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マイルド脳高次機能障害

先輩は次のように書きました


悩みの周囲

 私の周囲には、次のような人たちがいます。

 私の悩みを
 1 知らない人
 2 知ろうとしない人
 3 知ったかぶりをする人

 1 については、述べません。

 2 について
 いつも用意されている言葉があります。
 「どうせ、困っている本人のすべてを理解することはできない。」と。
 確かに、すべてを理解することはできません。
 他人が行う同情はよくないし、本人にとってすばらしい答えを与えてくれる訳でもないでしょう。解決し、納 得していくのはあくまでも本人しかいないからです。
 しかし、そうだとしても本人はこうした人たちと距離感を感じてしまうのではないでしょうか。問題なのは、関わりをもつ人たちの姿勢が大きく影響してくるということです。
 ある人が言いました。「その人にとって代わるわけにはいかないが、何かの役にたつかもしれない。」

 3 について
 これらのなかで最もやっかいなのは、3です。
 自ら困らせる原因を作っておきながら(具体的には、拒絶や否定、無視を理不尽に行っていながら)、自分とは関係がないこととして気づかず、本人が何に困っているのか「知ったかぶり」をする人です。
 この人たちは、「訳知り顔」で「世間を知っている」、「自分は大人だ」、「時流に乗っている」などと豪語しています。
 実際、現実の社会に持てはやされてもいます。
 世間をうまく泳いでいけない不器用な人たちは、自分を見失わず、こうした人たちとどのようにつきあっていけばよいのでしょうか?
 「マジョリティは、変わらない」と言った人もいましたが…。
 考えていきたいと思います。
*****
  わたしならマイルドではあるが脳の変性疾患であると診断します

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ソフト・カー 本当のエコのために

ソフト・カーを作りたい

イメージとしては四輪の自転車に電気モーターをつけて動かす
最高時速は20キロ程度
雨の日に困らないようにカバーを掛ければいいが
傘を広げた程度のものでいいだろう
全体重量を軽くしてエネルギー節約を図る

用途は近所までの買い物または通勤または営業
荷物スペースが少しあればいい
場合によっては荷物スペースをシートにもできるようにする

電池とモーターと骨組みはパナソニック
電池は得意分野だしサンヨーも傘下にあるので多分いい充電式電池ができる
自転車もパナソニックの傘下にあるので軽い骨組みを作るのは得意だろう
傘の布地に当たる部分は東レなどが担当すればいい

土台、トレーニングジムで「移動しない自転車」をこいでカロリーを消費している人ならば
自分でソフト・カーをこいで充電するのにも異存はないだろう
いやならばジムで汗を流すときに充電池を持ち込んでエネルギーを充電すればいいだろう
それを行き帰りのソフト・カーの動力にすればいい

このソフト・カーだと歩行者にぶつかっても
傘が潰れる感じでソフト・カーのほうが変形する
たいていの場合はぶつかる前に止まれるだろう

それに現在の技術であれば
何かの物体が急接近したときに自動的に
ブレーキがかかるような仕組みは難しくないと思う

昔からいわれていることだが
スピードを楽しみたい人は自動車よりもオートバイがいいのだとのことだ
風圧がスピードを感じさせてくれる
だからスピードを感じたい人はカバーをたたんで風を浴びればいい

「すごい馬力のエンジン」などと言うが
いったいどこをどんな風に走るためにそんな馬力など必要なのだろうか
ふつうは必要ないだろう

いまの車がどんどん硬くなっているのは車同士がぶつかったときに
自分の身を守るためだけれど
お互いに不経済だからハード・カーはソフト・カーの道路を完全に分離して
お互いに接触する事故は起こらないようにする
ソフト・カーは自転車や歩行者と共存する
ハード・カーは独立の道路とする

*****
なんて話をしていたら
大型トレーラー横転事故が起こり下敷きになった乗用車は潰れてしまい
乗っていた母娘が死亡してしまった

不幸だけれど、不幸はこれだけではなくて、毎日何件も起こっているし、
死なないまでも事故で負傷する人も数多いのだから
対策を本気で考えるのが人間的ではないか

自動車会社は困るだろうし
自動車産業の裾野は広いので容易には動かないだろうが
思考実験としてだけでもいいではないか

エコを旗印にするなら本気でやろう

*****
昔の江戸のように水運を復活させてみるのも楽しい
時速20キロ以上は出ないような作りにして簡単なボートで行き来する
これもかなりエコになると思う


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花かつお

昨日は疲れてしまい何も用意したくなかったので
白いご飯を見ながらどうしようかと考え
そばに花かつおがあったので
それをご飯の上にぱらぱらとかけて
少しのつゆの元をつけながら食べた

思ったよりおいしかったので
今日はそうめんをゆでて
鶏ガラスープを薄く溶いて
つゆを作り
その上に花かつおをのせて食べた

なかなかおいしかった

猫まんまというものだと思うが
昔のうちの猫は
ご飯に花かつおをのせて味噌汁をかけていた



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来ぬも可なり、夢の間の露の身の、逢ふとも宵の稲妻

来(こ)ぬも可(か)なり、夢の間の露の身の、逢(あ)ふとも宵(よひ)の稲妻
『閑吟集』
「宵の稲妻」は、はかないことのたとえ。

来ないんならそれでもいいわ
この世は夢
この身は露
逢ったとしても宵の稲妻

*****
いえいえ
いろいろできますよ、現代は
はかないこころもからだも

この身は露ならとてもいい

*****
露の身ならばあずけなさい
夢の間ならば一緒に居なさい
逢えるなら必ず逢いなさい
はかないからそうしなさい



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「子どもとメディア」問題

ブログで「死ね」、直後に少女自殺…書き込みの同級生送検
 北九州市小倉北区の私立高1年女子生徒(16)が「ホームページ上で『死ね』と書かれた」などとする遺書を残して5月に自殺した問題で、福岡県警は10日、元同級生の少女(15)(自主退学)を侮辱容疑で福岡地検小倉支部に書類送検した。

 発表によると、少女は在学中だった5月26、27日、誰でも閲覧可能なインターネット上の自分のブログに「死ね」などと書き込み、女子生徒を侮辱した疑い。

 少女は「女子生徒と不仲になり、カッとなって書き込んだ。悪いことをした」と供述しているという。

 女子生徒の父親(51)が侮辱容疑と自殺教唆容疑で、少女を県警に告訴していた。

 県警などによると、女子生徒は書き込みがあった後の5月29日朝、自宅で首をつって自殺しているのが見つかった。遺書では少女を名指しし、「ホームページに『葬式行ってやる。早く死ね』などと何度も書いていました。本当につらかったです」などとあった。

 県警は、自殺教唆容疑についても捜査書類を同支部に送付したが、「書き込みと自殺の結びつきは判明しておらず、少女には自殺を勧める意思もなかった」として同容疑の適用は困難と説明している。

(2008年10月10日23時15分  読売新聞)

*****
短い文章で断定してはいけないと
前提をおいた上で、の話である。
書いたことだけを切り取って因果関係を断定するのは幼稚である。
前後の状況をよく吟味しなければならない。

言葉の断片を問題にするのは揚げ足取りであることが多い。
そのことも前提にしての議論である。

書いた方は自分のしたことに無自覚。
読んだ方は過剰警戒型で、その心理的傷については、なんと言っていいのか言葉もない。
いっそのこと「怖いから読めない」くらい臆病になれば良かったのだけれど
読んでしまったのは残念なことだ。
そのあと何とか自分を守ることができなかったかと悔やまれる。

書いた方は
言葉や態度はそのくらい人を傷つけるのだと
知ることが必要ではないか。

鈍感な人もいるが敏感な人もいるのだと知ることが必要ではないか。
場合によっては無自覚なのではなくて相手が敏感だと思うからこそやっている面もあって、
人間というものはなかなか残酷だと思う。

読んだ方はこんな時はどうやって落ち着くかを知っておいた方が良かった。
ネットで被害を受けたらどうしたらよいかを知っておけば良かった。

「書き込みと自殺の結びつきは判明しておらず、少女には自殺を勧める意思もなかった」
との県警の説明もその真偽と真意をよく考えなければならないが、
法律はそのように判断するものなのだろうか。
何人死ねば因果関係が判明するのだろうか。

*****
いずれにしてもネット教育をして、
傷つける側も傷つけられる側も救わなければならない。

*****
不仲になり、カッとなって書き込んだ。悪いことをした
というあたりは
家庭内暴力のありようとよく似ている。

不仲になり、カッとなって暴力に至った。悪いことをした
とよく陳述する。

カッとなり暴力に至ることの内容を分けると、
元々そういう性格だからという場合から、
いわれた言葉があんまりで、この人の場合は、
暴力に訴えてしまったのだろうという場合まで、
大きな幅がある。
勿論、どんな場合でも暴力はいけない。
個人でも国家でも対テロでも。

そこで人の心にこそ憲法9条ということになる。

*****
韓国でネットでの誹謗中傷と関係しての女優の自殺が報じられてすぐの事件である。



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週末夜に後悔するようなメール出してませんか?

米Googleは6日、Webメールサービス「Gmail」において、送ってから後悔するようなメールの送信を未然に防ぐ機能「Mail Goggles」の提供を開始した。一目惚れした女性に告白したり、昔の彼女に復縁を求めたりと、勢いに任せて送信した後に後悔することを防げるとしている。

 Mail Gogglesを有効にすると、メール送信時に、ユーザーが本当にそのメールを送りたいかどうかを確認してくれる。さらに、心理状態がまともかどうかを確かめるために、簡単な計算問題が表示される。この問題に正しく答えると、メールを送信できる仕組みだ。

 初期状態でMail Gogglesは、この手のメールが送信されやすいという、週末夜の時間帯のみ有効。Gmailの設定画面から、有効にしたい曜日、時間帯、計算問題の難易度を選ぶことも可能だ。なお、同機能はGmailの「Labs」内で実験機能として公開されている。Labsは英語モードのみが対象で、 Internet Explorer 7/8やFirefoxなどから利用できる。



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あたしったら、
このあいだ、
電車から降りるとき、
電車とホームの間に足突っ込んじゃって、
すりむいて、
まだひりひりしてるの。
どうしあんなとこに足突っ込むのか、
自分でもわかんないわ。
これって何かの病気?
あわてたわけじゃなかったけど、
でもあの時、こころは空白だったな、
何にも覚えてないもん。
よくあるかも、あたしの場合。
あっ、ここに足入れちゃだめと思ってると、もう入ってたりして。
ママもそう、
そそっかしいよ、あの人。
じっと見てるとおもしろい。
遺伝かな、あたしも。



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権力活動と性活動

いまだによく分からないのは
人生の時期において
権力の頂点と
体力・精力の頂点が一致しないことである

子孫をたくさん残せるかということが進化論ではなんといっても中心の問題になる

その場合
老人が権力を握る構造だと
老人は権力を行使して
子どもや孫の繁殖活動を支援するということになって
なんだか間接的でややこしい

性的活動のピークと
権力活動のピークは重なる方が合理的だ

そのような構造になるには
人間は長生き過ぎるのだろうか

これは猿山の猿的な考えでしかないけれども

権力者の子を残す
権力者が子を残す
そのようではない

むしろ
子を残してから権力者になる

子孫繁栄の有利さを味わうのは子どもや孫ということになる

*****
この時間のずれがなんともおかしなものだと思う

伝統的なダーウィン的考え方では子孫をたくさん残すのに有利になるように権力闘争があるわけだけれど
人間の場合の権力闘争は
もう遺伝子を沢山残すとは考えられない年齢になってから最盛期になるわけで
おかしなことだ

実際に子どもを産む20-30代の個体にそれほど強い淘汰圧がかかっているとは考えられない

もっと言ってしまえば
現実には淘汰圧はあまりかかっていないのであって
どんな人でも数人の子どもが残せて
だからあまり激烈な競争にはならない平和な外観を保持しているということだろう

人間でもたまにはお金が沢山あってハーレム状態を作る人もいるけれど
珍しいものに属するだろう

ということは
人間の場合の権力闘争は性的な圧力以外の部分で発生していると考えなければならないのだろう

ここでフロイトを思い出すと
性的な動力以外のものをもっと大きく想定しなければならないという点で
フロイトの最初期の発想を訂正する必要がありそうである


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小沢一郎的こころ

小沢一郎が代表を退いて
見栄えのいい人を代表にたてて
得意の遠隔操縦を始めれば
それこそが得意のホーム・ポジションというもので
すわりがいい

*****
しかし一方で
これから政官財の癒着の構造にメスを入れようというときに
権力の裏の裏まで知っていて
政官財に情報を張り巡らせているはずの
小沢一郎が
こんなちゃちで簡単な仕掛けにやられるなんて
あんまりじゃないか
という意見もある

本当は小沢一郎はそんなに裏街道の黒い奴じゃなくて
純真で真っ白な人なのではないかと思えてくる
怒ったり泣いたり、あげくは急に投げ出したり

それでも
投げ出すタイミングとしてはそんなに悪くないだろうという論評が多い

具合が悪くなったり、怒ったりして総理大臣を辞めた人たちと同じ精神構造の
お坊ちゃんなのだとも思えてくる
意外と単純で愚直なのかも

傲慢に見えるのも素直なだけかも知れない

こんな時、外野席で見物している人に限って、
「こうなることくらい分からなかったかな」、なんて評論したがる

たしかに「政財官癒着引きはがしオペ」を実行してもらう期待を持っている側としては
もっと意外なシンパやあっと驚く情報網があって
官僚を震え上がらせるほどであって欲しいと思うものだが
実際にはこんなことになっている

たぶん、意外といいやつなんだ、あいつは

*****
昔、とんねるずの歌で
小沢についてきゃ、まちがいねえ
という歌があったような記憶がある
ガラガラヘビの歌のあたりではないか
宮沢さんなどの総裁候補を面接して
指名したときだったと思う

*****
たとえば我々にしても新聞始めマスコミでの医学や薬剤についての報道が
問題が多いことは感じている
しかしそのことで患者さんが動揺することは当たり前なことで
そこを説明して動揺するなというのも無理な話
マスコミには抵抗できない
結果としてはマスコミによって作られた不安や動揺を前提として
診療しなければならないのが現実である
記事の出所とか意図についてはだいたい推定できることもあるのだが
だからといって悪影響をゼロにできるわけでもない

社会というものは
いろいろな人の利害の総和である

*****
そんなの分かんなかったかな
という論評については
分かんなかったから仕方がないよ
というだけだ

そのように論評する「優秀な」人に比較すれば
人の心が読めず
ぶっきらぼうな奴だということになるのだろう

もしそんな奴だとすれば
じつに友達になりたいようないい奴である




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