぁ、女房用のへのこは亭主のひとつだけ、てぇことになっておりました。「女房へのこ二つ持ち」てぇのは、つまり間男ですな。

 町内で 知らぬは亭主ばかりなり

てぇことになる。まことにふとどきな話しでございます。

 間男と亭主 抜き身と抜き身なり

 女房が不義密通している現場に亭主が抜き身を引っさげて乱入して参ります。と、慌てた間男、びっくり仰天ですな。女泣かせの抜き身を丸出しにしてうろたえてるてぇ...えぇ、心温まる光景でございます。こういうときに、亭主が姦夫姦婦を二つ重ねといて四つにする、八つにする、つまり斬り殺しても別に罪にならなかったんだそうですから、間男てぇものも命懸けのお仕事でございます。

 間男は 七両二分と値が決まり

 据えられて 七両二分の膳を食い

 えぇ、間男も命が惜しいですからな、亭主の方へいくらか払ってご勘弁願う、その値が、最初のうちは五両でした。そのうちに物価が上がりましたものか、七両二分に値が上がった。七両二分といえば当時の庶民にとっちゃ大金ですな。それでも、ちょいとよそのかみさんの寝てみたい、亭主に隠れてよその男をつまんでみたい、なんて気持ちてぇのは今も昔も変わらないようでございます。

 べつに、じゃぁ、隣の嫁さんが自分のカカァよりいい女か、てぇとそうでもないんでございまして、その証拠に隣の亭主が自分のカカァと間男していたりいたしまして、ま、人間、だんだんと慣れて参りますと麻痺してくるんですかなぁ、あっちのほうが...えぇ、南蛮のほうのことわざにも「隣の芝生は青く見える」てぇのがございますが、面白いものでございますなぁ...
女房 ちょぃと、あんた...留さァん!
留公 わっ...ちょ、ちょっと、ダメじゃねぇか、こんな往来のど真ん中で、なんてぇ声出すんだよ。ちょ、ちょっとこっちの路地へへぇれよ!
女房 ゥン、この頃さぁ、ちっとも来ないじゃないかァ。ゥン...いったい、どうしたのさァ?
留公 だって、おめぇンちの亭主、旅から帰って来たんだろ?
女房 そりゃァ帰ってきたよ。でもさぁ、うちの人がいないときにはのべつうちへ来てたくせに、帰ったとたんにピタッと来なくなっちゃうからさァ、近所の人やなんか、あやしいって噂してんだよ。うちの人がいるからこそ、余計に来てくれなきゃァ、ダメよ
留公 だけどよぉ、おめぇンちの亭主のツラぁ見ると、なんだかおっかなくてなぁ...おれのツラ見るとき、こう、眉間にシワ寄せて...ギロッと睨むんだよ。ありゃぁきっと気がついてるぜ、おれとおめぇのこと...
女房 ゥン、あのオヤジの目つきの悪いのなんて毎度のことなんだよ、気にしなくっていいんだよ。気がついてやしないよ。あれはね、眼が悪いからなんだよ
留公 眼が近けぇのか?
女房 そうだよ。眼が近いくせに、耳は遠いんだよ。おまけにあっちの方はからっきし役立たずなんだから。いくらおあしがあるからったって、あんな年寄りといっしょになんかなるんじゃなかったよ...ゥン、もうあんなジジィに気兼ねしなくてもいいんだよォ、ネェ。フフフッ、まったく、お前さんときたら、気が弱いんだからァ...こっちのほうはバカに強いクセしてさァ...
留公 お、おい、よせよ、往来の真ん中で...そ、そんなところ触るんじゃないよ。人が見たら...ヘヘッ、お、おめぇだって、身体ァちっちぇくせに、泣き声はでかすぎらぁ
女房 ふっ、なんだね、掛け合いやってる場合じゃないよ。そんなことより、今夜...きっと来ておくれよォ
留公 こ、今夜ァ? だ、だめだ、だめだよ! 冗談じゃねぇ、亭主がいるんだろぅ?
女房 だからさぁ、あたしゃ宵の口にね、湯から戻ったら、お腹の具合が悪いからって、先に二階へ上がって寝ちまうからさ。ウチの人ァさ、眼が悪いくせに本が好きだろ、夢中になると夜っぴぃて読んでるんだから...あたしが話し掛けても気がつきもしないんだから。どうせあたしなんぞより、本の方が面白いのさ...

昨日もね、貸し本屋の金さんが、新しく出たのを持って来たんだよ。また、どうせ誰かと誰かが心中した、とかいう景気の悪い本に決まってるのさ。それがバカに面白いからって、ゆんべ半分読んで、今夜また半分読むんだって云ってたよ。

だからさァ、うちの人は下にいて、本に夢中で気がつきゃしないから、ね、二階の雨戸はずしとくからさァ、お前さん、屋根伝いにィ...ン、来て、おくれよォ...ンン、もう一晩だってガマンできないんだよォ...
留公 エェ? エヘヘ、ヘヘヘッ...だ、だけどよぉ、そこへもしだよ、もしも亭主が上がってきたらどうする? 間男見つかったらふたり重ねといて四つに斬り刻まれて...
女房 心配ないよォ。明かりを消しとくから、大丈夫だよ
留公 明かりを? おぃ、そんなんじゃだめだよ。今夜あたりは十五夜だよ、月明かりやなんかで、見えるよ
女房 大丈夫だよ。なにしろあの人ときたら、本を読むのだって、臭いでもかぐみたいに鼻先を擦り付けなきゃ見えないんだよ。暗がりで何してたって、めっかりっこないよォ
留公 でも...でぇじょうぶかなぁ...
女房 しょうがないねぇ、ンもう...気が小さいねぇ、こっちは大きいクセにィ...
留公 ま、また...よせって、そんなもの弄くるんじゃねぇ...なぁ、今夜はよそうよ...
女房 そんなこと云わないでさァ...じゃぁね、こんなのはどう? 秋ったって、まだそう寒かぁないんだから、着物ォ脱いじまってさぁ、裸ンなって...
留公 えぇっ? フンドシ一本でか?
女房 ウウン、下帯もとっちゃうんだよ。真っ裸ンなるんだよ
留公 おれがかぁ? そんなみっともねぇ...
女房 ナニ云ってんだよォ、どうせ裸ンなるんだから、おんなじたよ。いいかい、真っ裸ンなって、お前さん、身体中、一面に炭ィ塗っちゃうんだよ。全部塗るんだよ。お前さんはもともとが色が浅黒いから、ちょっと塗れば真っ黒けンなっちまうよ
留公 なんだよ、真っ黒けになって、どうするんだよ
女房 外は夜だしさぁァ、うちン中は暗いンだし、おまけに忍んでくるお前さんが真っ黒とくりゃぁ、わかる気遣いは無いよォ
留公 へぇ、まるで忍びみてぇだなぁ、はは、こりゃ面白れぇや。そうか、それじゃ、その手でいくとするか
女房 あぁ、待ってるよ、ウッフゥ~ン
留公 だから...弄るんじゃねぇって...
とんでもないカミさんがあるもんですな。

さて、カミさんの方は夕方ンなりますと、湯屋へ行って、すっかりと、えぇ、スミズミまで磨きまして...帰って来るなり、

「アアッ、持病の癪が!」

とかなんとかいって、二階へ上がりまして、頭っから布団を被りますと、

「ゆっくり寝れば治るから、決して覗きに来ないでおくれ」

なんて、亭主を遠ざけまして、ドキドキしながら間男を待ちます。

一方の間男ですな。こいつも夜ンなるのを待ちかねて、女のうちの近所の空き家に忍び込みますと、素っ裸ンなって、身体中すっかり消し炭を塗りまして、タドンの化け物みたいンなると、頃合いを見計らって屋根から屋根を伝って、這っていく。もっともこういうのはたいていが這って行きますな。芝居に出てくる泥棒のように屋根の上で見栄を切ってるようなヤツはいやしませんな。
留公 おい...おい...来たぜ
女房 アーラ、お前さん、待ってたよォ
留公 で、亭主は? 勘付かれなかったか?
女房 フフッ、お約束通りだよ
留公 ずいぶんと...ヘヘッ、ご無沙汰だったじゃねぇか...
女房 ほんとに、百年も逢わなかったみたい...
てんで、始めのうちこそは声をひそめておりましたが、そうそう静かにゃしていられないもののようでございましてぇ...だんだんと、鼻息が荒くなってくる、箪笥の鐶がガランガラン...畳がミシミシッ...終いにゃドタン、バタン、キャーキャーとえらい騒ぎでございます。さあ、下でおとなしく本を読んでいた亭主も、これには驚いた。
亭主 おーい、腹が痛いって、でぇじょうぶかぁ?
女房 うぅっ、ぅぅぁああっ...
アフゥッ、ハッ、ハッ...
ドタン、バタン、ミシミシッ
亭主 おぃ、ずいぶんと息が荒いじゃねぇか! のた打ち回ってんな...こ、こりゃ苦しそうだ。
よし、待ってろ、今、薬を持って行ってやらぁ!
亭主は長火鉢の引き出しから薬を取り出し、台所で湯飲みに水を汲みますと、階段を、眼が悪いですから、一歩々々確かめながらトン、トン、トンと昇って来た。女ァ夢中ですから気がつかないが男はビクビクしてますから、この足音に気がついた。
留公 こりゃいけねェ!
ってぇと、使用中のイチモツをスッポンと引っこ抜いておいて、「やだァン」などと云ってる女を尻目にヒョイと窓から出て、背中を戸袋ンところにピタッとひっつけて仁王立ち...になったきり、あとは恐くて一歩も動けない。そのとき、ちょうど下を通りかかった職人がふたり...
職人1 おう、源坊、源坊
職人2 おう、なんでぇ、兄弟ェ
職人1 おう、あれ、見ろィ...なぁ、もうすっかり秋だなぁ
職人2 え? なんだい、たいそう風流な言い草だなぁ...え? 上か? あぁ、いい月だ。十五夜だな
職人1 月じゃねぇや。あのうちの屋根の、あの戸袋ンとこだよ...どうだい
職人2 あ、あぁ、なるほど...あんなところに松茸が生えてらぁ









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